だって江戸時代にスマホ。どう説明すれば良いのか、そもそもどこまで説明して良いのかわからない。もしもこれが切欠となって歴史上の何かが変わって未来が変わったら?自分自身の存在がなくなるかもしれない、という恐怖もあるけど、それ以上に自分の家族や友人の存在が無かったことになるかもしれない、とか、それどころか起きなくても良い争いが起きて、死ななくて良いはずだった人たちが死んでしまったら?数多の人々が苦労の上作り上げた現代の世界が全く違う世界になってしまったら?――責任なんて取れるはずもない。
「まずは君の名前を教えてくれないか」
「……みょうじなまえです」
「そうか。みょうじくん。山崎くんから聞いたと思うが、ここは新選組の屯所だ。私は局長の近藤という。きみは昨夜暴漢に襲われているところをこっちの二人――沖田と永倉が助けた。その際に意識を失ってしまった君に事情を聞くに聞けずここに連れてきて介抱した。ここまでは良いかな?」
「はい。あの……、ありがとうございました」
男性の言葉に頷いて肯定し、室内を見渡して頭を下げる。この状況が非常に良くないのは確かだけど、命と貞操を助けてもらったのはあまりにも大きな事実だった。彼らが助けてくれなかったのなら、私は今頃どうなっていたことか。考えたくもない。
薄々気づいてはいたけれど、この穏やかな笑顔の男性があの近藤勇で間違いないようだった。そして沖田総司だと思っていた人はもやはり沖田総司なのだという。その隣の年齢不詳な男の人――永倉という名字には、なんとなく聞き覚えがある、のだから、たぶん彼も有名な人だ。そうすると凍てついた視線を向けてくる人は土方歳三なのだろうか。なんとなくそんな気がする。あとの二人はわからない。名前がわかれば、わかるのかもしれないけれど尋ねられる空気でも無かった。
近藤さんはひとつ頷くと、言葉を重ねた。
「君の浴衣はあまりにもひどい有様になっていてね、そのままにしておくわけにはいかなかったから、さっきの山崎くんが着替えさせたんだ。その際に、君の浴衣の帯の中から、“これ”が出てきてね。私たちは見たことがない物だから、とても気になってね。……まぁ平たく言えば、君が危険人物ではないのかと疑っている」
「……そう、ですか」
「ただ、君を介抱していた山崎くんの話では、君は危険な人間には見えないという。きちんとした所作を身に着け、話しぶりからは教養が伺える、と。一方で、君の着ていた浴衣の布地や帯には見たことのない素材が使われていたとも。君のつけていた簪はひどく高価なように見えるし、君の手は水仕事とは縁のない肌をしていると言っていた。髪も、肌も、ただの町娘では有り得ないほど手入れがしてある、とね。けれども、君は人に世話を焼かれることに慣れていない様子だった、とも。だから、私たちは知りたいんだ。君が何者なのか。君の持ち物はどれも普通の人間が持っているものではない。けれど、君自身は危険には見えない。私はここの長として、君を見極める必要がある。勝手にここに連れてきた身で申し訳ないが、君の疑いを晴らすためにどうか事情を話してほしい」
近藤さんの言葉に、ひどく驚いた。ひとつはあまりにも丁寧に事情を説明してくれることに。彼の人は本当に優しい人のようだった。危険人物かもしれない相手に対してこうも丁寧に接してくれるのは、彼の人の人柄なんだろう。もうひとつは、先ほどの女性――山崎さんの観察眼だ。そんなところまで見られていたのか、と驚いた。確かに私は、たいした苦労もしたことのない一介の高校生でしかない。家事のほとんどはお母さんがしてくれるし、時々手伝うと言っても、皿洗いは食洗器があるし、洗濯は洗濯機があるからそんな大層な手伝いなんかしていない。髪や肌だって、毎日お風呂に入ってシャンプーしたり毎朝洗顔したり、私の年齢からすればごく普通のケアだと思う。けれど、確かにここでは普通ではないんだろう。私と同年代の子はきっと何かしら働いているんだろうし、そうでなくても昔ながらの方法で家事炊事をするんだろう。日本史の先生が言っていたように、この時代、女に学びの場はそう無かっただろうし、私くらいの歳なら嫁いでいる子も多いんだろう。きっと、多くの女の子が遊ぶこともせず働いている。毎日お風呂に入る余裕なんて無さそうだし、現代の生活水準とは大きく違う。それを見抜かれて、こうして突きつけられるとは思わなかった。悪いことをしているわけじゃない。でも、私は、ここではあまりにも普通とは掛け離れているんだろう。
