宿屋の部屋を一度ノックしてから開けると、そこにはエステリーゼとフレンが向かい合う様にして座っていた。暖炉に火が灯る部屋はふんわりと暖かさに包まれている。カロルは早速暖炉の前に陣取り、火に手を翳して暖を取り始めた。そこにリタも加わり、二人して暖炉の前を占拠する。いくら雨宿りしていたとh言えどずっと雨の降っている中に放置されて二人とも流石に寒さの限界だった様だ。
「用事は済んだのか?そっちのヒミツのお話も?」
そう二人に問い掛けるとエステリーゼは微笑んで首を縦に振った。ちょうどいいタイミングだったらしい。
それを見たフレンがユーリの隣に並ぶリナリアを一瞥してからソファーを立ち上がると改めてユーリに向き直った。
「ここまでの事情は聞いた。賞金首になった理由もね……まずは礼を言っておく。彼女を守ってくれてありがとう」
「あ、わたしからもありがとうございました」
「なに、
魔核泥棒探すついでだよ」
「……素直じゃないんだから」
「うっせ」
二人してユーリに頭を下げる様子に煩わしいと言わんばかりにユーリは手をぷらぷら振る。元々ユーリには別の目的があったのだ。その目的の達成に通じる道が、エステリーゼの目的の為の道と偶然にも合致した、それだけの事である。リナリアにつっつかれてユーリは顔を思わず顰めた。
しかし、フレンを相手にしてそれだけで事が終わる筈もないのである。
「問題はそっちの方だな」
「ん?」
「どんな事情があれ、公務の妨害、脱獄、不法侵入を帝国の法は認めていない」
「ご、ごめんなさい。全部話してしまいました」
「仕方ねえなあ、やった事は本当だし」
「では、それ相応の処罰を受けてもらうが、いいね?」
「フレン!?」
「いくら下町の為とは言ってもユーリみたいな例外を出しちゃえば無法が許されちゃうもんね……」
「それは別に構わねえけど、ちょっと待ってくんない?」
「下町の
魔核を取り戻すのが先決、と言いたいのだろ?」
ユーリが語らずともフレンには彼が何を言いたいか、何をしたいかはすっかりお見通しの様だった。
流石、ユーリと長い付き合いのあるフレンである。
すると、突然部屋の扉が開かれ、小柄な体躯の少年と騎士の身なりをした女性が入って来た。ウィチルとソディアだ。
「フレン様、情報が……何故、リタがいるんですか!?あなた、帝国の協力要請を断ったそうじゃないですか!帝国直属の魔導士が、義務づけられている仕事を放棄していいんですか?」
街中での情報収集を終え、フレンの部下である二人は報告にやって来たらしい。
ウィチルは暖炉の前を陣取るリタを視界に入れるなり、早々声を荒げた。ウィチルはアスピオの研究所で研究を続けていた魔導士であり、リタも同様にアスピオで研究を続けていた魔導士だ。帝国の元で研究を続ける研究者には帝国からの要請があった際、それに手を貸さなければならない、と義務付けられていた。フレンが断られたと言っていた魔導士はリタの事だろう。
「誰?」
「……誰だっけ?」
「……ふん、いいですけどね。僕もあなたになんて全然、まったく!興味ありませんし」
「紹介する。僕……私の部下のソディアだ。こっちはアスピオの研究所で同行を頼んだウィチル。彼は私の……」
「こいつ……!賞金首のっ!」
突然現れた男女二人組にフレンとリナリア以外の面々が首を傾げる中、フレンは自身の部下でもある二人を改めて紹介しようとした。すると、ユーリの存在に気付いたソディアが鬼気迫る表情で声を張り上げ、腰に携えた剣の柄に手を添える。今にも斬り掛からんと言った勢いだ。それを見越したかの様にフレンが片手で制す。
「ソディア!待て……!彼は私の友人だ」
「なっ……賞金首ですよ!?」
