アスピオを出た四人はハルルに戻る前に少しばかり寄り道──更に東へ向かい、遺跡荒らしが出たと騒ぎの原因にもなっているシャイコス遺跡へと足を運んでいた。
ウィチルの言った通り、既に採掘も調査も終わっているらしいこの遺跡に人や魔物の気配は一切無く、非常に閑散としている。しかし、辺りに転がった岩やひび割れた建物、崩れた瓦礫の山には蔦や苔が覆い、遺跡のどこかで水が湧き出ているのか鼓膜を微かにせせらぎの音が揺らす。頬を撫でる風はどこか冷たいが、とても澄み渡っていた。
人の手が加わり、研究者の興味の対象から外れ、寂れても尚、遺跡は神秘的なまま存在を保ち続けている。
リナリアは色々な場所を訪れた事はあれど、こうして遺跡に立ち寄ったのは初めてのことだ。興味深そうに辺りを探索しながら遺跡荒らしの手掛かりを探すも、見当たらない。

「……何もなさそうだね」
「あるとすれば、やはり地下か」
「地下への入り口はあそこです。地面に擦れた跡があるでしょう。その重石を退かせば…」
「……っ、……ふう……この階段の先か。ソディアとウィチルは念の為ここで待機していてくれ。私とリナリアで少し様子を見て来る。何かあれば武器を取っても構わないが……絶対に深追いはするな」
「了解」
「あ、フレン隊長。でしたらこれを持っていってください」
そう言ってウィチルがフレンに差し出したのは、魔導器ブラスティアの動力源となる魔核コアが宝石の様に嵌め込まれた指輪だった。フレンは掌の上に乗せられたその指輪を眺めながら首を傾げた。
「これは?」
「ソーサラーリングと言って、エアルを照射し、他の魔導器ブラスティアにエアルを充填させる事が出来る道具です。魔核コアがあるのに動かない魔導器ブラスティアがあったらこれを使ってみてください。そこまで多くのエアルを照射出来るわけじゃありませんが、魔導器ブラスティアが一回二回動く分ぐらいなら充填させられます。他にも、魔物に撃って先制攻撃に使ってみたり、応用も出来ると思いますから」
「へえ、すごーい……。研究者はみんな持ってるものなの?」
「遺跡から発掘される魔導器ブラスティアはエアル不足で動かないものも多いですからね」
「ありがとうウィチル。では、遠慮なく借りていくよ」
「フレン隊長、お気を付けて」
「ああ、それでは行って来る」



地上の遺跡から地下へと降りて来たフレンとリナリア。地上とは違い、少し泥濘を帯びた地面に足元を取られぬ様に気を遣う。地上では微かにしか聞こえて来なかった水のせせらぎが此処でははっきりと鼓膜に届いていた。どうやら水は此処で湧き出ていたようだ。
どこからか光が差し込んでいるのか、想像していたよりも遺跡内は暗くない。それどころか、湧き出た水に差し込んだ光が反射して洞窟内を透き通った青で覆っていた。
「はー……すごい眺め」
「その辺り、足元滑るから気を付けて」
「へーきへーき、そんなにおっちょこちょいじゃな……ひゃっ!」
「うわっ!」
フレンの忠告の直後──当然の様に足を滑らせてその場にすっ転がるのがリナリアなのである。しかもその際、フレンの腕を思い切り掴んでしまったお陰で足元に細心の注意を払っていたはずのフレンまでバランスを崩しリナリアと共にべしゃっと地面に身体を打ち付けた。
「……ごめんフレン」
「……だから足元に気を付けろって言ったじゃないか!ソディアとウィチルが居なくて良かったよ…」
「あはは、ごめんって────あれ?……フレン、見てこれ」
「全くリナリアは……。……これ、足跡か?僕達が付けたものじゃない……上に、まだ新しいな」
「遺跡荒らしの足跡、かな。魔核泥棒が出てからはアスピオの研究者は殆ど遺跡に近寄ってないって話みたいだし……」
「……取り敢えずもう少し奥まで行ってみよう。魔物の気配もするし……今度こそ慎重にね」
「わ、わかってるってば!」
「立てるかい?」
先に立ち上がったフレンがリナリアへと手を差し出す。何でもないように、ただ自分の身を案じて差し出されたフレンの手にリナリアは一瞬言葉を詰まらせた。
──彼の手は篭手に覆われているから直接触れるわけでもないのに。フレンには何の下心もないのに。その手を取るだけなのに、何故だか、酷く緊張する。だが、厚意で差し出されたその手を取らないわけにもいかず、リナリアは小さく息を呑んでから差し出されたフレンの掌に自分の手を乗せ、彼に引っ張り上げられる力に任せてその身を起こした。
「あり、がとう。うん、大丈夫」
「怪我もない?」
「ないよ、大丈夫だってば」
「……このまま僕と手を繋いでいればもう転ぶ心配もないんじゃないか?」
「へっ!?」
「ふふ、……冗談だよ」
穏やかに笑ったフレンは、リナリアの身の安否を確認した後、どこか名残惜しさを感じさせる様にゆっくりと手を離した。そのまま流れる様にその手は剣の柄へと添えられる。行こう、とリナリアを促す言葉を掛けながらフレンは足跡を辿る様に遺跡の更に奥へと足を踏み出し始めた。

──先程のは、一体。何だったのだろうか。フレンが冗談を言う姿はなかなかに稀だからそれだけでもかなり衝撃的なのに、しかもその冗談の内容が、まるで──ずっと手を繋いでいたい、そんな意図を感じさせるそれで。
フレンと手を重ねてから、未だに熱を帯びたままの掌をぎゅっと握り締めたリナリアは、先を行くフレンに名前を呼ばれる前に、余計な思考を振り払う様に首を軽く振ってからその後を追い掛けた。