檻から逃げ出し、ラゴウ邸の探索を再開したユーリ達。
ラゴウと邂逅する前から結構長い事歩き回っているユーリ達であったが、未だに
魔導器が運び込まれた形跡は見付かりそうに無い。天候を操るほどのものともなれば、
魔導器の規模も相当なものだろうが、やはりそうそう見付かる様な場所には置いていないのだろう。
「なかなか見付からないね、
魔導器」
「ま、あの狸の爺さんの事だからな。そう簡単に見付かるとも思っちゃいねえけど」
「そもそも扉の部屋の鍵を魔物が持ってるって時点でこっから出す気なんてないわよね。あたしらは戦えるから良いけど」
リタが両手を挙げながら呆れた様に語る傍らで、リナリアは今自分が手を繋いでいるポリーを見下ろす。ポリーを見付けるのがもう少し遅れていたらどうなっていたか──考えただけでぞっとする。
次の部屋もまた魔物が待ち構えているのだろうと一つ息を吐き出して、ユーリがノブを捻ると、開けた部屋で視界にまず映ったのは魔物の姿ではなく、海賊帽子と丈の余る海賊コートを身に纏った──どこかで見覚えのある──金髪の三つ編み少女が、天井から縄で吊るされているの姿だった。
唖然としている彼らを余所に、少女は自分が吊り下げられている事など気にも留めていないと言った様子で左右にぷらぷらと揺れながら、マイペースに口を開く。
「いーい眺めなのじゃ……」
「誰……?」
「そこで何してんだ?」
「見ての通り、高みの見物なのじゃ」
「ふーん、オレはてっきり捕まってるのかと思ったよ」
「あの、捕まってるんだと思うんですけど……」
「そんな事ないぞ」
まるで事も無さげに会話を交わしているユーリと少女を呆れた様にリナリアは見つめる。エステリーゼの尤もなツッコミを跳ね返した少女は目の前に居るユーリとリナリアの顔を見てふとその大きく丸い瞳を更に丸めた。
「おまえ達、知ってるのじゃ。えーと、名前は……ジャックとクイーン」
「誰なんです?」
「適当な事ばっかり言って……私はリナリアでこっちはユーリ!貴方の名前は?」
「パティなのじゃ」
「パティか。さっき、屋敷の前で会ったよな」
「おお、そうなのじゃ!うちの手のぬくもりを忘れられなくて、追いかけて来たんじゃな」
パティと名乗った特徴的な口調の少女は、ユーリとリナリアがカプワ・ノールの街を見て回っていた時にラゴウの屋敷前で出会った少女であった。煙幕に紛れ、替え玉の人形まで用意して屋敷の中に忍び込んだパティであったが、どうやらあの後、結局見張りに捕まってしまい、この有様らしい。
とは言え、こうして捕縛されているにも関わらず特に焦る様子もなく、飄々とした態度で本気なのか冗談なのか分からない言葉を紡ぐパティに、溜息を吐きながらユーリは天井から吊り下がっている縄を剣で斬り捨て、そのまま重力に従い落下するパティを片腕で抱き止めた。すると、パティ以外にも一緒に何かぶらさがっていたらしく、ユーリが受け止め損ねたそれは地面に落下して派手な音を立てる。よく見るとどうやらそれは、二対の剣のようだった。
「……あ、私の剣!」
「それか?縛り上げられた時に一緒に括り付けられたのじゃ。うちは剣を使えんから、逃げおおせた時にはいくらで売れるかどうか考えとったところでの。持ち主が見付かってよかったのじゃ!」
「大した額じゃ売れないと思うよ……こんな使い古した剣……」
ユーリの腕から下ろされたパティにエステリーゼがすぐに駆け寄って怪我が無いかどうかを確認する。見張りの男達の血気盛んな様子から無傷と言うのは考え難かったが、どうやらそこまで大きな外傷はなさそうだ。
「ね、こんなところで何してたの?」
「お宝を探してたのじゃ」
