本当のこと

「こんにちは。沖田です。入っても大丈夫ですか?」

 お昼ごはんを食べ終わってどこか落ち着かない気持ちで休憩していたら、襖越しに丁寧に声がかけられた。少し緊張しつつ「はい」と返事を返すと、襖が開く。視線を向ければ、嫋やかな笑みを浮かべた沖田さんが立っていた。白い着物と縞模様の袴に、凛としたひとつ結びの髪型がよく似合っていて、近くからみても女性と見間違うような美しさだった。少し見惚れて、慌てて視線を逸らす。


「体調は大丈夫ですか?」
「あ、はい、もう大丈夫です。ご迷惑をおかけしてしまってすみません」
「迷惑なんて。こちらこそ怖がらせてしまってすみません。女性を傷つけるなんて、さすがに土方さんでもやりすぎです。迷惑かけたのはこちらの方ですよ。首、傷は残らないとは思いますけど、もし残ったらきちんと責任取ってもらうように言いますから」
「え?いや、そんな……大丈夫ですよ!こんなのかすり傷ですから」

 心配そうな声の響きに少し驚いて返事をすると、彼はさらに申し訳なさそうに眉を下げた。たとえ表面上だけなんだとしても、敵意の感じられない言葉に正直とてもほっとする。信用はされていなくても、敵視されないだけでとても有難い。もっとも、そのあとに続けられた土方さんに責任を取ってもらうという怖すぎる言葉を聞かなかったふりはできなくて、必死で大丈夫だということをアピールしたら沖田さんに笑われてしまった。「冗談ですよ」という言葉に、ほっと息を吐く。怒り狂う土方さんが簡単に想像できたからだ。責任取って、なんて言ったら今度こそ斬られそうだ。楽しそうに笑う沖田さんに、そういえば、と声をかける。あの夜のこと、直接お礼を言えていなかったのを思い出したからだ。


「あの、この間は危ないところを助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いえいえ。でも間にあって良かったです。あんな街はずれになんで女性が、と思っていたんですが、ああいうわけだったんですね。昨日のお話びっくりしましたけど納得もしたんですよ」
「昨日も、ああいうふうに言っていただけてすごく嬉しかったです。すごく怪しいのは自覚しています。なので信用はできないと思いますけど、こうして普通に話していただけて本当にありがたいです」
「……こういう生業をしていると、嘘を吐いている人間がわかるようになるんです。あなたは嘘を吐いている目をしていなかった。自分の言葉に責任をもっているように感じた。私は自分の直感を信じています。だから、あなたのことも信じていますよ」
「ありがとうございます」
「礼には及びませんよ。それよりも、未来の話が聞きたいです。差支えのない範囲で良いですので、今度お茶でも飲みながら教えてくださいね」
「ふふ、はい、わかりました」

 最初は緊張したけれど、彼の持つ穏やかなふわっとした空気に触れていくにしたがって心が凪いでいくのが分かった。見極められていたとしても、それでも彼の言葉は嘘であってほしくないと感じた。さっきまで考えていた後世のイメージでいうところの沖田総司、ではなく、ひとりの人として沖田さんと話したからだろうか。得体の知れない恐怖がどこか安堵のようなものに変わっていくのを感じて、僅かに納得した。もしかすると、私だけではないのかもしれない。たとえば土方さん。昨夜の土方さんと今朝の土方さんの態度の違いは。確かに皆から責められたことも理由のひとつかもしれない。でも。私を、得体の知れない女ではなく、“私”という一人の人として認識してくれたからなのかもしれない。だから、どこか穏やかに話してくれた。そうであれば良い。そうであれば、嬉しい。


「よし。じゃあ、さっそく屯所の中案内していきますね。広いので結構歩きますけど大丈夫ですか?」
「はい。よろしくお願いします」

 新選組の屯所はここ壬生村にあるいくつかの邸宅を間借りしているのだという。その中でもこの八木邸は一番規模が大きく、中心的な場所のようだった。邸宅というからには八木家という家族の家のようだったけれど、新選組の屯所となり男ばかり住むようになったがために、彼らは今は別の場所に住んでいるようだった。
 日本家屋特有の涼しさに満ちていて、時折吹き抜ける風は陽光に温められてはいたものの、どこかひんやりしていた。廊下をいくつも通り過ぎ、大体の位置を把握したころには、沖田さんとも少し打ち解けたような気がする。


