「円閃牙!」

左の手で剣を地に叩き付け、勢いで跳ね返って来た剣を右手で受け止めたユーリは、まるで曲芸の様に剣を回転させて敵を切り刻む。彼の剣技は型に嵌らず完全に我流ではあるが、まるで剣と意志疎通を図っているのではないのかと思わせるほどに、剣を自由自在に操る。その姿は、さながら剣を使って舞う剣舞の様だ。
時折、久し振りに見たあまりにも鮮やかなユーリの剣捌きに目を奪われそうになりながらリナリアも彼の邪魔にならない位置を取り、逆手に持った二本の剣で赤目を追い詰める──剣の競り合いになれば、男女の単純な力量差で簡単に押し遣られてしまうから何事も素早く、手数で敵を圧倒しろ。それは、リナリアに剣を教えてくれた男が語っていた事だ。その教えを、未だに守り実行しているからこそ、リナリアは今こうして戦えている。
「──これで、終いだ!」
最後の一人にユーリが剣を振り下ろしたところで、二人を囲んでいた赤目の集団は全て地に伏した。一瞬にして、先程まで戦場と化していたその場所に静寂が降りる。

ユーリは、剣を抜く際に投げ捨てた鞘を拾い、剣を収めてから一息吐き出すと、同じ様に剣を鞘に戻しているリナリアに向けて左手を掲げた。
「これでお片付け終了……っと。リナリア、ほい」
「はいユーリ、お疲れ様!」
掲げられた左手に対してリナリアも左手を掲げると、自分の掌で相手の掌を叩く。ぱん、と乾いた音が路地裏に響き、二人の戦闘は勝利と言う形で無事終了を向かえた。
「結局、この場はユーリだけで良かった気もする……」
「いや、お前が居てくれてだいぶ楽だったぜこっちは。にしても久し振りだなリナリア。フレンは一緒じゃねーのか?」
「フレンもこの街にいるけど今は別行動中で──あ、腕!怪我してるよ」
戦闘中に赤目の攻撃が掠ったのだろう、腕に滲む鮮血に気付いたリナリアはその箇所に手を掲げてファーストエイドを唱える。暖かな光が集約した患部の傷は見る見るうちに塞がっていった。
ユーリはその光景をどこか神妙な面持ちでまじまじと眺める。ユーリには、目の前で治癒術を施す彼女と──もう一人、ユーリと現在進行形で旅を続けている少女の姿がどこか、重なって見えていた。治癒術も魔導器ブラスティアがあって、魔術の理論さえ理解していれば誰にでも扱える魔術の一つだと言うのに、どうしてもユーリは、感じた違和感が拭い去れない──気付けば口を開いていた。
「……リナリア」
「うん?何?」
「リナリアって……皇族の血を引いてる、とかそう言うの……ねーよな?」
「へ?なんで?ないよ、そんなの。ないない」
「……だよな」
「いきなりどうしたの?」
「いや……、っ!」

そんな会話を余所に、ユーリははっと何かに勘付き、弾かれる様に背後を振り返ると共にリナリアを後方へ突き飛ばした。次の瞬間、ユーリとリナリアに落ちる複数の黒い影──赤目の増援だ。鞘に収めた儘の剣を頭上に掲げ、赤目の頭上からの攻撃を寸でのところで防ぐ。ギィン、と鈍い音と火花がユーリと赤目との間で散った。
「ユーリ!」
「そこ動くな!……ちっ、これで終わりじゃねえってか」
競り合いをしている間にもユーリに残りの赤目が襲い掛かってくる。振り切らなければ──と、ユーリが半ば強引に剣を押し上げようとした刹那、赤目の背後に衝撃波が飛んで来た。その衝撃波は見事にユーリと競り合っていた赤目に命中し、吹っ飛ばされて壁へ強かに身体を打ち付ける。

「大丈夫か、ユーリ?」

その衝撃波を飛ばし、ユーリの危機を救ったのはリナリアと宿屋で別れた騎士──フレンであった。ユーリの隣に並び、赤目に向けて剣を構える。
「フレン!おまっ……それオレのセリフだろ」
「まったく、探したぞ」
「それもオレの台詞だ!」
そんな言葉の応酬も程々に、襲い掛かってくる二人の赤目をユーリとフレンは目にも止まらぬ剣戟で圧倒する。型に嵌らない自由な太刀筋であるユーリに対して、フレンはガチガチに型に嵌った真っ直ぐな太刀筋である。しかし、流派は違えどもあまりに息がぴったり合った二人は、お互いが次どのように動くのか、手に取る様に分かっている様で──二人が同時に飛ばした二つの衝撃波をまともに食らった赤目は大きく吹っ飛び、積み上げられた木箱を勢い良く巻き込んで地面に沈んでいった。

