フレン一行は調査書を手にラゴウの屋敷前に訪れていた。その前に立ち塞がるのはやはり門番代わりをしているガラの悪い男二人だ。

「なんだ貴様らは!」
「帝国騎士団、フレン・シーフォだ。魔導器ブラスティア研究所より発行された調査執行書の内容に従い、魔導器ブラスティアの強制調査権限を履行させて貰う」
魔導器ブラスティアだあ?そんなもんは知らねえよ!第一、屋敷には執政官様の許可を得た奴しか入れねえんだ。帰んな」
やはり、だ。そう簡単に事が進むとはフレンも思ってはいない。自らの悪事をあっさりと白状してくれる悪党であれば、こんな厄介事に発展などしていないのだから。あくまでリナリア、ウィチルとソディアは自らの背後に控えさせた儘、フレンは剣の柄へ手を伸ばした。
「──いくら執政官の付き人と言えど、二人のそれは我々騎士団の公務の妨害に当たる。今ここで邪魔をすると言うのなら、貴方がたを捕らえる事も余儀なくされるが──それでも構わないと?」
「おもしれぇ、そっちの方が話が早いぜ」
「ひよっこの騎士なんぞに負けたら紅の絆傭兵団ブラッド・アライアンスの名折れだ」
紅の絆傭兵団ブラッド・アライアンス……?帝国の問題にギルドが関与しているの……!?」
本来、帝国とギルドは相容れぬ存在、互いに犬猿の仲である組織だ。帝国の法から外れ、各々の信条を掲げて生きるギルドの人間は帝国からしてみればならず者の集団でしかない。しかし、この昨今ではギルドの存在があるからこそ成り立つ生活もある。帝国側がギルドを雇う事だって稀にあるのだ。それゆえに形として成してはいないが目に見えない不可侵条約が帝国とギルドの間にはあった。
だが、今。それが侵され、どんな理由があるかは分からないが仮にも帝国の権力者とギルドの人間が手を組み、悪事を働いているのだ。