「大体は周りましたね……大丈夫ですか?疲れました?」
「大丈夫です。でも結構広いんですね」
「そうなんです。私も最初は迷いましたよ。とりあえず、さっき案内した炊事場や厠、お風呂場を中心に覚えていれば良いですよ。あとはどうとでもなります。迷っても聞いたら皆教えてくれると思いますし」
「ありがとうございます。あの、ひとつ聞いても良いですか?」
「はい。なんでもどうぞ」
「昨日とその前の晩、沖田さんと一緒にいらっしゃった永倉さん、は今日はお仕事ですか?」
「永倉さんですか?今日は隊士たちと打ち込み稽古だったかと思いますよ。向こうに見える道場にいると思います」
「そうですか……。あの、お会いすることってできますか?」
「はい。できますよ。でも、どうして……?」
「助けていただいたお礼まだきちんと言えていないので……」
「ふふっ、律儀ですね。たぶんそろそろ休憩でしょうし、行ってみますか?」
「お願いします」

 広いわりには誰とも擦れ違わなくて不思議に思っていたら、稽古中だと聞いて納得する。沖田さんに確認すると、そもそも最近は立て込んだ案件もないため遠方に実家がある隊士は帰省しているのだと教えてくれた。道場の位置を聞くと、敷地の奥にあるようだった。途中で草履に履き替える必要があり、どうしようかと思っていたら、沖田さんが隅にある草履を指さして微笑んだ。


「それ、みょうじさんのですよ。山崎さんから言付かっていました。もし外を歩くようなら使ってくださいって。ちょうど良かったです」

 驚いてまじまじと見つめれば、沖田さんはにっこり笑った。


「山崎さんも本当にあなたのことを歓迎していますよ。だから、大丈夫です」
「はい……っ、ありがとうございます」

 有難く草履を履けば驚くくらいにぴったりだった。外に出ると、太陽の光が柔らかく輝いていた。けれど、夏盛りというわけではなさそうで、詳しい日付を聞いていないことに思い至った。少しためらったものの、沖田さんは事情を知っているのだし、今のうちに聞いてしまったほうが良さそうだと感じて質問する。


「あの、今更なんですけど、今の暦はいつですか?」
「ああ……、今日は卯月の三十日ですよ」
「っ、そうですか……」

 卯月――四月だ。夏祭りに行ったのは八月十三日、こっちに来てから三日のはずだから、まだ八月のはず。時空を超えたのだから日付のずれくらいあるのかもしれない。けれど、いくらなんでも春だとは思わなくて思わず言葉に詰まってしまった。元号を聞こうかどうしようか迷って結局止める。聞いたとしてもそこから詳細な時期を導き出せるほど日本史をきちんと勉強してはいなかった。こんなことならちゃんと勉強しておけば良かった、と後悔するけれど、幕末は色々なことが立て込んでいるイメージで苦手意識があったからしょうがない。けれど、日本史の先生は教え方が上手だったから好きだった。もし先生がこっちに来ていたら、もう少しうまく振舞えたのかもしれない。いや、あの先生なら興奮しまくって倒れそうかも。そんなふうに考え込んでいたら、「着きましたよ」という沖田さんの声が聞こえて顔を上げる。
 視線を上げた先には、確かに道場があった。中からたくさんの声が聞こえる。そこから伝わってくる熱気はものすごくて、入るのに少し躊躇してしまう。どうしよう、と沖田さんに視線を移せば、彼はにっこり笑って、「入っても大丈夫ですよ」と言ってくれた。


「でも、入り難いなら、稽古が終わるまで、一緒にあっちの縁側で待ってましょうか?」
「あ……、でも沖田さん忙しいんじゃないですか?」
「いいえー、全然。それに、さっそくみょうじさんのお話を伺える良い機会ですし嬉しいくらいですよ」
「じゃあ、お願いします」

