カロルとリタに言われ、この雨の中ではあるが軽くカプワ・ノール内を見て回る事になったユーリとリナリア。そこまで広い街ではない事もあって全て見て回るのもそこまで苦ではなさそうである。
街中に出されている露店を覗き、必要そうな食材だったりアイテムだったりをいくつか購入し、道具袋へ詰め込む。買った店からはもっと買っていかないか、と催促されたがユーリもリナリアもお互い無駄遣いが出来るほど金銭面に余裕は無い。それを断るとショップの人間は可哀想なほどに肩を落として落胆していた。
──やはり、と言うべきか否か。ラゴウと言う執政官の支配下に置かれたこの街は全体的に覇気がない。先程の店も税金の支払いが厳しいからこそ、あんな風にせがんで来たのだろう。そう思うと、自然にリナリアの眉間には皺が寄った。
「……胸糞悪ィ街だな」
「悪いのは街じゃないけどね」
「噂の執政官様か」
「!知ってるの?」
「いや、詳しい事は分からねえけど。執政官様とそのお供がこの街で好き勝手遊んでるっつーのはカロルに聞いた」
「そっか……私達もそう言う話を聞いて今調査してるとこ」
「ここでの現状は今の今まで城まで届いてなかったっつー事か……まあ、そんなもんだ。で、執政官様のお屋敷っつーのはあれか?」
「ん……?あ、多分そう。見るからに他と比べても立派だし」
「ふーん……んじゃ、ちょいと様子でも見に行ってみますかね」
そう言ってユーリは海を跨いで掛かるアーチ橋の向こう側に見える立派な外観の屋敷に向かって歩を進め出した。
普段は皮肉屋で天邪鬼なくせに、決して揺らぐ事のない強い信念を持ち、自分が信ずる正義の為ならとても真っ直ぐなユーリ。しっかりと自分の足を地に付けて、光も標も案内もなく、例え先が見えない闇の道でも、彼は迷う事なく前を向いて歩んで行く。──そんな姿は、フレンを彷彿とさせた。
ちりっ、と。
微かに胸に走った焼ける様な痛みを無視して、リナリアはユーリの後を追い掛けた。フレンにユーリを頼まれている以上、好き勝手はさせられないのだ。
*
一方、その頃。ユーリ達が屋敷に赴こうとしている中、それとはまた違う人物がラゴウ邸に足を踏み入れようとしていた。
金髪の三つ編みを元気にひょこひょこと揺らし、その頭には遠目に見ても目立つ海賊帽。小柄な体躯をした少女には不釣合いな、サイズの余ったぶかぶかな海賊コート。双眼鏡を首に提げ、串おでんを咥えた少女は、屋敷の前に立つ如何にも柄の悪そうな男達二人を前に臆する事なく、屋敷へと入って行こうとした。しかし、それは当然叶うことはなく、呆気なくその足取りを男達にふさがれてしまうと、軽々首根っこを掴まれてしまった。
「あう」
「何入ろうとしてんだこのガキが」
ぶらん、と地面から足が離れ、男達の鋭い眼光を目の前にしても尚少女は恐怖するでもなく飄々とどこからか串おでんを取り出すと、それを男に突き付けた。
「まあまあ、これでも食って落ち着け」
「いらねぇよ。ガキが来るところじゃねぇんだ、ここは!」
子供相手に容赦なく怒声を浴びせた男は、あろうことか片手で持ち上げていた少女を軽々と放り投げた。
受身を取らなければそのまま地面に身体を打ち付けて怪我をしてしまう、その寸でのところでちょうどその場に現れたユーリが、放り出された少女の身体を受け止める。
「おっと、っと……!」
「お、女の子!?」
「むむ……!」
ユーリに抱き止められた少女は彼の面持ちを見て声を上げる。そんな中でいきなり投げられた少女を偶然にもキャッチする形となったユーリと、それを目撃する羽目になったリナリアは目が点だ。
