「ったく……何で俺がパシられなきゃなんねーんだよ!だーっ、めんどくせぇ!」

ルークはぶつくさと文句を言いながら、バンエルティア号の廊下を我が道を遮る事は許さないと言わんばかりに踏ん反り返る様にして大股で闊歩していた。珍しく従者であるガイも、お目付け役のティアも連れずに一人である。その手には数冊の本が抱かれていた。
目的はただ一つ、ナマエにこの本を返却する事である。ただ、この本はルーク自身が直接借りたわけではない。どうやらナタリアが借りた様なのだがどうしても都合が合わずになかなか返しに来れず、借りっ放しにしておくわけにもいかないと暇そうなルークを使ったらしい。天上天下唯我独尊状態のルークも、婚約者のナタリアには頭が上がらない様なのだ。

途中で擦れ違ったロイドやクレスと剣の稽古の約束をすると言うちょっとした道草を食いつつ、ナマエの部屋に漸く到着する。何故か彼女には一人部屋が与えられているのだ。王族であるはずの自分ですらガイ達と同室なのに。矢張りアドリビトムの創設者の一人である彼女の特権だろうか。

「(あー……ほんっとだりぃ。パシられた報酬あとで強請っとかねーと)」

此処まで来て尚、面倒そうな表情を浮かべながら無言でコンコンと部屋の扉を叩く。この時間は必ず部屋に居るのだとナタリアからは事前に聞いている。此処でナマエが出て来なかったら部屋の前に置きっ放しにしとけば良いかとさえ考えながらルークはナマエが部屋から出て来るのを待った。少しの時間が空いて部屋の中からぱたぱたと扉へ駆け寄って来る音が聞こえて来る。──なんだ、居るならさっさと出ろよ。心の中でも文句を垂れながら煽る様にもう一度ノックをしてやろうと扉に手を伸ばした刹那。

「ごめんナタリア!ちょっとシャワー浴びてて遅くなっ……!」
「!!??」

ばんっ、と勢い良く開け放たれた扉から出て来たのは、裸にタオルを一枚巻いただけのなんとも無防備な姿のナマエだった。目を逸らそうと思っても、ルークの視線は彼女から外れない。どれだけ世間知らずなお坊ちゃまだろうと、そう言った事には興味津々なお年頃なのだ。

しとどに濡れた髪、仄かに赤く色付いた陶器の様に白い肌、微かに立ち上る湯気、目の前のナマエからはシャンプーの甘い匂いが香り立ち──

「きゃああああーーーーっ!!」

ばきっ。
突然脳天に走った衝撃と共に、ルークの視界は暗転した。





「……ほんと、ごめんなさい。あの時間に来る人って最近はナタリアぐらいしか居なくて、それで今日もそうなのかなって……本貸したままだったし、それを返しに来てくれたのかもって、確認もせず……」
「いや、きちんと声を掛けなかったルークも悪いさ。気にするなよ」
「そうよ、それに……タオル越しにとは言え貴方はルークに裸を見られたのだから、寧ろもっと怒っても良いはずだわ」

ルークの暗転していた意識がゆっくりと浮上するや否や、頭上から降って来る声達は自分にとってろくでもない様な気がした。良く分からないままに反論しようとして身体を起こそうとすると、本調子じゃない身体は簡単にも揺らいだ。それと同時にこめかみ辺りに鋭い痛みが走る。暗転する前に脳天に走った衝撃は、ナマエが繰り出した爪先蹴りだった様だ。

「……ってぇ……」
「起きたか、ルーク」
「ご、ごめんねルーク、わたしビックリして……大きな声も上げちゃったし」

ぼんやりと未だに霞がかった意識が、ナマエの声を聞いて途端に覚醒する。心配してか、彼女がルークの顔を覗き込もうと距離を詰めて来るが、その様子を見てふと脳内に思い起こされるのは、半分裸の、ナマエの姿、で。

ルークは、反射的にその場から飛びずさった。

「く、来んじゃねー!」
「る、ルーク?」
「いいかティア、絶対その女を俺に近付けんなよ!絶対だかんな!」
「ちょっとルーク、何を言っているの?」
「うっせー!俺は……俺は悪くねえー!」

そう言うと、ルークは大慌てで自分の部屋を出て行った。取り残された三人は何がなんだか分からずに、過ぎ去った嵐を呆然と見詰める。一体、ルークはどうしてしまったのか。そんな疑問も、直後床に崩れ落ちたナマエの姿と言葉を聞いて、すぐに解消される事となる。

「……そ、そんな逃げるほど私の裸を見た事がショックだったのかな……」
(……ああ、成程、な)
(ルーク、そうだったのね……)

ガイとティアはこの瞬間、ルークのあまりにも前途多難すぎる恋路を憂いたと言う。