 道場のなかがどんな風になっているのかはわからなかったけれど、注目を浴びそうだし、何なら私が入っていくことだけでも稽古の邪魔になりそうで、沖田さんの提案を有難く受けることにした。にこにこと快諾してくれた沖田さんは、あっち、と言いながら道場の少し先を指さした。
 そこにあった縁側に座って、小さく息を吐く。座ってしまえば少し疲れていた自分を自覚した。道場の傍に植えられている木をぼんやりと見つめる。風に揺られて葉擦れの音がする。陽光が降り注いではいるけれど、肌に感じる気温はそう暑くはなかった。過ごしやすい、一番良い時期だと感じた。これから梅雨を経て、またあの暑い夏が来る。私は、帰れるのだろうか。夏が来たら、花火が上がったら。また時空が交差して帰れるのかもしれない。ぼんやりと思考の海に沈んでいたら、不意に、「みょうじさん、」と呼びかけられて視線を横に向ける。


「昨日のことですけど……、」
「はい」
「あなたは見たところ普通の女性のように思います。昨日みたいに刀を向けられるのは怖かったでしょう?でも、あなたは気丈だった。意見を変えなかった。どうしてですか?確かにあなたの意見は的を得ているように思いました。でも、だとしても、今このときの命ほど大事ですか?……死んでいたかもしれないんですよ」

 少し怒った口調の沖田さんに、思わず少しだけ微笑む。その言葉には、どこか心配の色を感じたからだ。会ったばかりではあるけれど、やはりこのひとはすごく優しいのだと感じた。けれど、その優しさが本当に向けられているのは、私にではないように感じた。


「――土方さんなんですけどね、後世ではとても有名な方なんです。もちろん私自身は土方さんご本人のことは何も知りません。でも、私が知っているだけでも、土方歳三という人は、私なんかの持つ真偽のわからない情報をあてにするほど馬鹿な方ではないです。きちんと確証と裏付けのある情報しか信用されないと思います。だから、本気で私の持つ情報が欲しいわけではないと思いました」
「そう、ですか……。でも、それでは尚更あなたを本当に斬っていたのかもしれない」
「そうかもしれません……。でも、土方さんはとても女性に人気があったと伝わっています。そんな方が、明らかな証拠もなく女性の首を刎ねることなんてないだろう、と思ったので、たぶん、大丈夫かなぁ、と」
「……っ、ふふ、それ、本当ですか?」

 沖田さんは私の言葉に一瞬目を見開いて、それからまじまじと私を見つめたあと、軽く噴き出した。「そんなふうに伝わっているんですねえ」と笑う沖田さんはすごく楽しそうだった。彼の横顔を見ながら、言葉を繋げる。


「でも、私の話がもし嘘なら。私が少しでも不審な行動をしようものなら――きっと、容易く殺されるんでしょうね。とても仲間思いの方だと伝わっていますし、昨日の様子からもそう思いました」
「ええ……、そうですね」
「だから、沖田さんも、こうして私と仲良くなることで土方さんへの――新選組への脅威となるかどうか見極めようとしていらっしゃるんでしょう?押してだめなら引いてみろ、とはちょっと違うのかもしれないですけど、脅してだめなら御してみよ的な感じですかね」

 沖田さんをまっすぐ見つめて言葉を繋げれば、彼はわずかに目を見開いたあと、にっこり笑った。「バレちゃいました?」と返事をした彼の目の奥は笑っていなかった。


「みょうじさん、若いのにすごいですねえ。私、違和感なかったと思うんですけど……」

 沖田さんの言葉に小さく笑う。


「新選組の絆は後世でも有名なんです。沖田さん、あなたも、とても聡明な方だと伝わっています。だから、ぽっと出てきた女の言葉なんかそうそう信じないでしょう?新選組に害を為そうとしているのなら、あなたも躊躇なく私を斬るんだと思います」
「……害を為そうとしているんですか?」
「いいえ。私は、ただ……帰りたいだけです。自分の家族や友人のいるところへ」
「昨日の話の通り、ということですか?」
「はい。でも、もしも私が新選組に害を為そうとしていると判断されたのなら――迷わず斬ってください」

