「ここが、シゾンタニア……」
「おうよ、帝都と比べたらそりゃ随分見劣りするだろうがなかなか良い街だろう」
ユーリとフレンはこれから所属する隊の隊長──ナイレン・フェドロックと迎えに来ていた先輩騎士──ヒスカ・アイヒープ、シャスティル・アイヒープの双子女騎士と共に馬に乗り、これから居住する事になるシゾンタニアへ足を運んでいた。
帝都から遠く離れた街──シゾンタニア。帝都に広がる街並みと比べてしまえばそれまでの、こぢんまりとした街だが、それでも街中は活気に溢れ、心地好い賑やかさがある。子供から年寄りまで幅広い年齢層の住民達が生き生きとした面持ちで、顔を上げて街を歩いていた。
煉瓦や石畳の造りで覆われた街並みには至るところに木々や花が植えられており、人工的な緑ではあるが、それがまたこの街の穏やかな雰囲気作りに一役買っていた。
シゾンタニアの街の頭上には
結界魔導器の輪が覆い、それが、この街が安全である事を何よりも物語っている。
馬から降りたユーリは荷物を片手に一つ大きく伸びをすると、凝り固まった身体の節々が鈍い音を立てて鳴るのが分かった。ずっと同じ体勢でかなり長い事乗馬していたのだ、無理もない。フレンも同様に馬から降りて、見慣れない街並みを見渡す。更に続いてナイレン、ヒスカ、シャスティルも馬から降りてシゾンタニアの街へずんずんと足を踏み入れた。すると、仮にも騎士相手だと言うのに住民達がナイレンに気付き、笑顔で彼を受け入れ、労いの声を掛けていく。
「ここから騎士団の駐屯地まではまだもう少しあるんだけど……街の案内も兼ねてここからは歩いて行くわ」
「……あの隊長、慕われてんのな」
「まあね。フェドロック隊の人達はみんなこの街の人と仲が良いの」
「……下町じゃこうはいきませんね」
とは言え、シゾンタニアの街はどこか帝都の下町を彷彿とさせる。生活水準の高さや街並みを比べたら下町とは全然違うのだが、住民同士の空気感や街全体の和やかな雰囲気が、ユーリとフレンの故郷の雰囲気と似ていた。
「おいおめぇら、何ちんたらしてやがる!さっさと行くぞ!」
気付いたらナイレンの腕の中は住民達から分けて貰ったらしい食料やら備品やらの物品で溢れんばかりにいっぱいだ。既に零れ落ちそうなほどにたくさん抱えていると言うのに住民はまだまだ更に積み上げていく。そんな光景を眺めながらユーリ達はナイレンの後を追い掛けて行った。
*
「──はい、到着!ここが私達の宿舎よ」
シゾンタニアの簡単な案内を終え、それなりの時間を費やしてフェドロック隊の騎士達が生活している宿舎へと到着する。生い茂る木々に囲まれた宿舎はさほど大きくはないが、フェドロック隊に属する騎士達が暮らすには十分だ。木々に太陽の光は遮られ、葉の隙間を抜けた陽だけが宿舎を照らしている。
中庭は大勢の人間が一気に剣を振り回す事は出来なそうだが、数人で手合わせするぐらいなら何とかなりそうな広さがあった。
「あ、そうそう。ユーリとフレンは同室だからね。荷物置いたら挨拶回りに行くから」
「はあ!?フレンと同室!?嫌だって!」
「ちょ、何?同期のくせにもう仲悪いの?」
「僕だってごめんです!こんな大雑把な奴と同室なんて……!」
「それはこっちの台詞だ!こんな一から十まで小煩い奴と一緒に居たら取れる疲れも取れなくなるっての!」
「適当すぎる君の面倒を見る僕の身にもなってくれ!」
「ほっとけ!」
「大体、ユーリはいつもいつも……」
ヒスカとシャスティルも驚きを隠せずに目を丸くする。先程まで大人しかった筈のユーリとフレンが、突然互いに拒絶反応を見せ始めたのだ。此処に来るまで別段仲が悪かった様な傾向も見えなかった筈が『部屋が同室』と言う言葉を聞いてからいきなり豹変したのである。
いつまでも言い争いが止まらない二人にいい加減痺れを切らし、いよいよナイレンが怒鳴り声を上げようとした刹那、親しげに彼の名前を呼ぶ少女の声がナイレンの怒声を遮った。
「だーーっ!ユーリ、フレンうるせえぞ──」
「ナイレン!」
声を掛けた少女は宿舎から出て来たと思うとユーリとフレンの横を通り過ぎ、ナイレンの元に駆け寄る。ふわり、と目の端を過ぎった少女の流れる様な髪の動きにフレンは目を奪われた。何故なら、その少女は──
「リナ嬢じゃねえか。まさかお前さんの方が先に到着してるとはなあ」
