最初、瀬呂くんの部屋に入った時、アジアンテイストに纏まった部屋は何となく落ち着かなくて、ずっとそわそわしていた。主張の強い柄ばかりで、視界のどこに映っても温かみのある色はとても賑やか。
エイジアンな彼は、そんなこだわりのある趣味を持っていながらも気さくで、さっぱりした性格で、ぱっと見は地味で。あまり何かに執着しそうには見えない飄々とした姿と、この一貫してこだわり抜いた部屋の内装から感じられるギャップは、まさしく瀬呂くんが自負する様に、ギャップの男を名乗るに相応しいと思った。
「ね、部屋のフレグランス変えた?」
「お前細かいとこまでよく気が付くねー」
「こんだけ頻繁に来てればそりゃ気付くよ」
「……それもそーか。変えた変えた。お前的にはどっちのが好き?変えたは良いけど悩んでんだよね」
「えー、どっちも私にとっては良い匂いだけど……あ」
正直、匂いに関しては人の趣味だから良く分からない。今の匂いも前の匂いも瀬呂くんが少なからず良いと思って使ってるわけだし、私自身どちらの匂いも不快な思いは全然してないし。ベッドの縁に寄り掛かって雑誌を広げながらそんな事を考えて答えていたが、ふと私はとある事に気付いた。そうだ、相手により似合う方の匂いを選べば良いじゃん。
思い立ったが吉日、私は同じ様に隣に腰掛けていた瀬呂くんの服の袖を引っ張って此方に引き寄せると首元に鼻先を埋めてみた。
「は!?ちょ、な、何やっちゃってるんですかねナマエさんは!」
「瀬呂くんの匂い嗅いでる」
「いやそうじゃなくて!」
「……んー、前の匂いの方が瀬呂くんには合うかなぁ」
そう言ってぱっと離れながら瀬呂くんの顔を伺ってみると、彼は膝を抱え両手で顔を覆いながら小さく震えていた。表情は読めないけれど、黒髪から覗く耳はとても赤い。私は滅多に見る事のないそんな彼の様子にやたらビックリしてしまって思わず不審そうに瀬呂くんを見詰めた。
「……何やってるの?」
「それはこっちの台詞な。……あのさ、一つ聞きてんだけどさ。……俺も一応男だって事、分かってやってんの?」
「え……わっ!?」
瀬呂くんが顔から両手を下ろしたかと思うと思っていたよりも強い力でいきなり私を突き飛ばして来た。その突飛な行動から逃げる間も無く、力の侭に突き飛ばされて私はカーペット越しの床へと背中を打ち付ける。身を起こし、いきなり何をするんだと彼を糾弾するよりも先にふと影が私に覆い被さった。何がどうなっているのか、頭で理解するよりも早く、瀬呂くんが私の手首を掴んで身体に乗り上げて来て。漸くその影の正体が瀬呂くんのものである事を理解した。
「ちょ、な、何?」
「……俺が話し掛けやすいから、仲の良い友達だから男だって事も忘れてた?」
「うっ……」
「男相手にあんな事してさ、しかも二人きりの密室で。…何されてもお前は文句言えないよ」
私を見下ろす瀬呂くんの表情は、いつもの親しみやすい柔らかなそれとは全然違って。獲物を目の前にした飢えた獣の様な、明らかな男の表情だった。彼から目を離した瞬間に捕食されてしまいそうで、目が離せない。初めて瀬呂くんから垣間見えた男に、初めて意識した性差に、喉が小さく鳴った。
「……なんつって」
「……ッ?」
「俺相手だからこれで済んだものの、マジで俺以外の男相手だったらこんなんじゃ済まないからなー。上鳴とか峰田とか、特に」
「え?」
「まー、まずそのエロコンビとは二人きりにすらならねーか!」
そう言って瀬呂くんは私の上から退いた。先ほどまでの男女の何処か艶めいた雰囲気が嘘の様にがらりと変わって、いつも通り友達同士の空気感にこの場が変わる。
あまりの転調に頭も身も追い付いていない私を見兼ねて、瀬呂くんが眉を下げて笑いながら私に手を差し伸べて来た。
「こう言う事もある、って瀬呂くんからの忠告な。背中痛くねえ?」
「あ、う、うん……大丈夫……」
瀬呂くんの手を取って起き上がると、握り締めた時に私の手を包み込んでしまうほどの瀬呂くんの手の大きさに、普段は気にもしなかったのに、やたらと目が釘付けになった。
良く見ると、男子の中では痩身の瀬呂くんも女の私なんかよりも全然がっしりした身体付きだ。喋る度に動く喉仏だとか、筋肉質な腕だとか、先程まで全然意識していなかった瀬呂くんの男としての部分にやたらと目が行ってしまう。
瀬呂くんと一緒に居る間、心臓はずっと高鳴ったままだった。
(あんな怯えた顔されてあれ以上手が出せるかっつーの)
(ま……男として意識してもらえる様にはなったみたいだし、結果オーライとしますかね)