 私の言葉に、沖田さんが初めて心の底から驚いたような顔をした。彼を見つめて、庭に視線を移す。どこまでも青い空。一気に時間も空間も飛び越えてしまったのに、悔しいくらい空の色は変わらなかった。


「死んだら、もしかしたら――帰れるのかもしれない。本当は、そう思ったんです。さっきの言葉も嘘じゃなくて、そういう思いもあったんですけど、あのとき本当は、一番は、死んでも良いって思ってたんです」
「……っ、」
「でも、怖かった。死んでも良いって思いながら、怖かったんです。きっと、それはずっと変わらない」
「……それなら」
「でも、大義のために“新選組”に命を奪われるのならそれでも良いと思うんです」
「……それはまた、随分と身勝手な考えですねえ」

 呆れたような、それでいて苛立ったような沖田さんの言葉に自嘲する。そう、勝手だ。どこまでも自己中心的な気持ち。死んでしまえば戻れるのかもしれない。けれど死ぬのは怖い。痛いのも嫌だ。できれば死ぬことなく現代に帰りたい。だから、なるべくそうなるように振舞うつもりだし、彼らの害にならないように立ち回りたい。けれど、死ぬことでしか帰れないんだとすれば、せめて“彼ら”の手でそうしてほしかった。
 自分で命を絶つのは無理だ。けれど知らない誰かに頼むのも怖い。そういう意味ではプロなんだから、無駄に苦しませることはしないだろう。なんて命を軽視するかのようにそう思ってしまうのは、私が人の死を知らないからなのかもしれない。身近な人の死を経験したことがないから、死というものが、そのプロセスがうまく想像できない。殺して、というのは、究極的にいえば責任放棄なんだろう。究極の身勝手。想像できないからこそ、簡単に言えてしまう。けれど痛みへの恐怖はあるから、怖いのも事実で。だから、大義名分があればその恐怖も和らぐのかもしれない、と思ってしまう。他人任せの自殺だ。そういう気持ちを汲み取ったからこその、勝手、という言葉なんだろうな、と感じた。


「……あなたは、ここで生きる覚悟が無いんですね」
「え……?」
「死を逃げる手段にしないでください。死ぬことは、あなたが考えている以上につらいことですよ」

 沖田さんの言葉は淡々として強い調子ではなかったけれど、私は心臓を掴まれたような気持ちだった。


「あなたのこと見極めるために近づいたのも本当ですけど、最初に言った言葉も本当なんですよ?私は本当に、あなたは嘘をついていないと思っています。でもこうして話していてわかりました。あなたは嘘をついてはいないけれど、本当のことを言ってもいない」
「……っ、そんなこと」
「私はみょうじさんのことを何も知りませんが、死ぬことがどういうことかは知っています。だから、そんな簡単に言わないでください」
「……なら!それなら!私はどうすれば良いんですか!私はただ帰りたい……っ、それだけなのに!こんなところで死にたいわけがない!でも、死んだら帰れるかもしれないじゃないですか!こんなとこで生きる覚悟なんて、できるわけない……っ、こんな、こんなの夢のはずなのに……っ!現実のわけないのに!なんでこんなところにいるのかなんてわたしが知りたいのに……っ!」

 沖田さんの言葉に堪えきれず立ち上がってしまう。彼に当たったところでどうしようもないとわかっているのに、憤りが抑えきれなくて自分でも驚くほどの声が出てしまう。唇を噛み締めなければ、怒りのあまり泣いていたかもしれなかった。肩で息をする私をじっと見つめた沖田さんは、何を思ったのか嬉しそうに微笑んだ。じんわりと優しさが滲み出るような。その笑顔に面食らって、怒りが少し引いていくのがわかった。


「言えるじゃないですか、本当のこと」
「……っ」
「難しいこと考えすぎですよ。こういうときどうすれば良いのかなんて簡単です。正直になれば良いんですよ」
「……正直、に?」
「助けて」
「……え?」
「って、言えば良いんですよ」
「……っ」