「そうだよ、ナイレン達の方が先に帝都を出た筈なのにってびっくりしちゃった。ヒスカとシャスティルもお疲れ様だね」
「もー、ほんとそれ!どっかの後輩二人が初日から先輩を待たせたりする!?普通!」
ナイレン達と和やかなに会話を交える少女の事を知らないユーリとフレンは話に入れないまま二人でぽつんと除け者状態だ。いくら普段は威厳があまり無さそうに見えるナイレンとは言え、あの騎士団の隊長に対し親しそうに話し掛けるこの少女は一体、誰なのか──フレンが帝都を出る前に見掛けた、騎士団長の執務室にいた窓辺の少女と言うのは、この彼女であった。左目を覆う眼帯に、世間一般からしたら珍しい様に思える髪の色はまだ記憶に新しい。
「この二人が新しくフェドロック隊に配属されたって言う新人騎士さん?……って、もしかしてユーリ・ローウェル君とフレン・シーフォ君!?」
「んぁ?何でオレ達の事を知ってんだ」
「おじさまから話だけ聞いてたの。金髪のフレン君は今期の入団試験で歴代でも類を見ないぐらいの成績を残した騎士団きっての期待の優等生。長髪のユーリ君は剣の実力はピカイチだったけど、それ以外に難アリ──特に素行が目に余る歴代でも類を見ない問題児、って」
少女はそれぞれを指差しながら事前に仕入れていたらしい二人の情報を口にする。正反対の評価を受けているユーリとフレンの内情を聞き、ナイレン達は声を上げて笑っていた。
賞賛の言葉を投げられたフレンはどこか誇らしげだが、一方のユーリは賞賛どころか突然の問題児扱いだ。優等生ではない自覚があったとは言えど、彼にとっては何も面白くない。眉間に皺を刻んで非常に不満そうだ。
「あ、自己紹介が遅れました。私はリナリア。リナリア・エルザースです。よろしく、二人とも」
「……リナリア……」
「な?言ったろ。すぐに会う事になるって」
「ん?何の話?」
「いんや、こっちの話だ」
帝都でナイレンが言った通り、フレンが見たと言う少女はリナリアで間違いはなかった。しかし、あの時に見た少女の雰囲気と、ここで改めて間近で捉えた少女の雰囲気は、あまりにも違う様に思える。少なくとも、フレンが初めてリナリアを見た時に抱いた印象と、実際のリナリアの印象は全くもって重ならない。
「リナ嬢、俺ぁガリスタんとこに顔出しに行って来るが」
「あ、私も行く。ガリスタに用があるのは私もだから。じゃあ、また後でね」
ユーリ達に手をひらりと振ったリナリアはナイレンと共にその場に背を向けて宿舎の中へと揃って入って行った。その場に取り残されたユーリ、フレン、ヒスカ、シャスティルの四人は何となく目を見合わせる。
「……リナリア、か。何者なんだよ、あれ」
「何者って何よ」
「隊長から嬢、なんて付けて呼ばれていたし……それに、『おじさま』って言うのは誰の事なんですか。僕達の事はその方に聞いたって言ってましたが」
「……ああ、それは多分……騎士団長の事だわ」
「……!?」
「は!?騎士団長って……あの!?」
「ええ、そうよ。……リナリアに関しては憶測の域を出ない話ばかりで分からない事の方が多いんだけど……その一説にリナリアは騎士団長の娘なんじゃないかって話もあるのよ」
「騎士団長の娘だぁ!?」
「……僕が騎士団長の執務室で彼女を見たのはそれが理由か……?」
「あくまで噂、の筈なんだけどね。騎士団の間──だけじゃなくて貴族の間でももう共通の認識になってるみたいよ」
此処には四人しか居ないのだから誰が聞いているわけでもないのだが、何故か自然と声のトーンを落としてヒスカとシャスティルが語る。あまり他人に言い触らすべきではない話ではないだろうか、とフレンは思うものの、騎士団にいればいずれ耳にする事になる話だと双子は言う。
「さっきリナリア、また後でって言ってたわよね。って事は今日はこっちかしら」
「じゃあ今日の夕飯はリナリアの手料理!?やった、楽しみになってきたわ」
自然とリナリア本人が居ない場での彼女の身の上話は途切れ、早くも夕飯に想いを馳せる双子が宿舎の中を指差しながらユーリとフレンを促した。後頭部で手を組んだユーリが二人の後をやれやれと言わんばかりに追い掛けていく中、フレンはナイレンとリナリアが消えた先をじっと眺めていた。
「リナリア、か……」
これが、ユーリとフレン、リナリアが初めて出会った時の出来事である。