百年目の百合の花

※学パロ、煉獄少年と担任教師
転生、前世ネタ

「書き置き」「水」「三秒間」がテーマの煉獄杏寿郎の話を作ってください。
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 やっと見つけた、と思えば彼もどうやら待ちくたびれたらしく。夕焼けに照られた結髪と背中は、彼らしくなく、けれど十七歳の子どもらしく丸まって階段の隅に収まっていた。

 ああ。多分それ、わたしがそっちの階段から上がってくると思って、ずっと待っててくれたんだね。ってことはそっちが正規ルートだったのか。ごめん、煉獄くん。先生、貴方のくれた書き置きのクイズ……というか禅問答、どうしても説破できなくってさ。学校中虱潰しに探している内に向こうの階段から来ちゃったよ。本当に、不甲斐ない先生でごめん。

「煉獄くん!」
「……、先生!」
「ごめんね、まさか中等部(こっち)まで来てるとは思わなかった。だいぶ待たせちゃったね。」
「……いいえ。確かに待ちましたが、大丈夫です。忙しい中お付き合い下さりありがとうございます。」
「ううん。楽しかったよ。煉獄くんは博識だねえ。先生、書き置きとにらめっこし過ぎて、そもさんがゲシュタルト崩壊したよ。」

 文句のひとつでも言っていい状況なのに、彼は今日もふわり、と笑う。ああ、またこの顔だ。この子のこの、困ったような優しい微笑みを見ると、胸が痛くなる。待たせた罪悪感からじゃない。多分、初めて会った時からそうだったと思う。
 どうしてなんだろう。明朗快活で溌剌とした子なのに。どうしてこんなにこの子を、儚いと感じる瞬間があるんだろう。先生、と語りかけられる度に、何か大切なことを忘れてしまっているような、そんな焦燥感を覚えるんだろう。

 ──ぽたん、と水の滴る音。すぐそこの手洗い場からだ。静まり返った廊下、長いこと見つめてしまっていたのに気付くには十分な刺激だった。気づいた途端にバツが悪く、咳払いひとつ。背筋を伸ばし、髪をかきあげ、先生というキャラを被り直す。

「えー、して。こうまでして先生を呼び出した用というのは?」
「はい。今日はどうしても先生に、聞きたいことがあって。」
「うん? 場所を変えた方が良い話かな?」
「いいえ。この時間、この場所なら、もう誰も来ませんよ。」
「そう? すぐそこに相談室もあるけど。」
「いえ。……個室に二人は、今はちょっと。」
「ん?」
 
 それ以上は答えず、煉獄くんは一歩、また一歩と距離を詰めてくる。口元から笑みが消え、射抜くような目付きになる。あまりに真っ直ぐ、十代らしからぬ熱情を浴びせてくるそれに、こちらは堪らず一歩、一歩と後ずさる。
 ……ああ。怖い。恐いなぁ。彼がこんな顔をするのは初めてなのに。なんでこんなに懐かしいんだろう。
 これ以上近付いちゃいけない。けれどもっと傍に来て欲しい。そんな期待が拭えないのは。

「……逃げないでくれ、  。」

 壁際に囲われ、切ない声で名前を呼ばれる。砕けそうになる腰を彼の両腕ががっしと掴む。ああ、そう、この温度。高揚、安堵、厚い掌、やっぱり知ってる。馬鹿、そんなはずないだろ。なんて不純な妄想だ。教師として恥ずかしい。逃げ場を失った理性が、これでもかと胸をぶっ叩き警鐘を鳴らす。まずい、息を吸わなきゃそろそろ倒れてしまう。ついでに早く叱らなきゃ。こんな無作法いけない、わたしは担任として、煉獄さんを……煉獄さん?

「荒療治ですまない。だがそろそろ、何かひとつくらい思い出して欲しい。いつまでも君の優秀な生徒でいるのも切なくてな。」

 彼の唇が言葉を紡ぐ度、頸動脈に血が昇る。首元が煩い、頬が熱い、頭が痛い、胸が……ああ、こんなに狂おしいのはどうして。分からない。分かってはいけない。この話しかけられ方を、彼との関係を、私の魂が、知っている? そんなの嫌だ、ああ、変わってしまう。戻らなきゃ。戻りたい、もう離さない。二度と離れない。これ以上貴方を一人にしない。なんだそれ。誰と、誰、が。
 いいや、わたしだって、ここまでされて逃げるほど野暮じゃない。今日まで十分逃げてきた。胸が切なくなる理由だって、あの問いの答えだって、本当は最初から分かってた。もう諦めろ。もう、戻ろう。彼の胸に顔を埋め、深く吸い込む、三秒間。

「……百年目の百合、ですね。」
「……ああ、漸く咲いた。」



※百年目の百合……夏目漱石「夢十夜」第一夜より
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