その感情の名は、まだわからない

「だいたいなァ、運が良かっただけや。今度おんなじことしてみぃ。死ぬで。たとえ死なんでも俺がやったる」
「……っ、なまえ姉のばか……!」
「……」

 眉間の皺が普段の二倍になった山崎さんの横には、涙目で顔を真っ赤にして私を睨みつける鉄くん、その横には無表情で私を見つめる辰之助さんがいる。
 あの日川に飛び込んだ私は、そのあと高熱を出して二晩眠っていたようだった。今朝目が覚めてから、まず歩さんにそれはもう怒られて、最終的には無茶をしないと約束をして。あまり食欲が無いながら、少しだけお米の入った重湯を食べていたら、突然障子がばしーんと開いて、あっけに取られた瞬間、目の前にこの三人が座って。間の抜けた私の声が落ちるかどうかのところから、山崎さんに怒涛の罵倒を受けて、今に至る。何が怖いってどこまでも無表情の辰之助さんが一番怖い。怖くて顔が見れなくて、いつもとあまり変わらない山崎さんの顔しか見れなかった。


「あの……ごめんなさい……」
「謝って欲しいわけちゃうわ」
「……自分でも、生きてて良かった、と思いますし、無茶してしまったと思いますけど、そんなに怒らなくても……」
「は?」
「咄嗟の行動だったんです。仕方ないじゃないですか」
「仕方ない?」
「だって、目の前に助けられるかもしれない命があったんです。だから、体が動いて、」
「その結果、死んでたかもしれへんのやで」
「生きてたから良いじゃないですか」
「ただの結果論やろ」
「……じゃあ、見捨てれば良かったって言うんですか」
「そういう話とちゃう」
「……じゃあ何が言いたいんですか!まったくわかんないです!そもそも貴方たちには、私が生きようが死のうが関係ない……、っ!」

 自分でもなんでこんなに苛々しているのかわからなかったけれど、売り言葉に買い言葉で止められなかった。呆れたように息を吐く山崎さんに頭に血が上っていく。確かに危険だったと思う。死んでたかもしれない。でも生きてた。それだけじゃ駄目なのか。まるで見捨てたほうが良かった、と言われているみたいで、感情が高ぶっていく。
 頭ではこんなこと言っちゃいけないって思っていたのに、気がつけば思ってもいないような言葉が口から零れてしまった。瞬間、勢い良く体が布団に倒れ込む。乾いた音を感じて、何が起こったか理解する前に、左頬がじんじんと熱を持った。顔を上げればひどく冷たい顔をした辰之助さんが目の前に立っていた。


「――それが本音なら、見損ないました」

 たった一言呟いた辰之助さんは、そのまま背を向けて静かに部屋から出て行った。ひどく冷たい顔。でも、それ以上にひどく悲しそうな顔、に見えた。




「……辰兄さ、なまえ姉が目覚めるまで全然寝てなかったんだ」
「え……、」
「辰兄だけじゃなくて、俺たちも、他のみんなも、ほとんど眠れなかった。アユ姉なんか、食事もほとんど摂らずに看病してたんだ」

 出て行ってしまった辰之助さんの最後に見えた表情に固まってしまった私の耳に、鉄くんの静かな声が聞こえた。ハッとして彼の方に視線を遣れば、苦しいような、痛みを堪えるような顔をした鉄くんが私の左頬に触れた。


「関係ないわけないじゃん。だってなまえ姉は、俺たちの仲間だろ」
「……なか、ま、」
「何の躊躇いもなく川に飛び込んで、それでなまえ姉が死んじゃったら俺らがどう思うか、ちょっとは考えろよ……っ」
「……っ」
「こっちは滅茶苦茶心配してんのに、なまえ姉全然わかってねェし……!」
「心配……、したんですか……?」

 鉄くんの言葉にどこか呆然としてしまって、鸚鵡返しのように繰り返せば、山崎さんの方から大きな溜息が聞こえた。思わず視線を向ければ、目が合った。ふん、と鼻を鳴らした彼は、そのまま視線をずらした。否定の言葉がない。それは限りない肯定なんだろう。そう思ったら、胸の中に、もやもやとしたものが広がっていった。
 だってまさか、疑われている身なのに、心配、されるとは思っていなかった。でも、それだけじゃない。彼らから向けられるその好意が、私はとても恐ろしく感じた。


「……ありがとう、ございます」
「、なまえ姉……?」
「でも、少しだけ疲れたので、今日はもう休みます、ね」
「……わかったわ」
「え?烝?」
「また来る」

 笑ったつもりだった。でも、自分でもわかるほど顔が強張ってしまった、から、不安そうに私の名前を口にした鉄くんに言い訳を言うので精一杯だった。そんな私をどう思ったのか、溜息を吐いた山崎さんは鉄くんの腕を掴んで、そのまま部屋から出て行った。


「なかま、……」

 呟いて、胸をぎゅうっと押さえる。仲間。そんなの、そんな言葉いらない。だって、私の居場所はここじゃない。心配なんてされる筋合いない。私はここにいるべき存在じゃない。本当なら彼らに出会うことなんて有り得なかった。
 私は、私の居場所に帰りたい。もとの時代に、帰りたい。そう、帰りたい。私のことを心配してくれている人は、彼らじゃない。彼らであって良いはずがない。心配なんてされたくない。私は帰りたいと、思っていないと。思い続けていないと――。

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