 沖田さんの言葉に、一瞬頭が真っ白になった。


「助けて……?」
「はい。あなたの本当の気持ちです」

 彼に指摘されて、私は初めて気づいた。確かに、彼らに本当の気持ちを言うなんてこと思いつきもしなかった。でも、そう、確かに、心の一番奥では、私は助けを求めていた。さっき怒鳴った思いのさらに奥で、私は確かにそう思っていた。きっと愕然とした表情をしているんだろう、私の顔を見た沖田さんは立ち上がると私の頭の上にそっと手を置いた。温かかった。人の手の温度だった。


「私たちはこう見えても色々な修羅場をくぐってここまで来ています。だから、敵意を持った人間かそうでないかくらいは隠されてもわかります。確かに信じ難い話ですけど、あなたの言葉が嘘じゃないことくらい、あの場にいた全員がわかっていましたよ。でもあなたはその身に起こったことからすると不思議なほど冷静だった。あなたが言った言葉は正直どれも綺麗事です。私は、私たちは……、あなたの本音が知りたかったんですよ。だから山南さんはああ言ったし、土方さんはあんなことをしたんです。結局あなたは難しいことばかり言って壁つくっちゃってましたけど、それはあなたにとっては鎧だったんですね。“他人事”にしないとどうにもならないくらいに辛いから」
「……っ」
「あなたと同じ目に遭ったら、私も怖くてしょうがないと思います。他の誰でもそうだと思います。それは普通のことです。だから、誰かに頼っても良いんですよ」
「……っ」
「つまり。怖いなら怖いって言えばいいし、死にたくないならそう言えばいい。助けてって言っても良いんですよ」

 沖田さんは、そう続けると私の髪をぐしゃぐしゃに掻き混ぜた。兄のようだった。彼とは顔も性格も違うけれど、その仕草も声の温度も、確かに兄に似ていた。


「……沖田さん」
「はい」
「……助けて、ください」
「はい」
「ここから帰りたいです。家族に会いたいです。だから、助けてください」

 私の言葉を聞いた沖田さんが、私の髪から手を離して優しく笑う。


「じゃあ、今から私となまえさんは友達です」
「……っ」
「あなたがあなたの家に帰れるよう、友達として最後まで付き合いますよ。だからひとりで抱え込まないでください」

 そう言って微笑んだ沖田さんは、どこかすっきりとした表情をしていた。思わず、友達、と呟いた私に、「不満ですかー?」と頬を膨らませた沖田さんはなんだかすごく自然体な姿で、つい笑ってしまった。


「あ、なまえさん、やっと笑った……」
「え……?」
「いえ。ずっと固い表情だったんで安心したんです」
「……あの、沖田さん。どうして私にそこまで親切にしてくれるんですか?」
 
 さっきからずっと疑問だった。彼がさっき私を怒らせたのも、私が本音を言えるようにわざとしたんだろう。こうして話す機会を作ったのも、あえてだろう。でも、友達、は、ただの親切にしては度が過ぎているような気がした。彼の言葉を疑うわけじゃないけれど、やっぱり、それでも、人が良いだけではないような気がした。
 私の言葉に、沖田さんは、少しだけ目を見開いてから、苦笑いのような曖昧な笑顔になった。


「あなたみたいな人を知っているんです。助けてほしいのに、助けを求めることを思いつかないような。自分の本当の気持ちに気づかないふりをして、周りを頼れなくて、ひとりで抱え込んじゃって、途方に暮れて、勝手に諦めて……。あなたを助けることで、その人も助けたいのかもしれない」

 自嘲するような笑みだったから、なんとなくわかった。その人はきっと彼自身のことなんだと。


「沖田さん。友達は、お互いに助け合うものだと思うんです。だから、沖田さんも、何かあったら相談してください。……私も、友人の力になりたいですから」

 沖田さんは私の言葉を聞いて一瞬目を丸くしたあと、すごくうれしそうに笑ってくれた。その笑顔を見て、私は、少しだけ、ここに来れたことを感謝した。帰りたい思いは確かにある。でも、彼と出会えて良かったとも、確かに思った。

戻る