「宝?こんなところに?」
カロルははて、と首を傾げた。確かに外観は立派な屋敷であったし、宝と呼ばれる類のものが一つや二つあってもおかしくはなさそうだが、こんな薄暗くて魔物だらけの場所に少女一人でやって来るとは命知らずも良いところである。現に、侵入者に捕まっていたパティは、ユーリ達が来るのがもう少し遅ければ魔物の餌にされていたかも知れないのだから。それを想像して、カロルは小さく身体を震わせた。
「ま。あの道楽腹黒ジジィのことだし、そういうのがめてても不思議じゃないけど……」
「パティは何してる人?」
「冒険家なのじゃ!」
「と、ともかく……女の子ひとりでこんなところをウロウロするのは危ないです」
「そうだね。ボクたちと一緒に行こう」
一体どこまで進めばこの地下から脱出出来るのかは分からないが、エステリーゼとカロルがパティの身を案じて声を掛けるも、一方のパティはと言うと腰に手を当てて首を左右に振っていた。
「うちはまだ宝も何も見つけていないのじゃ」
「人のこと言えた義理じゃねえがお前、やってることは冒険家って言うより泥棒だぞ」
「冒険家と言うのは、常に探求心を持ち、未知に分け入る精神を持つ者のことなのじゃ。だから、泥棒に見えても、これは泥棒ではないのじゃ」
「ふーん……何でもいいけど。ま、まだ宝探しするってんなら止めないけどな」
「どうする?」
思わぬ足止めを食ったが、ユーリ達にはまだやるべき事が残されている。いつまでも此処で道草を食っている場合ではないのだ。年齢が近そうだからだろうか、やたらとパティを気に掛けている様に見えるカロルの背中をユーリが押して、一行は先に進もうとした。
「たぶん、このお屋敷にはもうお宝はないのじゃ」
「一緒に来るってさ」
「それじゃ、行くか」
*
「──そしたらエステルの奴、いきなりツボをオレに振り上げて来たんだぜ」
「も、もうユーリ!それは不可抗力です!」
カプワ・ノールの街の天候を操っている疑惑のある
魔導器を探す道中、ユーリはリナリアにエステリーゼとの出会いを語って聞かせていた。
元々、ずっと下町で生活していたユーリが下町の外へ旅に出るきっかけになったのは、下町の水源代わりとなっていた
水道魔導器から
魔核が紛失したからである。
魔導器は、核となる
魔核がなければ動かない。
暴走した
水道魔導器から街中に溢れ出した水のお陰で街中はめちゃくちゃにはなったが、皮肉にも暫くはその水が水源代わりとなってくれる。しかし、
水道魔導器が動かなければいずれ彼らの生活から水が枯渇してしまう。それを防ぐべく、ユーリは
水道魔導器の
魔核を取り返す旅に出たのだった。
本来、こう言った大きな騒動には騎士団が対処に当たるべきなのだが、下町の
水道魔導器が壊れたぐらいでは動いてくれないらしい。と、言うよりも下町の騒動に対して真摯に動いてくれるような騎士は今の腐敗しきった騎士団には存在しないのだ。自分の地位向上や名誉に関与する事がない下町の人間を、善意だけで助けようと思う殊勝な騎士は居ない。そんな中で"あの"フレンだったら飛んで来てくれるのだが、今回は騎士の巡礼でちょうど帝都から離れていた──悪い運ばかりが見事に重なったのである。
そうしてユーリは
魔核探しの道中で騎士団に捕まって投獄されたり、脱獄した先で騎士に追われていたエステリーゼを成り行きで助けた事がきっかけで共に行動する事になったり、ハルルの街で枯れた木を直そうとしていたカロルと出会ったり、
魔核泥棒の犯人だと思われていたモルディオが、実はただその名を騙られていただけで、実際は天才魔導士少女リタがそのモルディオ張本人であったり、と──ここに辿り着くまでに色々な事があった。勿論、未だに
