「ユーリ、もしかしてケーキなんか作っちゃったりしてる?」

ふわりと、バンエルティア号の食堂から仄かに甘い香りが漂って来る。食堂を使ってわざわざ料理をする人なんて、この船に乗るメンバーの中じゃ、ほんの一握りだ。案の定、食堂にはユーリが立っていた。艶のある長い黒髪を軽く一つに結わえ、絞り袋を手にスポンジケーキを生クリームでデコレーションしている。
こんな手間の掛かる作業が趣味だと言うのだから、恐れ入る。わたしなら絶対にやらない。作るより食べる方が良い。

「見りゃわかんだろ」
「分かるけど、ほんと良くやるよねえ。いくら甘党だからって自分じゃ絶対やらないよ私」
「作れるようになれば自分の好きな時に好きなもん食えるんだぜ?」
「そりゃそうかもしれないけど」

自分で食べるなら尚のこと此処まで手が込んでなくても良い気がするが、気のせいだろうか。とは言え、私が極端に面倒臭がりである自覚はあるからきっとユーリや他の料理を趣味とする人達が幾ら言っても私には伝わらないんだろうな。専ら、食べる専門って事でいっちょ宜しくお願いします。

そう言えばユーリは、剣を振るっている時も活き活きしているが、ケーキやスイーツを作っている時もきらきらしている気がする。今だって楽しそうに生クリームを絞っているし、鼻歌なんて歌っちゃいながらフルーツを乗せている。剣と甘いもので元気になっちゃうなんて子供か。ロイド辺りと何も変わらない。

「んふふ」
「何笑ってんだ?」
「いや別にぃ?ユーリって可愛いなって思って」
「はあ!?突然気色悪い事言ってんじゃねーっての」
「気色悪いなんて事ないよ」
「ンな事言うのはお前だけだぜ」
「私だけ知ってれば良いもん」

そう私が言った瞬間、ユーリが一瞬黙った。刹那ではあるが沈黙が私達の間を流れた後、何も言わずに額を生クリームで少し汚れた細い指先で弾かれる。痛い。割と容赦が無かった。
額を押さえて痛みに震えながらユーリを見上げると、そっぽを向いた彼の長い髪から覗く耳は赤く染まっていた。

「もしかしてユーリ……照れてる?」
「……照れてねえ」
「耳赤いよ」
「ナマエの気のせいだろ」
「ほら指に生クリーム付いてるし。ここ」
「やべ、汚すとリリスに怒られっからな。タオル取ってくれ」
「勿体無いよ……ん」
「!?」

ちょっとしたクリームでも何となく勿体無く感じて、ユーリの手首を掴むと生クリームが付いた指先を舐める。…甘い。多分これ、生クリームの味だけじゃない。ユーリ自身の味もする気がする。それを確かめるために試しに軽く吸ってみるとびくりと手が震えた。視線で彼を伺うと、さっきまで耳の赤かった彼が顔まで赤くしている。トマトみたいだ。

「ユーリ、顔すごいことになって──」
「おたくらさぁ!?ここ子供もいるからいちゃつくなら他所行きなさい!」

それをユーリに突っ込んでやろうと思ったら、気付けばいつのまにか食堂の前に立っていたマオの両目を塞いで叫んでいるレイヴンが居た。

別にそんなつもりなかったんだけどなあ。そもそも付き合うとか、そう言う関係ですらないのに。