どう説明して良いのかわからなくて途方に暮れる。唇を噛み締めて俯く。誰も何も言わないから沈黙が続く。チッ、と舌打ちが聞こえたのは体感時間で五分程度後のことだった。
「まどろっこしい。弁明くらいしたらどうなんだ。こっちだって暇じゃねェんだ」
苛立ったような声に顔を上げると、私を睨みつける目と視線が合わさった。その目は明らかに私を敵視していて。けれど言っていることは確かにそうなんだろう、と思った。いつまでもこうして時間をかけていてもしょうがない。溜息を吐く。私は少々自棄になっていたのかもしれない。だって考えたってわからない。それなら、説明するしかないじゃないか。たとえ、信じてもらえなくても。
「私は……、この時代の人間ではありません。およそ百五十年後の未来から来ました」
言いながら、これは私が聞いても頭がおかしいと思うやつだ、と苦笑する。でも、うまく言えなかった。他にどう言えば良いのかわからなかった。あまりにも予想外の言葉だったんだろう。おそらく土方歳三だと思われる人は怖い顔のまま固まってるし、周囲の人間みんなが虚を突かれた顔をしていた。場が静まり返る。近藤さんなんて目が点になっているし、他の人たちも表情が固まっている。
「ひゃく、ごじゅうねん……未来……」
呆然と呟いたのが誰だったのかはわからなかったけれど、そのまま言葉を続ける。どう説明すれば良いのかわからないから、言葉が出るがままに任せてしまう。こういうのはきっと勢いが大事なんだと思う。
「……そう思うのは、私が生きていた場所とあまりにも違うからです。私の知る“新選組”の方々――皆さんは歴史上の人物です。私の生きていた時代から百五十年ほど昔の。その機械――からくりは、私の生きていた場所では普通に使われているものです。同じものさえあれば、どれほど遠くにいても時間の差がなく話すことができます。あるがままの写真撮影や、世界中で起きている出来事を即座に知ることのできる機械です。ただ、ここではできません。それを使うために必要な技術がまだここには無いですから。浴衣の生地も未来の技術で作られているものです。そして、私という人間は、百五十年後の未来ではごく普通の十七歳です。でも、私の知る限りでは“ここ”の十七歳とは違います。働いてもいませんし、嫁いでもいません。水仕事もする機会はほとんどないです。便利な道具があるし、母がいます。私の暮らす時代の日本では、二十歳を越えてから本格的に仕事をする人も多いです。それまでは、あらゆることを学びます。学ばないとなかなか稼げる仕事には就けませんから。ただ、男女の差なく、自由に生きています。私の暮らす時代では、どう生きるかは個人の自由と責任です。結婚するのもしないのも、子を産むのも産まないのも。私の年齢で結婚している人は少数です。私は高校――男女共学の学び舎に通って、家族と暮らしていました。もちろん貧富の差や各々の事情はありますけど、平均的な十七歳はほとんど私と変わりない生活をしていると思います。私は、私の暮らしていた時代では普通の十七歳です。でも、この時代ではそういう生活をしていた私が普通ではないことは知っています。だから、私は山崎さんがいうような見た目なんでしょう。でも、……どうして私が“ここ”にいるのかは、わかりません。過去に行くことなんてできないはずです。でも、なぜかわからないんですが、私は、ここに来てしまった、んです」
誰も何も言わなかったから一気に話しきった。途中自分でも何を言っているのかよくわからなくなりかけたけど、さっきの疑問には全て返答できたはずだ。しん、と静まり返った場の空気に耐えれず俯いてしまいそうになるが、嘘をついていると思われたくなくてまっすぐに前――近藤さんを見つめる。彼は思案するような顔をしていた。その横から零れ落ちた声は、静かな響きだった。
「私は、とても、信じられませんね。貴女の言葉が真実なら、私の知る理――時間は不可逆であることが嘘になる」