魔核泥棒には辿り着いていないからこそ、ユーリは今も尚ここに居る。
そんな一連のドタバタ劇を聞かされていたリナリアは耐えていた笑いをいよいよ噴き出すと、後ろを歩いているリタやカロルを一瞥してから口を開いた。
「でもユーリ、随分慕われてるじゃない」
「慕われてるだぁ?良いように使ってるだけだろ」
「素直じゃないんだから。ねえ、ひめ……エステリーゼ様もそう思うでしょう?」
「……」
「……エステリーゼ様?」
エステリーゼに同意を求めたリナリアであったが、どうにも反応が無い。無視をしたと言うよりかは何か考え事をしていて話を聞いていなかった、と言ったような感じであったが、気付かぬうちに無礼を働いたか、とエステリーゼの顔を覗き込んだ刹那。顔をばっと上げたエステリーゼはリナリアにずいっと詰め寄り、声を張り上げた。
「リナリア!」
「は、はいっ!?」
「わたしのこと、エステル、って呼んでみませんか?」
「──え。……ええっ!?」
「もちろん、お城の中では強要しません。ですから、今だけ……エステル、って呼んでほしいんです」
「で、でも……。……いや、分かりました。エステリーゼ様がそう仰るなら、エステルって呼ぶことにしますね」
「敬語もだめですよ!」
「ええっ!?そ、それは流石に無礼がすぎますってば!」
「わたしが良いって言ってるんだから良いんです!」
高貴な立場の人間であるリナリアと、一介の使用人と言う立場であるリナリアの間には、あまりにも大きな壁がある。無礼な態度を取れば、場合によっては最悪打ち首、なんて事だっておおいになり得る。エステリーゼがそんな事を命ずる人間では無いのを勿論リナリアは知っているが、リナリアは城に来た時から使用人としての立場のあり方を身体に刷り込まれている。それをこの歳になって一時とは言え、そう簡単に崩せるものではない──のだが。
隣にいたユーリが明らかに面白がっている様子で口元に孤を描きながらリナリアの細い肩にぽん、と手を置いた。
「諦めろリナリア。エステルは言い出したら聞かないぜ」
「……ああ〜!もう……わ、わかったってば、エステルぅ……」
「はい♪」
「これフレンにばれたら絶対怒られる……」
「バレなきゃいーんだよ、バレなきゃ」
「うう」
途端に鼻歌まで歌い出しそうな、見るからにご機嫌な様子で再び歩き始めたエステリーゼ──もとい、エステルを余所に、リナリアは盛大に溜息を吐き出すのだった。
しかし、そんな和やかな空気は唐突に一変する。ユーリが次に部屋を開けると、問答無用と言わんばかりにガタイの良い男が一人と小柄な男三人が一斉に襲い掛かってきた。
「侵入者ァアアアァィ!」
「っと、奴さんのお出ましだな」
「いよいよ形振り構ってられなくなったのかもね」
ユーリが鞘を投げ捨て、早速剣を構えると先手必勝とばかりに飛ぶ衝撃波──蒼破刃を敵に向かって一度放つ。ノール港の路地裏での戦いやラゴウの時もそうであったように、大抵の敵や魔物なら大概はこの技で吹っ飛ぶのだが──大柄の男は大剣を振り下ろし、飛んで来た衝撃波を難無くいなす。それを見たユーリは肩に剣を担いでひゅう、と軽く口笛を飛ばした。
「意外とやるじゃねえか」
「ユーリはでかい方よろしくね。私とカロルで小さい方やるから」
「オレ一人かよ」
「リタもいるから大丈夫よ。ね、リタ!」
「詠唱中はちゃんとフォローしてよね」
「よし、エステルはオレ達の援護、ラピードはパティ達の面倒頼むぜ」
「ワン!」
「はい、任せてください!」
「んじゃ、飛ばしていきますか!」
武器を構えたユーリ達は、その声を合図に一斉に敵へと駆け出した。
*
