雨もり 小さな雨粒の成れの果て、水溜まりをバスのタイヤが突っ切って走って行く。普段はその中へ乗り合わせるはずのバスが横を追い抜かして行くのをなまえは見送った。バス停に先に着かれたとしても、今日は走る必要がない。 少し前方のバス停で停車する、機械のため息のような音がなまえの耳にも聞こえた気がした。 「あれぇ、みょうじさん?」 「…獏良くん」 声でも相手の判別は付いていたが、一応振り返ってその端麗な容姿を確認してからなまえはその名を呼んだ。どこかおっとりした雰囲気を持つ少年は、前方に止まっているバスとなまえを見比べた。「あれ?」ともう一度獏良が首を傾げながらなまえの隣へ並ぶと、バスの軽いブザーと共に扉が閉まる音。 「みょうじさんってバス通学じゃなかった?」 「うん、まあ一応そうだよ」 「…えーと、今バス行っちゃったけど…。あ、もしかして僕が呼んだから?」 「ううん」 今にも謝罪を始めそうな獏良になまえは笑顔で首を振ってまたのんびりと歩き始める。隣に並びながら獏良はその様子を伺った。 「私ね、雨の日はバスよりも歩きたいタイプなんだ」 「へえ、なんだかちょっと変わってるね。普通は逆の人の方が多いと思うけど」 「ふふ、変わってる…うん。そうかも」 悪気や悪意は一切なく、オブラートに包まない獏良の物言いになまえは小さく笑って頷く。 「でもね、私は雨の日のバスは嫌いなんだ。なんだかバスの中の空気がベタベタするんだもの」 「あぁ、そっか。湿気すごいもんねぇ」 「うん。ただでさえ雨の日は髪の毛が膨らんで憂鬱なのに…ほらもう、ぶわぶわだよ」 ふう、と溜め息を一つ。傘を持っていない方の手で毛先を摘まむ様子は、ひどく少女然としている。可愛らしい所作に獏良はちょっと微笑んだ。 「そんなことないよ」 「…ありがとう。そういえば獏良くんこそバス乗らなくて良かったの?」 「うん」 「へえ、獏良くんはどうして?」 傘の位置をずらしてまで獏良を見上げる目にはただの好奇心というよりも少しだけ、同じ趣味を持った者への興味と好意が混ざっている。彼女が濡れないようにと、気付かれない程度に傘を傾けた獏良はその眼差しに視線を合わせて答えた。 「僕は雨が好きだから、かな?」 「ふうん」 相槌を打ってから、ふと違和感を覚えた。なまえはあまり獏良と親しくはない。それでも雨の日に喜んでいるような獏良を見かけた覚えがない…というより雨の日はいつも、彼はどちらかといえば何処となく憂鬱そうな顔をしていたような気がした。気のせいだろうかと首を捻る。 「…あれ、そうだったっけ?」 「ううん、今日からだよ」 「へぇ、そっかぁ」 いまいちなまえにはわからないが、彼なりの心境の変化があるのだろう。かさの位置を戻してなまえは正面を見つめた。 次々と落ちて地面に溜まっていく水滴という光景自体は嫌いではない。むしろ、湿り切った空気さえなければむしろ大好きと言っても過言ではない。獏良の言う「雨が好き」というのもなまえには理解出来る気がした。 あまり共通の話題が無く、完全に途切れていた二人の会話を唐突に獏良が繋いだ。 「…ねぇみょうじさん、寒いから手繋がない?」 「えっ、濡れちゃうよ?」 異性と手を繋ぐ抵抗よりもなまえはそちらが気に掛かった。気温が低くなかろうと濡れてしまえばそのうち冷たくなるし、雨で中途半端に濡れるのは基本的に気持ちが悪い。 目を丸くして見上げてくるなまえに向かって、獏良は笑って手を差し伸べた。 「いいんだ。だって僕、雨が好きだから」 |