「そう……ですね。そう言われると思いました」
「けれど。同じ作り話にしても、そんな荒唐無稽な話よりも、もっとずっと相手を納得させる話もあったはず。なのに貴女はそうしなかった。それが逆に真実めいて聞こえます。そうして真偽はともかく先ほどの局長の疑問には答えている。私は、貴女の話は信じられませんが、嘘だとも言い切れない。この場では判断できかねます」
言葉を落としたのは、近藤さんの左隣の男の人だった。眼鏡の奥の理知的な目はまっすぐ私を見ていた。時間は不可逆。確かにそうだ。そうであったはずだ。でも――私はここにいる。どうして。そんなの私が知りたい。続けられた彼の言葉は、私の話を信じてもいないけれど真っ向から嘘だとも言えない、というものだった。言葉の後半はたぶん近藤さんに向けられたものだろう。
「私は夢があって良いと思いますけどねー」
いくらかのんびりした声が返ってきてびっくりする。そちらを見ると、にこり、とした微笑みが返ってきた。
「百五十年後なんて想像できないですけど、なんか楽しそうじゃないですか」
「総司、楽しそうって、他に言い方あるでしょ……」
「彼女の話だと私たち歴史に名前が残ってるみたいですし、信じた方が楽しそうじゃありません?」
「えぇー」
「あと、私には彼女が嘘をついているふうには見えませんでしたし。あのからくりにしても、白を切ることもできたはずですよ。知らないと言えばそれで済むはずです。あまりにも信じがたい話ですけど、一応筋は通っていますし……」
「まぁ、確かに。信じられないけど、嘘だとも確かめられないし……。気が狂っているふうでもないし、話し方は学がある人間のものだしね。昨晩の怯えようは本物だったし……、あながち嘘、とは言い切れないネ」
どこか楽しそうな沖田さんに呆然としていると、横の永倉さんが呆れたように溜息を吐いた。それにもニコニコして返事をする沖田さんは多分かなりマイペースな人だ。そして私は自分の過ちを知る。彼らが歴史に名を残していることをナチュラルに言ってしまっていたらしい。内心ひやっとしたけれど、それ以上は言っていないからセーフ、だと思いたい。どうやら沖田さんは私の話をどちらかといえば肯定的に考えてくれたらしい。横の永倉さんも、沖田さんほどではないにしても真っ向から否定はしなかった。それに少しほっとする。完全に信じてもらえないと思っていたから。
「……はッ、そんなわけねェだろうが」
嘲笑するような声が落ちたのはその時だった。視線を前に戻すと、先ほどと変わらない冷たい目が私を見つめていた。一気に冷水を浴びせられたような気分になる。
「未来から来た?それなら確かな証拠見せてみろ」
「……それは、ありません」
「こっちはてめェみてェな小娘の与太話聞きたいわけじゃねェんだ。知りてェのは、お前がどこの手のモンかっていうことと、これを作った人間のことだ。正直に言わねェなら、こっちも考えがある。拷問したって良いんだ」
「……土方くん、」
「こいつの話には確証がねェ――確証がねェなら、怪しむべきだ。“偶然”俺たちの前に現れた?そいつが必然なら?……女は怖ェぞ、なァ、山南さん」
責め立てるように言葉を繋げていく彼に、何も言えなかった。嘘だと決めつけられている現状に腹の立つ思いと、仕方ないと諦めに近い思いが渦巻く。確かにあんな話信じるほうがどうかしている、んだろう、きっと。諫めるように声を出した眼鏡の男の人――山南さんという名前のようだ――にもきつい言葉を浴びせた彼は、どこか睨みつけるようにその人に視線を向けた。その遣り取りで、やはり彼が土方歳三なんだと知る。新選組の中で、鬼の副長、と呼ばれていた人。その冷徹な厳しさはあまりにも有名だ。新選組を守るためなら粛清も辞さないため、ひどく恐れられていた、と聞く。けれど、同時にひどく仲間思いであったことも有名で。ドラマや映画でも、近藤さんを尊重し、昔からの仲間に慕われている姿が描かれていた。そのため、情に厚くあり、感情に流されないイメージがある。だからこそ、彼の言葉は辛辣だけれど納得もできた。確かに、真偽のわからない話を信じるより、脅威かもしれないと考える方が建設的だろう。問答無用で殺されなかったのは、不審すぎたがために情報を得ておきたかったということだろうか。