ユーリは大柄の男──ギルガに勢い良く斬り掛かり、数回に渡って乱撃を繰り出す。しかし、それらは全てギルガの大剣によって防がれてしまいギルガ自身には届かず、逆にギルガの豪腕によって弾き返されてしまった。剣を弾かれ、体勢を崩したユーリの隙を狙ってギルガは勢い良く回し蹴りを繰り出して来たものの、素早く背後へ飛び退ったユーリは間一髪それを避け切る。
「図体でけぇ割りには随分動けるじゃねえか、っと!」
そう言いながらユーリは再び蒼破刃を放つと、その衝撃波と共にギルガへ駆け出す。何度来ようと同じ事、蒼破刃をまたしてもいなしたギルガは向かって来るユーリが剣を振り上げたタイミングで大剣を構え直し、斬り掛かって来たユーリを正面から迎え撃つ。
剣と剣がぶつかり合い、擦れ合う金属同士の間で火花が散る中、剣で押す事に夢中になっているギルガの隙だらけの腹部を見逃すユーリではなかった。両手で握り締めた剣の柄から利き腕である左腕を離すと、そのまま力を込めて握り締めた拳を盛大にギルガの腹へ一度叩き込んだ。
「ぐぉっ……!」
「喰らえ!」
重い拳が一発入った事で体勢を崩したギルガに追い討ちを掛けるようにユーリは二度三度──通称『三散華』と呼称される技で拳を続けざまに突き入れ、もろにその技を食らったギルガは呻き声と共にその場に膝を付く。
「ユーリ、退いて!」
「後は頼むぜ!」
「あたしを誰だと思ってんの?──あどけなき水の戯れ──シャンパーニュ!」
ギルガがダウンしたのを見たリタがすぐさま自らの武器である帯を開き、詠唱を始めた。
詠唱と共に光粒子となったエアルがリタに集い始めると、リタはその場で開いた帯を手に回転して舞い踊り、蒼き光の軌道を紡いでいく。リタの動きとシンクロして、彼女自身を包むように球状に描かれた魔法陣が完成した時、ギルガの足元から溢れ始めた水球が音を立てて勢い良く弾け出し、当然その衝撃をまともに食らったギルガにはひとたまりもなく、地面へ倒れ込んだ。
「うし、いっちょあがりっと」
「こっち二人もいらなかったんじゃないの?」
「人数配分的には妥当だろ。さて、あっちも終わってる頃かね……」
*
「刃に宿れ、更なる力よ……シャープネス!」
「閃交!──裂蹴撃!」
リナリアは三人いる小柄な男達のうちの一人に一歩早く踏み出すと、逆手に握った二本の剣で斜め交差に斬り付ける。エステルの唱えたシャープネスの補助魔術で活力が漲り、普段よりも攻撃を加える力が上がった状態のリナリアの技を食らえば、攻撃を食らった男──スサもただではすまなかった。斬り付けられてよろめくスサへ、更に一歩踏み込んだリナリアは踏み込んだ足を軸に気の込められた重い回し蹴りを容赦なく顔面へと繰り出し、見事に命中させる。
そのまま地面に沈み行くスサを見下ろし、ふうと一息吐いたリナリアは剣の返り血を軽く払いながら、補助に徹してくれていたエステルに対して、慣れない敬称と共に礼を述べた。
「よし、……っと。エステリーゼ様、ありがとうござ……あ、ありがとうエステル。お陰ですぐ倒せた!」
「いえ、サポートなら任せてくださ……リナリア!後ろ!」
「えっ?」
一人倒して気が緩んだリナリアの背後に、まだ残っていた二人のスサが同時に襲い掛かって来る。スサもまた、厄介な敵から排除しようと言う魂胆なのだろう──エステル自身はリナリアを助ける事が間に合う距離に位置取ってはおらず、リナリア自身もまた防御が間に合わない距離にまでスサの凶刃は迫っていた。
一撃を覚悟し、目を固く閉ざした──刹那。
「裂旋スマッシュ!」
