「煉獄さん、一体うちの子に何をしてくれたんですか?」


にっこりとした笑顔とは反対に、背に負うものがドス黒い。小さな身体の割に恐ろしい空気を放つ。そんな胡蝶しのぶの重苦しい笑顔を、彼女に呼び出された煉獄杏寿郎は真正面から受け止めていた。

しのぶが違和感を覚えたのはここ一週間の出来事。

その相手は他でも無いなまえである。鬼殺隊ではなく身寄りがない事から蝶屋敷に引き取られた彼女だが、とても器量が良い。

カナヲやアオイよりも大人な彼女はしのぶを支える家族の一人でもあった。


「黙っていても逃しませんよ」


そんな彼女がどうにもおかしい。

珍しい失敗に、滅多に見ないぼんやりとした顔。本人に聞いても「いいえ、何でも」と緩く首を振るばかり。

湖のような穏やかさと、陽だまりのような優しさ、加えて花のような愛らしさを持つなまえだ。家族という贔屓目を無しにしてもなまえは何処に出しても恥ずかしくない女性ではあった。出す気はないが。

まさか鬼殺隊の隊士に心ない言葉でも掛けられたのだろうか、と診療書を辿って彼女の担当した患者を見てみれば、目に付いたのが煉獄杏寿郎という男の名前だった。


「なまえの様子がおかしくなったのは煉獄さんの処置を任せた後からです。一体これはどう言う事なのでしょうか」


にっこりと、あくまでにっこりと。

穏やかな顔で聞いてくるしのぶに、杏寿郎はむん!と笑顔を見せた。


「なまえの様子がおかしいのか!」

「そうなんです、何をしたんですか?」

「うむ!それは実に良いことだ!」

「ふふふ、何をどう聞いたら良い事だと思えるのでしょうか?」


まったく噛み合わない会話。だが杏寿郎の言葉を聞いた限り、なまえの様子がままならないのはやはりこの人のせいなのだろう。

さて何としてでも何をしたのか聞き出さなくては、必要ならばそれなりに考えもある。しのぶがさらに笑みを黒く深くした時、コンコンと小さなノック音。その後にガラリと診療室の戸が開いた。


「失礼致します。しのぶ様、先ほど言われました薬草をお持ちしました。分量をご指示頂ければ煎じておきますが」


薬草をハンカチに包み入ってきたのは今まさに話題になっていた本人だ。

杏寿郎は扉に背を向ける形でしのぶと向き合って座っていた。しかし、目立つ髪と羽織りだ。後ろ姿でも分かるその容姿に気付くと、なまえは自分の手の中にあった薬草をバサバサと音を立てて床に落としてしまった。

クルリと振り返った杏寿郎と目が合う。


「もっ、申し訳ございません…っ!」


すぐに拾います、と言ってその場に両膝を付いたなまえ。

見間違いではない。いま彼女の頬は杏寿郎を見た途端、朱色になっていた。「あらあらあら?」と嫌な予感がしのぶの頭を過ぎる。

なまえ、と彼女の名前を呼ぼうとしたがそれよりも早く杏寿郎が立ち上がると、焦り薬草を拾うなまえの前に片膝を付いた。


「手伝おう」

「っ、あ、あの、すみません、お話しの途中に…!」

「いや気にする必要はない!ちょうど君の話しをしていた!」


私の?となまえが顔を上げると間近にいた杏寿郎と目が合う。笑いかけられてしまいなまえは戸惑ったように視線を彷徨わせて、薬草へと落とした。

耳も赤に染めて忙しなく手元の薬草に集中しようとする彼女の様子に、杏寿郎はつい微笑んでしまう。


「その様子、先日俺が君に告げた言葉のせいだと思っても良いのだろうか」


びく、と身体を揺らすなまえ。床に落とした薬草に触れるその手に、杏寿郎はそっと自分の手を重ね柔く握った。


「えと、あの、その…っ」

「なまえ、もう一度言おう。俺は君を嫁に迎えたい」






その瞬間、しのぶの頭にはカッと雷が落ちたような衝撃が。なまえの頬は朱色を通り過ぎて炎のように赤く。杏寿郎は少したりとも目を逸らさずなまえを見つめている。


「れ、煉獄さま、私は、そのっ、」

「うん?」


優しく頷き自分の次の言葉を待ってくれる杏寿郎に、色々と感情が限界を迎えてしまう。勢いよくスクッと立ち上がると「しっ、失礼しました!」と言って、持ってきたばかりの薬草と共に出て行ってしまった。


「うむ!あんな顔をされては期待するばかりだ!!胡蝶、俺はここで失礼する!」


絶対なまえを追うつもりなのだろう。

まさか色々な段階を飛ばして求婚していただなんて誰が予想しただろうか。なまえが良しと思うなら、しのぶの立場としては背中を押してやるべきなのだろう。

だがしかし。


「そんな簡単に、はいどうぞ、と渡せる子では無いのよ」


敬語を忘れたしのぶは険しい顔で立ち上がるとすぐに二人の後を追いかけたのだった。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
カナエさんは「まあ!」と喜んでお祝いするタイプ
しのぶさんは渡さないタイプ(当社比)

2020.12.28



戻るTOP