──この世界『テルカ・リュミレース』
大地と海が何処まで続くのか、知る人はいない。
なぜなら、世界に蠢く魔物たちに比べ人はあまりにも弱い。
我々の住む街を守る結界、我々は己を守るためにその中で生き永らえている。

それを成す、核となる魔導器ブラスティア
世界に満ちた根源たる力『エアル』を使い、魔導器ブラスティア は火、水、光、繁栄に必要なありとあらゆるものを今日まで我々に与え続けてきた。

やがて、いつの日か。
結界の向こうに、凶暴な魔物が生息する事も我々は忘れてしまうのだろう。

繁栄と成長を続ける世界。
すべての人々のための平和、魔導器ブラスティアの恩恵により、更なる発展を遂げていくだろう。

平和の礎である帝都ザーフィアスより願う。
世界が穏やかであるように──





「フレン、魔物の掃討終わったよ。でも何匹か街の外に逃げて行っちゃったから──」
対になった二本の刀から返り血を振り払い、それを腰の鞘に収めながら一人の少女が金髪の騎士へと歩み寄った。一息吐く少女の背後の方では数人の騎士達が倒した魔物の後処理だったり、街の中の見回りをしていたりと忙しなく動き回っている。
紫苑の少女──リナリアは、魔物の襲撃に加えて、木々や緑に囲まれた穏やかな街並みの景観にそぐわぬ存在である騎士達が街中を徘徊している所為か、どことなく重く苦しく感じるハルルの街の空気を噛み締めつつ、金髪の騎士を見上げた。二人の目の前には自分達の何倍もの大きさのある大樹が聳え立っている。

ハルルの街の空気の重さも相俟ってか、リナリアの目線の先にいる騎士──フレンの表情も未だ固く強張ったままだ。大樹を見据える目付きも、非常に険しい。
ハルルの街を象徴するように立派に、厳かに聳え立つハルルの樹。魔導器ブラスティアと融合し、有機的な特性を身に付けて進化を遂げたこの大樹が結界魔導器シルトブラスティアとなってハルルの街で暮らす人達の安全をずっと守って来たのだ。ハルルの住民達も木を慕い、慈しみ、寄り添うようにして生活を共にしている。
しかし、現在。そのハルルの樹は──枯れかかっていた。
元々、ハルルの樹は満開の時期が近付くと結界の力が弱くなる特性がある。そのタイミングで魔物に襲われて以降、ハルルの樹は徐々に枯れ始めたのだ。


「……フレン?」
「……あ、ああ……リナリアか。ごめん、ちょっと考え事してて。魔物の掃討、ご苦労様。治癒術士ヒーラーとして着いて来てもらってるのに、戦わせてすまない」
「いいのいいの、戦える人が戦うのは当然でしょ?」
「助かるよ」
「……何度かハルルには来たことあるけど、樹が枯れてるのなんて初めて見た。やっぱり魔物に襲われたのが原因で……?」
「いや、どうだろう。もっと大型の魔物ならともかく、この辺りに生息してる魔物だけでこんな大樹をどうこう出来るとは思えない……」
フレンはハルルの樹の幹に手を触れさせながら、自らの思案を言葉にした。この樹は、長年に渡ってハルルの街を平和を脅かす存在から守って来た誇り高い樹だ。多少の魔物の攻撃程度では今更びくともしない筈だろう。その程度で樹が枯れたりするのならば、ハルルの樹は今この場に聳え立つことはなく、この街から人は消え、とっくに寂れているはずだ。
「──それって、何か別に理由があるかも、ってこと?」
「……僕はそう考えてる。何にせよ、専門外の僕達じゃどうにも出来ない。結界を直せる魔導士を探しに行こう」

決意を眼差しに宿したフレンはハルルの樹に背を向け、方々に散っていた騎士団員達を招集し始める。

──本当ならば、ハルルの街には騎士の巡礼で立ち寄っただけの筈だった。魔物に襲われたのは単なる偶然で、このなったのも成り行きだ。本来の目的からは大きく逸れた行動だ。
しかし、自分の目的が後回しになったとしてもフレンは、目の前にいる困った人達の事を見過ごす事は出来ないのだ。騎士として当然のことをしているまで、ときっと本人は言うだろうが、騎士だなんて立場がなくともフレンは今と同じように行動するだろう。この男は、そう言う男なのである。

団員にきびきびと指示を出しているフレンの背中は、本来のそれよりも大きく見える。彼自身の青臭さと若さを残しながらひたすら真っ直ぐに、頼もしく成長しているのだ。まるで、このハルルの樹のように。
リナリアは、枯れ始めているハルルの樹を背に、左右で色彩の異なる両目を細めて、その背中をずっと見つめていた。