身の丈に合わない大きな木製ハンマーを持ったカロルが引き摺っていた武器を遠心力を利用して自分を中心に横回転に振り回し、スサ二人を纏めて薙ぐ。背後から思わぬ攻撃を食らったスサ達は裂旋スマッシュを食らって横に吹っ飛んでいく。
「ありがとカロル、助かったよ」
「こ、これぐらい当然だよ!それよりリナリア、まだ終わってないよ」
「うん、分かってる」
そう言ったリナリアはスサと距離が開いた事で剣を持つ腕を交差させて正面に構えて集中力を高める。それと同時にリナリアの足元には蒼い光の魔法陣が描かれ始めた。
すると、彼女の脇を素早い何かが通り過ぎていく──ポリーとパティを任されていたはずのラピードだ。
カロルの攻撃で未だ動けないスサ達のうち一人に駆け出して行ったラピードは口に咥えた小刀で一度スサを斬り付けた後勢い良く飛び上がり、勢いを利用して一回転すると、ラピード自身の鋭く長い尻尾で更なる斬撃をスサに浴びせた。弧空旋牙と言う技である。
弧空旋牙を受けたスサはいよいよピクリとも動かなくなり、気を失ったのが遠目に見ても分かる。それを確認したラピードは、残った一人は任せたと言わんばかりに鼻を鳴らして、パティ達のところへと戻って行った。どうやら、手助けに来てくれたらしい。ただの犬とは到底思えない活躍っぷりと、何だかんだで美味しいところを持っていってしまうラピードにリナリアは苦笑した。
ラピードの援護を受けたリナリアは集中力もそのままに詠唱を続け、敵の足元に氷塊を発生させる氷属性の初級魔術を唱えた。
「非情なる氷精の慈悲──アイシクル!」
*
「ユーリ、リタ!怪我はありませんか?」
「そりゃこっちの台詞だぜ。まあリナリアとラピードがいるから何もなかったとは思うが」
「何言ってんのユーリ!ボクがいなきゃ危なかったんだから!」
「そうそう、カロルが助けてくれなかったら怪我は確実だったと思う」
「おいおい勘弁してくれ。エステルとリナリアに何かあったらフレンにどやされるのはオレだぜ?」
互いに分かれての戦闘が終わったユーリ達は改めて合流すると、無事を確認しあう。
完全に伸びてしまっているギルガとスサを放置したまま、ユーリはふう、と息を吐いた。
「にしてもパティ。こんな危険な連中のいる屋敷をよく一人でウロウロしてたな」
「危険を冒してでも、手に入れる価値のあるお宝なのじゃ」
「へえー……それってどんな宝?」
「アイフリードの隠したお宝なのじゃ!」
アイフリード。
その単語を聞いた瞬間、問い掛けたカロルの顔が一瞬にして強張り、空気も凍った。
「ア、アイフリードッ……!」
「アイフリードってあの、大海賊の?」
「有名人なのか?」
「し、知らないの?海を荒らし回った大悪党だよ」
「アイフリード……
海精の
牙と言う名の海賊ギルドを率いた首領。移民船を襲い、数百人という民間人を殺害した海賊として騎士団に追われている。その消息は不明だが、既に死んでいるのではと言われている──です」
「ブラックホープ号事件って呼ばれてるんだけど、もうひどかったんだって」
「……ま、そう言われとるの」
エステルとカロルがユーリにアイフリードの説明をしている裏で、パティ自身はひどくぶすくれた表情を浮かべていた。声にも不満げな感情が露骨に滲み出ている。
まるで、アイフリードを侮辱されて拗ねている子供の様な──歳相応と言えば歳相応の顔だ。
それを見たエステルが不思議そうに首を傾げた。
「……?どうしました……?」
「なんでもないのじゃ」
「でもあんた、そんなもん手に入れてどうすんのよ」
「どうする……?決まってるのじゃ、大海賊の宝を手にして、冒険家として名を上げるのじゃ」
ユーリは、パティの意志の強い瞳とその言葉を聞き、先程まで縄で吊るされていたパティの姿を思い出した。