剣を抜かず、鞘に手を置いた侭互いに睨み合う膠着状態の中、屋敷の正門が重い音を立てて突如として開く。そこから現れたのはカプワ・ノールにて港を占拠し、住民を甚振り、権力の限りを尽くして悪事に手を染め──ている疑惑のある、執政官のラゴウだった。
「なんです、先程から騒々しい!」
「ラゴウ──執政官……」
フレン達の前に立ち塞がっていた二人組が左右に退き、ラゴウの通る道を空ける。その様子にラゴウは偉そうに鼻をふん、と鳴らして一歩前に進み出る。
ラゴウの姿を視界に捉えたリナリアは、小さく息を呑むと微かに震える両手を重ね合わせて胸の前で強く握り、半ば反射的にフレンの大きな背中に身を隠す様にして逃げ込んだ。彼女の一連の行動を横目に見ていたフレンは怪訝な表情で疑問符を浮かべるも、それを追求はせず、再びラゴウへと向き直る。
フレン達を一瞥し、明らかに此方を小馬鹿にする様な、憎たらしい嘲笑を向けた。
「貴方は騎士団内でも異例の若さで小隊長の座に就いたと噂のフレン・シーフォ殿。こんな小さな街で任務とは、ご苦労な事ですよ」
「ラゴウ執政官。此方の書状をご覧頂けますか」
「──はて……」
「最近、不正な魔導器ブラスティアが此方の執政官邸に運び込まれたとの情報を耳に入れました。帝国直属の魔導器ブラスティア研究所より取り寄せた調査執行書に基き、魔導器ブラスティアの強制調査の権限により、執政官邸を調べさせて頂きたく──」
「お断りしますよ」
「な……!」
ラゴウに渡した執行書はその手で平然とぐしゃぐしゃに丸められ、フレンによる勧告はあっさりと一蹴されてしまった。
"まるで自分はそんな悪い事に一切手を貸していません"──そんな体を装ったラゴウは蓄えた顎鬚を丁寧に撫でながら双眸をにやりと細め、呆気に取られているフレンへ更に畳み掛けるように言葉を続ける。
「いやはや、思慮の浅い新米と言えど仮にも騎士を信じ込ませてしまう住民達の噂と言ったら……困ったものですよ」
「な……住民達の証言が嘘だとでも言いたいのか!」
「私はそんな魔導器ブラスティアを持ち込んだ記憶は一切ありませんからねえ……」
確かに、住民達の証言ばかりで明確な証拠が無いのは事実。それをラゴウも理解した上であくまで白を切り続けるつもりなのだろう。辛抱堪らなくなったリナリアはフレンの背後から身を現すと声を張り上げた。
「それなら……船を出す度に荒れる天候、って言うのはどう説明をする気なの!」
「今は天候が荒れやすい時期です。偶然に偶然が重なって──おや、よく見れば貴方は……リナリア嬢ではありませんか。売女の分際で私に意見をするとは、偉くなったものですね」
「────ッ……!」
頭の天辺から足の爪先までじっとりと見つめられ、リナリアは身を竦める。ラゴウが先程まで面持ちに描いていた嘲笑とは打って変わり、まるで家畜でも見る様な見下した眼差しがリナリアを襲う。そんなラゴウの口から飛び出したのは、ほとんど蔑みの言葉だ。
それを聞き、激昂したのは言われた張本人──ではなく、結果的に彼女を背中に庇う状態になっていたフレンの方だった。眉間に皺を刻み、険しい表情を描き声を上げる。
「──執政官、それは彼女に対する大きな侮辱です!今すぐ撤回を……」
「フレン、いいの。私なら大丈夫、だから」
「大丈夫とかそう言う問題じゃ……!」
「もう、よろしいですかな?私は貴方がたと違って暇ではないのですよ」
「待ってくださいよ!貴方は魔導器ブラスティア強制調査の対象で……!」
「私は暇ではない、と言いましたね」
ウィチルの言葉にも一切耳を貸さず、履行されるべき権利にも従わず、一介の騎士であるフレン達が強く出られないのを良い事にこのまま難を逃れようとしていた。
何も言えなくなってしまったフレン達を前に、それで終わらせる気は無いのか、ラゴウは左右に立っていた門番二人に目配せする。その意図を察した男達はリナリアの元へ歩み寄ると抜いた剣先を突然彼女の細い首元に突き付けた。
「執政官、何を……!?」
「このまま彼女の身を渡せば、くだらない住民の噂に踊らされ、私の貴重な時間を割いた事に関しては不問にしてさしあげましょう」
「な……!そんな事が認められるはずが…!」
「貴方を騎士団から追い出す、なんて事も、私には簡単な事なのですよ?」
「隊長……!」
「──私が、ラゴウに付いて行けばいいんでしょ?簡単な話よ」
「……リナリア!?」
「大丈夫、心配しないで。私はフレンの事、信じてるから」
そう言ったリナリアの瞳に、一切迷いはなかった。正直なところ、不安と僅かな恐怖が胸中を渦巻いている。ラゴウに対する過去のトラウマが一瞬、フラッシュバックし、脂汗が背中を伝う。
──だけど、今は昔とは違う。誰の助けも得られなかった、助けを請えなかった昔と違って、今はフレンが居る。フレンなら、きっと。
リナリアの言葉を聞いた男達は首元から剣を下ろす。そのまま彼女の薄い背中を強くラゴウの元へと押し遣った。
「執政官!待ってください!」
「ああ、そうそう。もし魔導器ブラスティアが本当にあると思うなら、正面から乗り込んでみたまえ。私は逃げも隠れもしませんよ」
フレンの必死の叫びは微塵も届かず、反省の色も一切見せず、最後の最後に挑発の言葉すら吐き捨て、ラゴウはリナリアを連れて屋敷の中へと姿を消した。くしゃくしゃに丸められた調査執行書は投げ捨てられ、雨に濡れてふやけてしまい、滲んでしまった文字の羅列はほとんど読めなくなっている。

「ふ、フレン様……」
「……一度宿に戻ろう。仕切り直しだ」
フレンは俯き、自分の髪の毛先を伝って地面に落ちていく雨の雫を、ただじっと見つめながら、そう言った。

ノール港に降り続く雨は、まだ止みそうにない。