さざめく残響

 庭に咲く紫陽花が本咲きになってきたころ、近藤さんに呼ばれて、外出の許可が下りた。とはいっても一人での行動は許可されてはいない。穿った見方をすれば、今のところ怪しい動きが無いから泳がせてみよう、と言ったところだろうか。だとしても少しは疑いが晴れたのかもしれないから、素直に喜ぶことにした。
 最初の外出がいつかはとくに知らされなかった。私に選択権があるとは思えないからそのうち何かの用事を言いつかるんだろう。それよりも当面の問題は、目の前の楽しそうな顔、顔、顔だった。


「で?」
「どうなんだ?」
「気になりますねぇ」
「はは……」

 最後のひとり、永倉さんだけは同情的な表情をしていたけれど、あとの三人はとても楽しそうな顔だった。困り切ってしまって視線を逸らすけれど、逸らした先にも三人が身を乗り出してくるから項垂れるしかなかった。
 今日、なまえの担当は屯所の中の掃除だった。無心に掃除をしているとつい鼻歌を歌ってしまう。しとしとと降る雨の音を聞きつつ、誰にも聞こえないように好きだった歌の歌詞を思い出すように辿っているとあっという間に時間が経った。そうするうちに昼前になって、市中の見廻りをしていた一番隊の面々が帰ってきたところにかち合った。道場で打ち込み稽古をする隊士の方々が去っていったあと、近藤さんに報告に行くという沖田さんの肩が濡れていたから何気なく持っていた布で拭いただけだった。その様子を偶々非番で暇をしていたといういつもの三人に見られていて、藤堂さんが「なまえちゃんって良いお嫁さんになりそうだよね」という爆弾を落としたのが始まりだった。恋人の有無や好いたひとの有無を聞かれて、全部否定をしていたら、そのうちにこの屯所の中で誰が一番好みか、なんていうところまで話が広がってしまった。非常に答えにくいというか、考えたことが無かった問いを畳みかけられて正直とても困っている。とりあえず言葉を濁す私を見て、溜息を吐いた永倉さんが、「みょうじさん困ってるヨ。急に聞かれても答えらんないでしょ、そんなの」と、至極常識的なことを言ってくれた。思わず深く頷く。


「じゃあ今考えてよ!ね!」
「……平助」
「うーん、じゃあ、なまえさんの好みの顔とか性格とかあげてってくださいよ」
「……総司」
「それなら簡単じゃねェか!」
「……左之」

 深い溜息とともに小声で謝られれば観念するしかない。永倉さんに止められないものを私が止められるはずがない。


「じゃあまず顔は?」
「……か、おは……とくには」
「好きになった人が好みってこと?」
「じゃあ、優男とイカツイ奴だったらどっちだよ」
「えー……中間、くらいですかね?」
「ふーん、じゃあ性格は?」
「……優しいひと……?」

 自分でもわかるほどぼんやりした答えに三人は少し残念そうだった。なんだか悪いことをしたような気分になってしまうけれど、自分自身あんまりこうピンとこないのだからしょうがない。


「あ、でも……」
「え?」
「……浮気をしない人が良いです」
「ほー……じゃあ平助は一番に却下だな」
「なんでだよ、左之っ!」
「私もそう思いますよー」
「総司まで!」
「いっつも女の子追いかけ回してるじゃんかお前」
「新八っつぁんまで……!そんな頻繁にはしてねェって……!」

 焦ったように両手を振る藤堂さんに思わず笑ってしまう。確かに藤堂さんはなんだかチャラいというか軽薄そうな感じはある。可愛い子見たら寄っていきそうな感じ。人動物問わず。そこまで考えて少しだけ微妙な想像をしてしまって慌ててそれを振り払う。いくら藤堂さんでも恋愛の対象は人だろう。うん、たぶん。


「なんかなまえちゃん妙なこと考えてない……?」
「え……っ、そ、んなことないですよ」
「まあまあ藤堂さん。ところで、なまえさんって、どうして辰之助さんだけ名前で呼んでるんでしょうか」
「え……?」
「……そういえば、確かに」
「なんでなんで!」
「もしかして!」
「あー……確かに浮気はしそうにねェしな」
「まぁ極端に優男風な見た目じゃないし?勿論いかつい訳でもないね」
「辰之助さん優しいですしね」
「そういえば辰っちゃんもみょうじさんのこと名前で呼んでるよね。あの辰っちゃんが」
「ちょっ……違います!」

 畳みかけられるような言葉に目を白黒させていると、あらぬ誤解をされている様子で思わず叫んでしまう。さっきまではストッパーになってくれていた永倉さんまで興味津々な顔していることから収集がつかない、と感じた。このままでは辰之助さんに迷惑が掛かりそうで、慌てて否定を重ねる。まさか名前で呼んでいることを知られているとは思わなった。


「辰之助さんは……」
「うんうん、何なに?」
「おに、……兄に似ているんです」
「え?」
「なまえちゃんお兄さんいたの!?」
「はい。だから、何となく名前の方が呼びやすくて……」
「えー……なんだぁ」

 残念そうな藤堂さんを見ていると、ふいに恋人になってもらえるなら、という括りでものすごく視界が開けたような気がした。思わず感嘆の声をあげた私に一気に注目が集まる。どうしたのか、と問われて少しだけ気恥ずかしくなってしまう。なんだか例えばの話でもこういうのは緊張する。


「いました、ものすっごく好みの人」
「え……っ」
「まじで!」
「まじか!誰だ、オイ!」
「気になりますー」

 なんだか驚いたような永倉さんと、嬉しそうな他の三人に深く頷いて同意をする。優しくて、綺麗で、ものすっごく憧れる。考えただけで胸がふわっとするようだった。少しだけ緊張しつつ口を開く。


「歩さんです!」

 同性から見ても付き合いたいと思うような人だ。もちろん私の中では憧れの人、という意味合いだったけれどこれ以上無いくらいに好ましい人だった。なんだか私まで誇らしくてドヤ顔をしてしまったのはしょうがない。だってとても素敵な人なんだから。
 けれど、なぜか皆無言だった。あれ?と思って見渡せば一様に何とも言えない顔をしていて。首を傾げれば、ややあってから藤堂さんがへらりと笑った。


「ちなみにどこが好きなの?」
「優しくて強くて料理上手の気配り上手。綺麗で、おもしろくて……っもう完璧ですよね!歩さんが男の人だったら毎日緊張してしょうがないですね!」
「あー……確かにね」
「それってす……っもが!」
「す?」
「何でもないですよ、なまえさん」
「そうそう。まぁた平助がよくわからないこと言い出しそうだったからサ」

 何かを言いかけた藤堂さんの口を塞いだ永倉さんがへらりと笑って、沖田さんもなんだかものすっごく笑顔で頷いている。疑問に思ったけれど深くは聞いてはいけないような気がしてとりあえず頷いておく。その後ろで原田さんが「アユ姉の名前聞いたら腹減ってきた」と頭をガシガシ掻いていた。確かに、それはわかるかも、歩さんのごはんおいしいし、などと考えていた私は、この日が予想とはまったく違う日になろうとは微塵も想像していなかった。

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