けれど。私はどうしたって彼を納得させるだけの証拠なんて持ってはいない。あのスマホのロックを解除して、画像の中から現代の街並みでも見せれば証拠になるのかもしれない。けれど、それらを見せた結果がどういう事態を招くのか、とても予想できなかった。
「私は何も企んでいません。その機械は、私の生きている時代の多くの人が研究を重ねて作ったものです。具体的に誰が、ということはわかりません」
「お前があくまでも未来から来たと言い張るなら聞くが、お前のいう未来とやらでは俺たち新選組はどうなるんだ?長州や薩摩の人間は?幕府は?朝廷は?百五十年の間、何が起きた?答えられるのなら、言い分を少しは考えてやろう」
「……それは、言えません」
「はッ、やはり嘘か」
「誰に何と言われても、答えることはできません」
「そりゃまた随分と引っかかる言い方じゃねェか」
鼻白んだように私を睨みつける土方さんを私もまっすぐ見つめ返す。彼のその質問にだけは何としても答えるわけにはいかなかった。
「あなたにそれを教えたら、あなたはあなたの目的を達するためにその情報を利用するはず。そうしたら――未来は永遠に変わってしまいます。私は、私の知っている歴史を歪めることなんてできません。それをしたら、死ななくても良い人が死ぬのかもしれない。未来永劫争いが続いてしまうのかもしれない。だから、言えません」
「お前は、死ぬべき人間と生きるべき人間がいると――そう言いたいのか」
「いいえ。私が学んだ限り、この百五十年で多くの人が死にます。本当に、数え切れないほど。私の命は、その上に成り立っています。私の家族や友人、現代を生きる人々の命は、他の誰かの犠牲の上にあります。だからこそ、私は、私の生きている時代の人々を守りたいんです。……守らないといけない。私がこの場で先ほどの質問に答えることで、何かが変わったら?誰かの命を奪うことになるかもしれない。そんなの耐えられない」
「……ここで、お前が救える命があったとしてもか」
「それでも、です。百五十年の間に、何度も痛ましい争いがありました。もしも、それらを防ぐことができたのなら多くの人が生きることができる。けれど変わりに、もっと大きな争いが起きたら?未来が変わったことによって、私の大切な人が存在しなくなったら?そんなの耐えられない。私は私を許せない……」
「そうか、」
土方さんの呟きが聞こえるか聞こえないかの刹那、首筋にひたりと冷たい温度を感じた。いつの間に抜刀されたのか、まったくわからなかった。橙色の灯りに照らされて鈍い光が反射する。反射的に体が強張る。周囲から息を呑む声が聞こえた。沖田さんが、土方さんを咎めるように声をあげたのを聞く。けれど、土方さんは眉ひとつ動かさなかった。
「随分なご高説だがな、綺麗な御託ばかりで益々信用できねェなァ」
「……何と言われても良いです」
「死ぬか、吐くか。どっちか選べ」
「……っ、嫌です」
「俺は、“ここ”を守る義務がある。邪魔者は消しておかなきゃならねェ」
「それでも、嫌です」
的確に当てられた刃は、このまま滑らせれば私の命をあっという間に奪うだろう。体が震える。けれど、私は先の質問に答えることだけはしたくなかった。新選組の――この国の未来を知れば、彼はきっと何かしら動くだろう。それはこの国の未来を変えることに繋がる。それだけの力が彼らにはある。池田屋事件で明治維新を遅らせただけでは済まない。もしかすると、明治維新が起きないかもしれない。そうすれば、未来は確実に変わる。それは避けなければならない。それが命の取捨選択だと言われようと。私は、私の知っている未来を変える勇気もなければ意思もなかった。目の前の彼らには、彼らの正義がある。それは、未来へつながるひとつの要素ではあるけれど、未来そのものであってはいけない。誰かの運命が死ではなく生に傾けば、誰かの生が死になるのかもしれないのだから。日本史の先生が力説していた。新選組の末路。彼らがどう生き、どう――死ぬのか。私は、僅かながら知っている。だからここでそれを伝えれば、もしかしたら何かが変わるのかもしれない。でも、それはやっぱりできない。してはいけないことだ。
