「…はぁ」


もこもこと泡が溢れる猫足のバスタブに体を沈めた女がため息をひとつ。
無駄に広い浴室ではため息もよく響いて、ため息に乗せたやるせなさを助長させる。
女は口元まで湯船に浸かると、ぶくぶくと湯の中に息を吐いた。


女は、名を名前といった。
兵士を除きほぼ男のみで構成されたこの国家で、存在を許されている女達にはそれぞれに役割がある。その大半は王族であるヴィンスモーク家に仕える女給であるが、名前は違った。
王家に仕えるという意味では女給に等しいが、名前に課せられたのは皇子達の夜伽の相手であった。


20を迎えた名前は、 21年前にジェルマ王国に四つ子の皇子が誕生してから間もなく、成長した皇子達に将来あてがう夜伽の相手として4人の女児がこの世に生を受けることを定められ、計画の上でジェルマの科学力を持って作られた。
彼女達に求められたのは、より女らしく性的魅力が強いただひたすらに従順な存在であること。
そのために血統因子を操作の上、名前を含む4人の女児が皇子達の産まれた翌年に誕生した。


しかし、これまで多くの兵士を作ってきたジェルマの科学力を持ってしても、兵士達とは似つかない条件の彼女達をプログラミングする事は実績に乏しく困難を極め、女児達の出来は決して満足のいく成果とは言えないものだった。
ジェルマの皇子達は国王ジャッジの科学力の集大成というべき存在であり、その代償として人間としての善に欠けている事は言うまでもないが、彼女達もまた様々な物を欠いていた。

1人は、従順さを極めすぎた故に、否定をしないだけでなく一言も言葉を発する事ができなかった。

1人は、女らしさを極めすぎた故に、ホルモンの分泌異常をきたし過剰に脂肪を蓄えた醜い容姿であった。

1人は、四つ子のお産に身体が耐えきれなかった母体と共にお産の途中で亡くなった。

そうしてもう1人が、名前であった。
名前も彼女達に漏れず本来デザインされていた完璧とは程遠い出来であったのは違いないが、幸か不幸か名前は血統因子の操作の影響をほぼ受けることがなく全てにおいて自然に限りなく近く「普通」の女児として産まれてきていた。


そうして産まれた三つ子の女児は、乳母がわりのヴィンスモーク家の侍女によって育てられていた。
無事に産まれた3人のうち、容姿の醜かった子は産まれてすぐに他国へ里子に出されることになった。
武力と科学力欲しさにジェルマ王国と外交がしたい国は腐るほどあり、ジェルマで産まれた赤子を引き取りたがる国はすぐに見つかった。

言葉を発する事のできない子は、発語が遅いのではないかとある程度まで成長を見守られたが、話すことが難しいと言う事がわかると、従順で扱いやすい性格であった故に、後に侍女として使うための教育を施される事となった。

そうして1人だけ残った名前は、皇子達の成長と共に年を重ね、彼らが年頃になる日のために育てられた。
とはいえ、良くも悪くも血統因子の操作の影響を受けずに産まれた名前は、元となった遺伝子の影響か容姿こそ愛らしく産まれてきていたものの、感情を持った普通の子供であったため、従順さを身に付けさせられるため、酷な扱いを強いられていた。


基本的には世話役として定められた侍女以外と接する事は禁止とされ、必要最低限を除いては与えられた自室以外への出入りすら許されず、他者との関わりと行動範囲を強く制限された生活。
幼少期こそある程度の身長や胸の成長を促すためバランスの取れた食事を与えてもらっていたが、成長期も落ち着くと細く華奢で見目麗しくより女性らしい容姿を保つため、わずかな食事に体型を整えるための窮屈な補正下着で体を締め上げられて過ごした。
余計な知識を得ないようにと新聞など外からの知識に触れる事は禁止され、娯楽として認められたのは国王から許しを得られている一部の書物の読書のみ。
1人で過ごすには余りある部屋の中で、食事の支給と本を届けにくる際に侍女と最低限の会話を交わすだけの窮屈で退屈な毎日。
名前にとっては1日がまるで永遠のように感じられていた。
けれど、部屋を出て行こうだなんて思う事はとうの昔に諦めていた。


幼い頃、世話役の侍女に名前はよく懐いていた。
ある程度の年齢になるでは、その侍女は毎日部屋を訪れては優しく読み書きなど最低限の学習を指導してくれていた。
屋敷の中すら自由に歩く事を許されない名前を気の毒に思ったその侍女は、いつもこっそりと紅茶とお菓子を用意し、図書室から本を持ってきてくれて、本来ジャッジの許可した書物以外の閲覧は禁止されていたが、その侍女は様々な異国の物語を名前に読ませてくれた。
その中で名前は特に気に入りの御伽噺があった。
赤子の時に魔女に攫われたプリンセスが、塔に閉じ込められているお話。
そのプリンセスがなんだか少し自分の事のようで、名前はその気に入りの御伽噺の本を自室に置いていた。


ある日、図書室からその書籍が消えている事に気付いた国王が、犯人探しを行った。
頻繁に図書室に出入りをしていたその侍女は真っ先に疑いをかけられ、書籍が名前の部屋から発見されると侍女はその場で殺された。
逆らったら殺される。
その事を幼いながらに身を持って理解した名前から、反抗心なんてものは消え失せた。


その侍女が亡くなってからも、翌日からはまた新しい世話係がやってきて、決められた時間に食事と、面白味のない書籍だけが淡々と部屋に届けられるだけのつまらない毎日が過ぎていた。
しかし、その生活もある日を境に変化した。


名前の身体の成長もほぼ止まったと思われた頃、それぞれ成長した皇子達がある日から日毎に代わる代わるに名前の部屋を訪れるようになった。
3人の皇子が日替わりに部屋を訪れると、1日だけ誰も部屋に来ない日があり、また部屋に来るの繰り返し。
時に皇子達が出払っている際にはしばらく部屋に来ない時もあるものの、初めて皇子が部屋に来てからというものの、淡々とそれが繰り返されていた。


4つ子の皇子のことは、名前も最低限教えられていた。
名前がなぜ産まれてきてこの城に住まわされているのかも、理解できる年頃になった頃に説明されていたし、まだ幼い頃に1度だけ大きな広間で一緒に食事をさせられたことがあった。
それに、退屈な日中に部屋の窓から外を見れば、皇子達が何やらしているのを度々目にしていた。
赤、青、緑、そして黄色の髪をした4人の皇子。
しかしある日を境に黄色の髪をした皇子だけ、その姿を見る事がなくなっていたのが気がかりだったが、名前にその理由を知る術はなかった。

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