アイフリードの隠した宝──そもそも、本当に存在するのかも分からないような曖昧な宝、それでも少女は追い掛け続けるのだと言う。パティ自身が背負う肩書きの元に。
「危ない目に遭っても、か?」
「それが冒険家という生き方なのじゃ」
「ふっ……面白いじゃねぇか」
「面白いか?どうじゃ、うちと一緒にやらんか。リナリアも一緒でも良いぞ」
「性には合いそうだけど、遠慮しとくわ。そんなに暇じゃないんでな。つかなんでそこでリナリアが出て来るんだよ」
「なんで、って夫婦なんじゃろ?出会った時にそう言われとったのじゃ」
「ええっ!?」
確かに、ラゴウの屋敷の前で傭兵達にパティの両親だと見間違えられたりはしたが、そんなものは事実無根も良いところだ。そもそも、一緒に行動していればユーリとリナリアがそう言った関係を全くと言って良いほど匂わせていない事など分かりそうなものだと言うのに、純真無垢なエステルとカロルは真に受けてあからさまに驚いている。溜息を吐きながらユーリは肩を竦めた。
「なんでそこでエステルとカロルが驚くんだよ……そんな事あるわけないだろ。なあリナリア」
「……」
「……リナリア?」
「まったく、ユーリは冷たいのじゃ。サメの肌より冷たいのじゃ」
「サメの肌……?」
「でも、そこが素敵なのじゃ」
「素敵か……?」
「もしかしてパティってユーリのこと……」
「ひとめぼれなのじゃ」
「やめといた方がいいと思うけど……まあ、なんでもいいわ。さっさと行きましょ」
パティのユーリに対する慕情の気持ちが明らかになったところで、先に進もうとする他の面々をよそに、ユーリはちょっと前からリナリアの様子がおかしい事に気付いていた。
パティの夫婦発言にも一切反応を示さず、ユーリ自身の呼び掛けにも答えない。どこかぼんやりと、遠くを見ている様な眼差しはユーリやエステル達を映してはおらず、先に進み始めた仲間達の足取りに付いて行こうともしない。
見兼ねたユーリがリナリアの細い肩を軽く掴み、半ば強引に後方へと引っ張り寄せた。完全に気の抜けていたリナリアは思い切りバランスを崩して、そのままユーリの胸に後頭部を打ち付ける。その衝撃で漸く我に返ったのか、驚いた様子で両目を丸くした。
「ゆ、ユーリ?どうしたの?」
「……ずっとぼーっとしてやがるから、どっか怪我でもしてんのかと思ってな」
「ぼーっと……ご、ごめん。全然意識してなかった。でも怪我とかは本当にしてないから大丈夫!そもそも、怪我してたら自分で治せるしね」
「……本当に大丈夫か?」
「大丈夫だってば!ユーリは心配しすぎよ」
そう言って、ユーリの腕の中のリナリアはにっこりと笑ってみせた。彼女の笑顔は昔と変わらないいつも通りのそれで、確かに嘘は無いように見える。だが──それでも、何故だかユーリの中には何故だか一抹の不安が残り続ける。拭い去る事の出来ない、本当に些細な違和感が。
「なら……良いけどな。そろそろ行こうぜ。置いていかれる」
「……うん、そうね」
リナリアの肩から手を離したユーリは、その小さな背中をぽんと一度叩いてから先を歩き出す。漆黒に溶かしたような、艶のある長い髪が揺れる様子を背後から眺めながら、リナリアは左手で、赤に輝く左の瞳を軽く覆った。右目とは違う色をした──違う色に染まってしまった、自分の左目。生まれ付きの瞳の色から、禍々しい赤へと変化してしまった、左目。
──『ブラックホープ号事件って呼ばれてるんだけど、もうひどかったんだって』
彼女にとって、思い出したくない記憶を呼び起こす悲惨な事件の名前が、それを紡ぐカロルの声と共に再び脳裏で反芻すると、リナリアは眉間に皺を刻んだまま、瞳を閉じた。