触れていただけだった刀が、首筋に押し付けられる。
「言え」
「……嫌です」
命を奪われようと言うわけにはいかない。せめて視線だけは逸らさないように土方さんを見つめる。彼の目は静かだった。わずかに苛立っているふうに見えたけれど、それもほんの少しで。人を斬るときはこんな感じなのかもしれないと感じた。刀に、ぐっ、と力が籠められるのを感じた。その瞬間。ぴり、とした痛みがはしって、熱い液体が首筋を這うのを感じた。ああ斬られたのだと思って、目を閉じる。ここで死んだら、死ねたのなら。家族と友人に会えるのだろうか。この悪い夢から覚めてくれるのだろうか。
「――トシ、もういい」
耳元で何かが唸っているのかと感じるほど心臓の音が大きく聞こえていた。その隙間から、静かな声が聞こえて。瞬間、首筋に触れていた金属が遠ざかっていくのを感じた。目を開けると、ばつの悪そうな顔をした土方さんと、真剣な顔をした近藤さんが見えた。
「ひとつ君に聞きたい。君のいう百五十年後の未来は、平和だろうか」
その真摯な響きに、首筋の痛みを忘れてしまう。百五十年後の日本。グローバル化が進み、個人の自由が尊重される代わりに自己責任論が強くなり、不況や少子高齢化が進んで必ずしも幸福とはいえないかもしれない。世の中の仕組みが日々変わり、大きな災害もたくさん起きている。けれど。日本国内での戦争はなく、外を歩けばそれでも人々の多くは笑顔だ。明日が来るのが当たり前な世の中。それはまさしく平和、なのだろう。
「はい。私の生きている時代の元号は、平成。史記と書経に由来して、平和に成る、と書きます。多くの人が恒久の平和を願いつけられたのだと思います。その願いの通り……、平和です」
「――平和に、成る……か。それなら良いんだ。なァ、トシ。俺らは武士よりも武士らしくなってこの国をよりよくしたい、人々の暮らしをより平和に、と願って日野から出て来た。彼女の話が本当かどうかはわからん。だが、彼女のいう未来は俺らの願いの通りなんだ。それだけわかれば結構じゃないか」
「……勝っつぁん、あんたはいつも甘ェことばかり言いやがる」
「お前も大概だろう、トシ。最初から彼女を殺める気など無かったばかりか、俺が止めるのを待っていたくらいじゃないか」
近藤さんの言葉に驚いて土方さんを見つめれば、彼は顔をしかめて鼻を鳴らした。近藤さんは苦笑いだ。
「みょうじくん、すまなかったね。怪我までさせてしまった」
「いえ……」
「先ほどの話、信じ切ることは難しいが、しかし君の様子からして嘘だとも思えない。嘘ではないのだとすれば、君はこの京に帰る場所がない。そこでだ。ここで住み込みで働いてはくれないか?」
「え?あの……え?」
「最近ずいぶんと隊士が増えてきてな。女手が足りない、が、こんなところで働いてくれる者もなかなかおらんで困っていたんだ。それに君の事情を顧みるに、先ほどの話の真偽がどちらでも君を放っておくわけにはいかない」
近藤さんの言葉を聞いて納得する。要するに行動を見張りたい、ということなんだろう。得体が知れないからこそ内に取り込んでしまえば何かあったときも対応しやすいということだ。そうだとしても、私にとっては願ったり叶ったりだった。こうなった以上ここを追い出されれば身売りするくらいしか生きる術が思いつかなかった。それをしなくて良いのなら見張られるくらい何ともない。やましいことなんて何も無いのだから。
「わかりました。よろしくお願いします」
「ああ。すまなかったな。廊下に歩くんがいるから、後の話は彼女に聞きなさい。身の回りのことも教えてくれる」
「はい……。あの、ありがとうございます」
退出の許可が下りて、内心ものすごくほっとした。責められる、というのは恐怖でしかない。今までこんな場面になったことがなかったから、ものすごく怖かった。ひとまず殺されなくて良かった、と思ったくらいなのだから、私はやはり死ぬ覚悟なんて無かったんだろう。お礼を言って立ち上がる。その瞬間。安堵の気持ちが強かったのか、自分で思うよりも恐怖が強かったのか――一気に視界が暗くなった。倒れる――と思ったときには意識はもう保てなかった。遠い場所から、誰かの声がしたような気がした。
