──彼女を初めて見た時、やけに俯瞰的に世界を見る瞳をしている人だ、なんて思った。



帝国騎士団に入団したユーリとフレン。フレンは生来の性格と持ち前の能力の高さを遺憾なく発揮出来たお陰で特に難も無く突破したが、入団試験早々に問題を起こしかけた──いや、起こしてしまったユーリは一度失格の烙印を押される事になってしまった。だが、悪運が強いと言うべきか否か、その場を見ていた監督官の計らいのお陰でユーリはフレンと同じく、騎士団に入る事が出来たのだ。それが無ければ、ユーリは今ここにはいない。
自分の所属する隊の真新しい隊服に身を包み、本日から新米騎士達は振り分けられた隊に所属し、その隊で暫く経験を積む。隊長直々に引き抜かれる場合もあるが、そんな事は滅多にない。ユーリとフレンも例に漏れず、だ。
これからユーリとフレンが所属する事になるフェドロック隊はシゾンタニアと言う小さな街に拠点を構え、その街の警備を中心に騎士の勤めを果たしている決して大規模とは言えない隊である。
フェドロック隊に配属されると言う事で自動的にシゾンタニアへ移住する事になった二人は自らの荷物を手に、迎えに来てくれているフェドロック隊の先輩騎士と共にシゾンタニアへと向かう手筈になっていた。その道中で、フレンは何かに気付いたかの様に顔を上げ、唐突にその足を止める。
フレンが視線を向けた先──あの場所は、恐らく騎士団長アレクセイの執務室だろうか。そこには、新米騎士達がぞろぞろと赴任先へ出て行く様子を窓から見下ろす少女の姿があった。
普通、騎士団長の執務室に立ち入る事など騎士団長直々に招集が下るか、よほどの事態が起こり得ない限り、まずありえない。騎士団長の執務室がどこにあるのか、覚えていない騎士だってそれなりに居るのではないだろうか。そんな部屋に、少女が一人。その少女の顔立ちや身なりは此処からでは見えない。分かる事と言えば、少女の片目が眼帯に覆われていると言う事と、髪色ぐらいだった。

「でっ……!──急に止まんなよ!」
「あ、ああ……ごめん」
何も言わずに立ち止まったフレンに気付かず、後ろを歩いていたユーリは思い切りフレンの後頭部に顔を打ち付ける。赤みを帯びた鼻を押さえながら恨めしそうに声を荒げるユーリを余所に、衝突の原因となったフレンはどこか上の空だ。
ユーリへ一瞬向けた意識を再び、先程視界に捉えた少女へと向けるが、窓際に居た筈の存在はもう、そこにはなかった。
──あれは。あの少女は。一体誰だったのだろうか。

「何見てたんだ?」
「……いや、別に……」
「女?」
「なっ!?ち、違う!そんなんじゃない!」
「げっ、図星かよ」
図星と言えば図星であるが、少女に惹かれてフレンは立ち止まったわけではない。だが、事実を突然突き付けられたが故に言い訳の術を持たないまま、耳をほんのりと赤く染めて大慌てで否定する様子はそれが事実であると認めている様なものだ。あの堅物フレンの意識を奪うほどの女。一度拝んでやろうじゃないかとフレンが見ていた方角へユーリも視線を向けるが、当然そこには既に誰もいない。
「おいフレン、誰もいねーじゃねえか」
「遅いぞお前ら!」
「「うわっ!」」
誰もいない事に対する文句を言おうとユーリが振り返った瞬間、第三者の声が二人の間に割って入る。突然の介入に驚いた二人が振り返ると、そこには腕を組んで煙管を口に咥えた見知らぬ中年男性の姿があった。
「誰だよおっさん」
「誰とはなんだ誰とは。お前らが待ち合わせ場所に全然来ないから隊長直々にここまで迎えに来てやったんだろうが」
「隊長直々に……って、ま、まさか……」
「ああ。俺がフェドロック隊隊長のナイレン・フェドロックだ」
場数をそれなりに踏み、人生の酸いも甘いも経験している様な年齢に見える男──ナイレンは組んでいた腕を解いて傷のある顎に手を当てると、どこか楽しそうににやにやと笑みを浮かべた。ナイレンの紹介の後、沈黙と共に彼らの間を冷たい風が通り抜ける。次の瞬間に口を開いたのは顔をやや青褪めさせたユーリだった。
「げぇっ!マジかよ……!」
「も、申し訳ありません……!ただいま向かう途中だったのですが……」
「フレンが女に気ぃ取られたせいだろ!」
「ひ、人聞きの悪い事を言うな!」
「女だぁ?」
「……いえ、女性に気を取られたと言うか……騎士団長の執務室と思しき場所に見知らぬ姿があったものですから……それがたまたま女性であっただけで……」
フレンのしどろもどろな言葉を聞いたナイレンが眉間に深く皺を刻むのを見逃すユーリとフレンではなかった。何かを考え込むを見て──聞いてはいけない事だったのかも知れない。騎士達の間でもよく噂に上がる、騎士団内にいくつか潜むと言われている闇の部分にまさか触れてしまったのではないだろうか、と。二人はそう思った。

「──そうか、お前らは入ったばかりだからまだ知らんのか」
「……?」
「そりゃ多分……リナリアだろうなあ」
「……リナリア……?」
「ああ。……ま、お前達はすぐに会うことになるだろう。ほら、部下を待たせてんだ。さっさと行くぞ。」
先程見掛けた窓辺の少女の名はリナリアと言うらしい。
その名前が、何故だかやけにフレンの耳から離れないままでいた。