怪我がない事を確認したユーリが、抱えた少女を下ろしながら眼前に控える大きな屋敷を背に立っている門番二人に目を向けた。
「子供一人に随分乱暴的な扱いだな」
「なんだ、お前らは。そのガキの両親か何かか?」
「オレ達がこんな大きな子供の親に見えるってか?嘘だろ。」
「じ、地味にショック……」
「オレと夫婦扱いされた事か?傷付くぜ」
「違うから!この子の親に見られたって言う事実が!」
ユーリの揶揄を真に受けたリナリアは素直に否定の言葉を投げ掛けながら先程地面に下ろされた少女を指差す。しかし、そこにはもう少女の姿はなく、再チャレンジと言わんばかりに門番二人へと突撃していた。その諦めの悪さ、しぶとさにユーリとリナリアはあんぐりしていたが、少女に対する男達の次の行動には、顔色を曇らせる。
無謀と言えど、年端もいかない子供の女の子に対して、平然と剣の切っ先を顔面に突き出したのである。
「あう」
「ちょっと……!」
「おいおい。丸腰の子供相手に武器向けんのか?」
「ガキにこれが大人のルールだってことを教えてやるだけだよ!」
「やめとけって……」
相手は自分達のテリトリーに足を踏み入れようと言うのなら、子供相手でも情けは無用と言った考えらしい。
とんだ執政官のお供である。暴力に訴えず子供を諭して教える、と言う考え方すら出来ないのか。ユーリとリナリアは呆れた様に、はたまた怒りを滲ませる様に息を吐き出した。
──しかし、次の瞬間。
「えいっ!」
少女の声と共に地面に打ち付けられたのは煙幕だった。もわもわと瞬く間に白い煙が辺り一体を包み込み、視界が一気に悪くなる。
「うわっ……!」
「な、何しやがる……!」
「うっぷ……や、やりやがった……!」
煙幕と言う奇襲に混乱する面々の隙を縫い、元凶の少女はそのまま屋敷の中に入り込もうとした。しかし、それを見逃すユーリとリナリアではない。少女のか細い両腕をお互いで片方ずつしっかりと掴み、煙幕で染みる瞳を軽く擦りながら行く手を阻んだ。
「おいおい、ここまでやっといて逃げる気か?」
「美少女の手を掴むのには、それなりの覚悟が必要なのじゃ」
「もう、どんな覚悟か教えてもらえる?」
「残念なのじゃ。今はその時ではない」
「なんだって……?」
「さらばじゃ!」
そう言うと更に辺りは白煙に包まれ、完全に何も見えなくなってしまう。その煙が晴れる頃には静寂が訪れており、先程まで賑やかに騒いでいた少女の姿もそこにはなかった。きっと屋敷の中に忍び込めたのだろう。
「てめぇ、待て……!」
「ちっ、なんだってんだあのガキ……!おい、お前もらさっさと消えるんだな」
元々は屋敷に入る事を目的としていた少女だ。それを男達も当然分かっているのか、少女の後を追い掛けて慌しく屋敷の中へと姿を消して行った。
「ったく……やってくれるぜ」
残されたユーリとリナリアの手には少女の姿を思わせる代わり身の人形がしっかりと掴まされていた。細かいディテールに職人のこだわりが感じられる。ユーリとリナリアは人形を手に顔を見合わせ、困った様に思わず笑みを漏らした。
「……なんだったんだろうね。執政官に直談判にでも行ったのかな」
「さあな。そんな様子にゃ見えなかったが」
「無事だと良いけど……」
「ま、もう会う事もねーだろ。……そろそろフレンとエステルの話も終わった頃じゃねーか?」
「そうだね、戻ろっか。……そう言えばさっきも思ったんだけど、エステルって何?」
「あいつ──エステリーゼって名前長いだろ。だから呼びやすく、エステル」
「ああ……そっか」