「事情は今、確認した。確かに軽い罪は犯したが、手配書を出されたのは濡れ衣だ。後日、帝都に連れ帰り私が申し開きをする。その上で、受けるべき罰は受けてもらう」
「──し……失礼しました。ウィチル、報告を」
渋々、と言った様子だが、従うべき隊長がそう言うなら、と剣に添えていた手を下ろし、本来の目的を果たすべく、ソディアはウィチルに話を投げた。
ウィチルも、これ以上ユーリ達に関わっても時間の無駄だと判断したのか、丸い眼鏡を押し上げて咳払いを一回してから情報収集の成果を口にし始めた。
「この連続した雨や暴風の原因は、やはり
魔導器のせいだと思います。季節柄、荒れやすい時期ですが船を出すたびに悪化するのは説明がつきません」
「ラゴウ執政官の屋敷内に、それらしき
魔導器が運び込まれたとの証言もあります」
「!」
ソディアとウィチルの報告を聞いてリナリアは息を呑んだ。膨れ上がっていた嫌な予感が的中してしまった、と──強く拳を握り締めた。
いかなる理由があれど、権力と天候すらも自在に操る様な強い力で市民に圧政を敷く事が許されるはずもない。
「天候を制御できるような魔導器の話なんて聞いたことないわ。そんなもの発掘もされてないし……いえ、下町の
水道魔導器に遺跡の盗掘……まさか……」
「執政官様が
魔導器使って、天候を自由にしてるってわけか」
「……ええ、あくまで可能性ですが。その悪天候を理由に港を封鎖し、出航する船があれば法令違反で攻撃を受けたとか」
「それじゃ、トリム港に渡れねえな……」
「執政官の悪いうわさはそれだけではない。リブガロ、という魔物を野に放って税金を払えない住人達と戦わせて遊んでいるんだ。リブガロを捕まえてくれば、税金を免除すると言ってね」
「そんな、ひどい……」
執政官と言う立場を利用して一体どれだけの悪事を重ねて来ているのか。並べ立てられたラゴウの所業の数々は決して何一つ許されるべきものではない。
とんでもない悪党が、この街の裏に潜んでいた。
「……さっきあたし達が街の入り口で会った夫婦のケガって、そう言うからくりなんだ。やりたい放題ね」
「……夫婦?」
「ああ、オレ達がこの街に来た直後にな。怪我負ってた夫婦がこの街の役人に詰られてたんだよ」
「そう言えば、子供が……」
「子供がどうかしたのかい?」
「何でもねえよ。……色々ありすぎて疲れたし、オレらこのまま宿屋で休ませてもらうわ」
カロルとフレンの会話に割って入り、半ば強引に話を切り上げたユーリは、首の骨を軽く鳴らしながら仲間を引き連れて部屋を出て行った。
部屋に残されたリナリア、フレン、ソディア、ウィチルの四人。ユーリ達が部屋を出払うのを横目に、他の面々が居る前では出来る報告ではなかったのか、ソディアがフレンに改めて話を切り出す。
「それと……例の『探し物』の件ですが……」
「……何か手掛かりがあったの!?」
「ラゴウ執政官の屋敷に、それらしき人物が入って行くのを見掛けた、と言う情報が……とは言え、あくまでそれらしき、なので真実かどうかは分かりませんが」
「──そうか。……この一件、思っていたよりも複雑かも知れないな」
「とんだ藪をつついちゃったね。幸か不幸か、って感じだけど」
「まさかユーリが関わって来るなんて思ってもなかったよ」
「姫様の件も含めてね。……厄介事に首突っ込んじゃうの、騎士団に居た頃から本当に変わらないんだから」
左右で色の違う双眸を細め、過去を思い返しては懐かしい思い出に何処か優しい表情を浮かべているリナリアの横顔をフレンはじっと見つめていたが、やがて吹っ切る様に他の三人をぐるりと見回した。
「……さて、僕達も行こう」
*