「ふぅ……マジで焦ったぜ……」
「──さて……」
フレンの登場により、窮地を脱したユーリが一息吐き、漸くひと段落しようとした瞬間。緩んだ気の隙間を突いて、フレンが何故か剣を振り上げ、ユーリに襲い掛かっていた。寸でのところで攻撃を避けるが、フレンの攻撃が止む事はなかった。
「ちょ、おまえ、なにしやがる!」
「ふ、フレン!?」
「リナリア!?君もいたのか!だが今は止めないでくれ。……ユーリ、君が結界の外へ旅立ってくれたことは嬉しく思っている」
「なら、もっと喜べよ!剣なんか振り回さないで」
「これを見て、素直に喜ぶ気がうせた!」
そう言ったフレンが、振り回す剣の手を止め、勢い良く剣の切っ先を路地裏の壁へ突き付けた。剣先が向けられた先には、角が剥がれかかったユーリの手配書が貼られている。ユーリに掛けられた懸賞金は、しめて10000ガルドだ。
「あ、10000ガルドに上がった。やり」
「……私達が見た時は5000ガルドだったのに」
「騎士団を辞めたのは。犯罪者になるためではないだろう」
「色々事情があったんだよ」
「事情があったとしても罪は罪だ」
似た者同士と言えど、元来真反対の性格をした二人である。どれだけ言葉を交わそうと、ユーリとフレンの言い分は平行線であるし、非常に頑固でもあるフレンがこう言う時に折れる事は一切無い。大抵はユーリの方が先に根負けする。
「ったく……相変わらず、頭の固いやつだな……あっ」
昔も今も全く様子の変わらない幼馴染にもはや安心すら覚えていると、ユーリは間抜けの声を上げた。
「ユーリ、さっきそこで何か事件があったようですけど……」
「ちょうどいいとこに」
騒ぎを聞き付けてこの場に現れたのは、ユーリが現在共に旅をしている少女──エステリーゼだった。柔らかな桃色の髪に淑やかで物腰柔らかな雰囲気を漂わせ、気品溢れる少女はフレンを見付けるなり、その大きな目を丸く見開くとそのまま助走を付けて駆け寄り、フレンに抱き付いた。
「……フレン!」
「え……」
「よかった、フレン。無事だったんですね?ケガとかしてませんか?」
「……してませんから、その、エステリーゼ様……!」
「あ、ご、ごめんなさい。わたし嬉しくて、つい……」
抱き付いた矢先、フレンの身に何も起きていないかどうか確認するべくあちこちを無尽蔵に触るエステリーゼの下心のない行動に面食らったフレンは、思わず顔を赤らめた。そんな様子に気付いたエステリーゼは漸く我に返ってフレンから距離を取る。その時、ユーリの背後に立ち尽くした儘でいるリナリアの存在にも漸く気付いた。
「……リナリア!やっぱり貴方もフレンに同行していたのですね。お元気でしたか?」
「姫様……本当にユーリと一緒にいたんだ……」
ハルルの街で村長が言っていた事は確かに事実だったのだ。ユーリの懸賞金が上がったのはこれが原因なのではないか、とふとリナリアの脳裏を過ぎった。

「……長々とこんな場所にいるわけにもいかないな。リナリア、ユーリを頼んだよ。……エステリーゼ様は、こちらに」
またいつ赤目が襲って来るか分からない状況に守るべき対象のエステリーゼをこんな場所にいつまでも滞在させておくわけにはいかない。フレンは周囲に意識を散らしてから、リナリアにユーリを託し、エステリーゼの手を掴んで走り出した。
「え?あ、ちょっと……フレン……お話が……!?」
そうして走って行ってしまったエステリーゼとフレンを余所に、路地裏に取り残されたリナリアとユーリはお互いに目を合わせた。
「……行っちゃった」
「さて、と……オレは先にカロルとリタを拾って来るかな」
「カロルとリタ?」
「ここに着くまでに気付いたら増えてたお仲間さんだよ。リナリアはどうする?」
「……取り敢えずユーリに付いて行っても良い?」
「あいよ。じゃあ付いて来ると良いさ」

相変わらず、カプワ・ノールの雨は止まない。容赦なく身体に叩き付ける豪雨を一身に受けながら二人は宿屋へと赴いてみた。鈍色の空に覆われ、薄暗さに包まれた街、カプワ・ノールで宿屋に灯った明かりは確かな頼りとなったし、何処となく安心出来る場所でもある。そんな宿屋の屋根の下には、見覚えのない少年と少女が佇んでいた。二人の足元にはややサイズの大きめの犬──ユーリの相棒、ラピードが座り込んでいる。
「なんかエステルが引きずられていったけど……あれ?その人誰?」
「こいつはリナリア。オレが騎士団居た頃からの知り合いでな、フレンの付き添い人。リナリア、こいつらがさっき言ったお仲間さんだ」
「……思ってたより二人とも小さくて驚いてるんだけど……私はリナリア・エルザース。よろしくね」
「ボクはカロル・カペル!ギルド『魔狩マガりのツルギ』の一員さ」
「あたしはリタ・モルディオ。……リナリア……あんたがそうなんだ」
「……?」
「なんでもないわ、気にしないで」
少年の方をカロル、少女の方をリタと名乗った二人に対し、リナリアは微笑み掛けるとカロルは僅かながらに顔を赤らめた。可愛らしい反応である。
リタはと言えば、初めて会った時のウィチルと似た様な反応を返して来た。自分と言う存在を何処かで聞いた事があるのだろうか──と不思議には思うが、本人が語ろうとしない事を無闇に追求はしなかった。
「ふたりは宿屋の中か?」
「うん。さっきのがフレンなんだ」
「まあな」
「今、行っても色々立て込んでると思うわよ」
「長くなりそうだったし、リナリアと一緒に先に街を見て回ったら?」
「……そうだなあ」
「私はそれでも良いよ。多分、姫様とフレンで大事な話してると思うし……邪魔出来ないから」
「そんじゃ、軽く見て回って来るとしますかね」

こんな天気の悪い日じゃなければ、もっと心軽やかに観光も出来たのだろう──それもこれも、全て、この街に新たな執政官として現れたあのラゴウの所為だとするならば。リナリアは苦虫を噛み潰した様な苦々しい表情で、ユーリの後を追い掛けた。