エステルと言う愛称で呼ぶユーリもカロルも、エステリーゼが一体どんな身分で、どんな立場にいる存在なのか知らないのだ。二人がもし彼女がやんごとなき立場にいる事を知っていればこんな風に『エステル』だなんて気安く呼んだりもしない筈である──いや、ユーリの場合はそれでもどうか分からないが。
一国の姫がこんな風に外を出歩いたり、前線で戦ったりするだなんて夢にも思わないだろう。二人ともいいとこ、貴族の娘程度の認識でいるはずだ。
そうなると、リナリア自身が普段呼んでいる様に「姫様」などと呼んでしまえば、あっと言う間に二人にエステリーゼの身分が知られてしまう。
もし、エステリーゼ自身が意図して自分の位を隠しているのだとすれば、それはあまり良くないだろう。
「なんか問題あったか?」
「いや、……エステリーゼ様の事をエステル、なんて呼ぶ人は周りにいなかったからビックリしちゃって」
「エステルもオレに最初そう呼ばれた時はビックリしてたな、確かに」
「……どうしてエステリーゼ様の事を連れ出したりなんてしたの?懸賞金が上がったのってきっとそのせいよ」
「別に連れ出そうと思って連れ出したわけじゃねえっつの。オレだって最初は脱獄だけのはずだったんだから。成り行きだ、成り行き」
「脱獄だけ、って言うのもどうかと思うけどね!?」
「エステルとたまたま鉢合って、フレンに伝えたい事があるって言うから一緒に出て来て、こうなってる」
つまり、ユーリがエステリーゼを誘拐したなどと言う話は全くの虚偽であり、この手配書は誤解から生まれたものだったのだ。その辺りは、今エステリーゼの口からフレンに伝えられている事だろう。後日、彼の手配書は撤回されるはずだ。
まさかユーリがわざわざ姫君を誘拐するだなんて事はしないだろうと思ってはいたが、本人の口から聞く事が出来て漸く安心したのか、ほっと胸を撫で下ろす。
「ま、色々やらかしたのは事実だからまた檻ン中に逆戻りは確定だな。……
水道魔導器の
魔核取り戻した後、だが」
「
水道魔導器?」
「下町の
水道魔導器。あれの
魔核盗まれてたんだよ、それ取り戻す為にオレは今ここにいんだ」
「
魔核泥棒……シャイコス遺跡で聞いたやつ……?」
「ああ、そいつは見っけたけど下町の
魔核盗ったのは別の奴だった。そいつがトリム港に来てるってんでそっち渡る為にノール港に来たら……ご覧のありさまだ」
自分やフレンが帝都を離れている間に随分な事態になっていたらしい。フレンが帝都に残っていればユーリがわざわざ下町から出て来て事態に臨む、なんて事はしなくて良かった筈なのに、つくづく運の悪い。
「私達が遺跡に行った時はそんな泥棒見付けられなかったのに」
「そいつは騎士も魔物もやり過ごして、つってたから大方どっかに隠れてたんだろ」
ユーリは
魔核を追うついでに気付けば自分達の足取りも自然に辿る様な形になっていたらしい。今まで自分達の身に起きた事を語らいながら、ユーリとリナリアはフレンとエステリーゼ──ひいてはカロルとリタの待つ宿屋へと向かった。
「あ、おかえりユーリ!……それからリナリア!」
「ただいま、カロル」
「ただいま。まだフレンとエステルは出て来ねえのか?」
「まあね、お互いそんな簡単な話してないんでしょ」
「でも流石にもう終わるんじゃない?中に入る?ボク、そろそろ寒くなってきちゃったよ」
「……だな、あいつらには悪いが、オレ達も中に入ろう」
止まずにずっと降り続ける雨の下で、濡れた身体をそのままにしておけばどんなに身体が丈夫な人間でも風邪の一つもひいてもおかしくはないだろう。
休息したいのも兼ねて、ユーリ達は宿屋の扉を開けて、暖房の利いた室内へと足を踏み入れた。