フレン達が宿屋を出ると、再びユーリ達と偶然にも鉢合わせる事になった。先程、宿屋で休ませてもらう、とユーリは言っていたのに、だ。しかも、彼らがやって来た方角はラゴウの屋敷がある方向だ。フレン達の事が待てずに、自分達で直談判に行ったが入り口の時点でリナリアとユーリが対面した門番二人に追い返された、と言ったところだろう。
「相変わらず、じっとしてるのは苦手みたいだな」
「人をガキみたいに言うな」
「ユーリ、無茶はもう……」
「オレは生まれてこのかた、無茶なんてしたことないぜ。今も
魔核泥棒追ってるだけだ」
「ユーリ……」
「お前こそ、無理はほどほどにな」
「──ウィチル、
魔導器研究所の強制調査権限が使えないか確認を取っておいてくれ」
フレンに命じられたウィチルは大きく頷くと、その場を離れてそのまま駆け出して行った。
──これ以上はお互いに何を言っても無駄。長年の付き合いがあるユーリとフレンだ。お互いの言う事なんて碌に聞きやしない事は互いが良く知っている。ユーリは小さく肩を竦めると挨拶代わりに手を軽く振ってからフレン達に背中を向けた。彼らがこれからしようとしている事は、フレンにも何となく想像が付く。
「全く、帝都を出て少しは変わったかと思えば……これでは無茶の規模が膨れ上がっただけだ」
「フレン?」
「ユーリは守るべき物のためならとても真っ直ぐなんですよ。その為に自分が傷つく事を厭わない。それが羨ましくもあり、その為の無茶が不安でもあるんですがね……」
「ね、エステル!もう行こう、ユーリに置いて行かれるよ!」
「ええ、わたしたちもこれで」
「あ、エステリーゼ様!」
「はい?」
「……その、どうですか?外を、自由に歩くと言うのは?」
「──全部を良かったと言うのは、難しい事ですけど……わたしにもなすべき事があるのだとわかり、それがうれしくて、楽しいです」
「そうですか。それは良かった……」
安堵に表情を緩めたフレンは、仲間と共に街を出て行ったエステリーゼの背中を見送った。先程の言葉に嘘偽りは無いのだろう。彼女は、城の中ではまるで見た事のない、とてもいきいきとしていた様だった。元々、嘘を平気で吐ける様な人間でもないのだが。
「……うそつき」
「えっ?な、何がだい?」
「フレンもでしょ。守るものの為なら自分が傷付くのも厭わない、って」
「そ、そうかな……自分では自覚があまりないんだけれど」
「それが羨ましくもあり、その為の無茶が不安でもある……そっくりそのまま返すから」
「う……僕は無茶なんてした事は……」
「ユーリもさっきそう言ってたね?」
「ぐ……」
「……」
「リナリア!ち、近いから離れてくれ!」
結局、フレンもユーリと同じなのだ。自分の信ずる正義の為なら、守りたいものの為なら幾らでも自分と言う代償を支払う。その事を憂う人間が傍に居る事実を、当の本人達は言われるまで気付きもしない。
リナリアの言葉を聞いて見事に喉を詰まらせているににじり寄ると、フレンは両手を胸元辺りに掲げ僅かに後退る。そんなフレンの顔はほんの少しばかり赤らんでいた。そんな一進一退の攻防にリナリアは諦めた様に息を小さく吐いて──視線を足元に落とした。
──私が何を言ったって、結局変わらないんだろうな。
「……リナリア?」
「フレン様!たった今研究所の方から調査執行書が……あ、取り込み中でしたか」
「ああ、いや、何でもない。ありがとうウィチル」
「ごめんねソディア。変なとこ見せちゃって」
「いえ……お気になさらず」
どことなく、フレンとリナリアの間には微妙な空気が漂う事になったが、
魔導器研究所の調査執行書を手にしたのであれば、強制的に
魔導器の不正利用等の調査の為に乗り込む事の出来る権利を持てる。
執行書を手に、フレンは顔を上げて険しい顔でラゴウの住まう屋敷を見上げた。
──必ず、ラゴウの悪事を白日の下に晒し、帝国が定めた法で裁いてみせる。
そんな決意を、その眼差しに宿して。