雨のち、あめ

 微睡みの淵でぼんやりと目を開ける。なんだか懐かしいような幸せなような、そんな心地だった。夢の名残りにしばらく身を任せて、それからはっと起き上がれば、そこは自室だった。あれ、と記憶を辿っていると、不意に深緑色が視界に飛び込んできた。持ち上げてみればそれは羽織だった。
 あ、と思わず息が漏れた。
 そうだ。繕い物をしていて、永倉さんと話をして、そのあとの記憶が無かった。


「あー……」

 どう考えてもそのとき寝てしまったんだろう。そして多分永倉さんがここまで運んでくれた、のでは無いだろうか。溜息を吐いて、そのまま縁側に続く障子を開ければ、しとしとと雨が降っていた。薄暗いから詳細な時間はわからないけれど、西の方が少しだけ明るいから夕方くらいだろうか。仕事中に寝てしまったという後悔と、人前で寝てしまったことへの強い羞恥心が沸き上がってくる。


「お礼、言わないと……」

 起き上がって、きちんと着物と髪を整えてから、水で顔を洗って、もう一度自室に戻る。そのまま羽織を手に、永倉さんの自室へと向かった。夕食にはまだ早い時間だからか、道すがらあまり人気は無くてほっと息を吐く。やましいことは何も無いのだけれど、なんだか罰の悪い思いだったからだ。そうして着いた部屋には蝋燭の灯りが揺らめいていて、部屋の持ち主が中にいることを示していた。少しの緊張を遣り過ごして声を掛ければ、驚いたような声がしてすぐ障子が開いて、目を丸くした永倉さんが立っていた。


「あの、これ……ありがとうございました」
「えっ、そんなわざわざ。今度で良かったのに」
「いえ。あの、すみません、寝てしまって」
「ああ、そのことなら気にしないで。良く眠れた?」
「はい、なんだか、すごく良い夢をみていたような感じで、すっきり目が覚めました」
「そっか……、うん、それなら良かったよ」

 柔らかく微笑んだ永倉さんは、そのまま少しだけ私を見つめて、それからひとつ頷いた。


「今日はこれから?」
「夕食の準備に行きます」
「うん、それじゃ頑張ってね」

 ありがとうございます、と出かかった言葉が思わず引っ込んだ。ぽんぽん、と撫でられた頭に目を丸くしているうちに、じゃあね、と手を振られて、反射的に頷いてしまう。ん?と首を傾げた永倉さんを見て、戸惑いつつも頭を下げてから、背中を向けて歩き出す。背後で障子を閉める音がしてから、ゆっくりと頭に触れれば、さっき触れた手の温かさを思い出して、胸が温かくなった。元気づけられているような気がして、なんだか、すごく嬉しかった。





 さあ、と煙る雨の向こうで、その様子をじっと見つめていた男は、ゆっくりと瞬いた。力なく、ぽつり、と落ちた言葉は雨音に掻き消されて誰にも聞こえなかった。

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