この前行われた自然学習のスクールフォトが張り出されたらしい。

欲しい番号を注文用紙に書き学校に提出すると、後日写真が届くというシステムだ。これだけスマートフォンが普及されて、写真を注文しなくても生徒達それぞれが自分の可愛い写真なんて好きなだけ撮る事ができるご時世。それなのにスクールフォトという習慣がこの学校から無くならないのには理由がある。

一つは写真家の腕がいいから。アプリの加工機能なんて使わなくても、自然体でタレントの宣材写真にそのまま使えそうな透明感のある写真を撮ってもらえるからだ。生徒たち曰く「アプリより盛れる」との事。

そして、もう一つの理由は、


「ねえ!この前の写真見に行った!?」

「まだなんだけど今回どう、どんな感じ!?」

「撮れ高やばい、まじで冨岡先生の写真全部買う…」

「待って!私も不死川先生の写真欲しい!」

「バスで眠ってる煉獄先生の写真最高だった…」

「宇髄先生のは各種三枚確定だわ」

「お願い、神様…伊黒先生の写真一枚でいいからあって欲しい…ッ」


生徒達が合法的に先生方の写真を手にする事が出来る貴重なタイミングなのだ。ちなみに伊黒先生は撮られるのを嫌う為、一枚でも販売される事があればそれは最早奇跡のレベルだ。

そして教師達の中でも一番の人気を誇り、売上枚数も他と比べて倍以上と言われているのが、


「胡蝶先生の写真買ったか!?」

「今回もやべえ!あれで一枚百円って何なんだよ!買うわ!買うしかねえわ!」


胡蝶カナエ先生だ。彼女はともかくすごい。売り上げ枚数が男性陣と比べて桁外れだ。それだけ根強い彼女のファンがいるという事だろう。

あの写真が良かった、この写真がよかった、と廊下で話す男子生徒達。さて私はと言うと職員室に戻りたかったのだが、盛り上がる男子生徒達の横を通るのは少々気まずく、彼らの話しが終わるまで待っていようかと思ったけれど、熱量を増すばかりで終わる気配が全くない。

仕方がない。大回りして職員室に行こうかなと背を向けた。


「そういえばあの写真見たか?」

「59番だろ」

「それそれ、あれはマジで買った」

「俺も!あれはやばい!」


「ギャップが良かった」「あんな表情するんだなぁ…」「純真無垢ってああいう事だわ」と男子生徒達の声を聞きながらその場から立ち去る。

またカナエの売り上げが凄いことになるんだろうな。それにしても、ギャップだとか表情だとか、一体どんな写真を撮られたのか。カナエだから変な写真ではないと思うけれど。

何にしても、同僚であり、親しい友人でもあるカナエが褒められてるのは嬉しい。時間があったら私も見に行ってみようかな。

大回りをして階段を降り、職員室まであと少しの所で「なまえ!」と声をかけられた。


「カナ、…胡蝶先生、どうしました?」


私を呼び止めたのは先程話題になっていた胡蝶カナエ先生だった。


「ねえなまえ、今夜暇かしら?一緒にご飯に行きたいなあ、って」


「どうかしら?」と微笑んだカナエとはこの学校で勤務するようになってから親しくなり、休日に時間が合えば食事やショッピングにも出掛けたりする。同僚を超えてとても親しい関係になった友人の一人だ。そしてさっきの男子生徒達が夢中になっているのも、もちろん彼女の事だ。


「隣駅に出来たイタリアンが気になっててね」

「あ、えっと、ごめんなさい、今日は用事があって…」

「あらぁ、そうなの?」


ぷ、と少し頬を膨らませたカナエにもう一度「ごめんね」と謝る。「はあ、寂しいわ」と呟いたカナエだったが、すぐにいつもの笑顔を取り戻すと私の耳元にそっと顔を近付ける小さな声で囁いた。


「…ひょっとして、煉獄先生の先約があったかしら?」

「なっ、カナエ…!」

「やっぱり正解ね!」


「思った通りだったわあ」と両手を合わせ楽し気に笑った彼女に私は頬が熱くなってしまう。

私はこの学校でも三本の指に入るほど人気の煉獄杏寿郎先生とお付き合いをさせて貰っている。きっかけは彼から告白をされた事だったけれど。私と彼が恋人同士であることを知っているのは、カナエと、それから限られた先生方のみだ。当たり前だが生徒達はこの事は知らない。


「もう一緒に暮らしたらいいのに」

「そ、そういうのはお互いちゃんとしてからにしよう、って決めてて…!」

「あ、やっぱり駄目よ」

「え?」

「二人が一緒に暮らしたら私がなまえと過ごす時間が無くなっちゃうもの」


「しばらくは今のままでいてね」なんて可愛く言われてしまっては何も言葉が出てこなくなってしまう。「はあ、今度から煉獄先生より先に声を掛けるようにしなくちゃ」と言うカナエがどこまで本気なのか分からないが。


「今度一緒にご飯行こうね、カナエ」


そう言うと嬉しそうに微笑んだ彼女は、やっぱりどうしようもなく可愛らしさと美しさがあって。

今回の写真もカナエの売り上げが一番なんだろうな、と一人心の中で納得してしまった。



・・・



ピンポーン

鳴り響いたチャイムの音に顔を上げ、火を止めるとエプロンのまま玄関に向かった。


「はーいっ」


ガチャンと鍵を外し扉を開けるとそこには杏寿郎さんが立っていた。目が合い無意識のうちにパッと顔が明るくなる。


「杏寿郎さん、お疲れ様です」

「ああ君もお疲れ様!だがそう不用心に扉を開けるのは感心しないな!」


「俺じゃなかったらどうするんだ」と言って彼は玄関へと上がる。


「えっと、ごめんなさい…杏寿郎さんだと思ってしまってたので」

「出迎えてくれるのは嬉しいが、次からはもっと用心してくれ!君に何かあっては一大事だ!」


そう言って杏寿郎さんは微笑むと私の頭をぽんぽんと軽く撫で、改めて「ただいま」と口にした。同棲している訳ではないけれど、彼は仕事終わりに私の家に訪れると必ずそう言ってくれる。私はそれがたまらなく嬉しくて、いつもだらしなくにやけてしまう。

週に何度か彼は一人暮らしをしている私の家に泊まりに来る。決まった曜日はなく前もって連絡をくれるから準備がしやすい。私も彼の家に泊まりに行く事はあるが頻度的には彼がこちらに来ることの方が多い。


「いい匂いがするな!」

「はいっ、もうそろそろ出来上がるところですよ」


今日はきのこと鶏肉の甘辛炒めと、茄子と厚揚げの煮浸し、豆腐とワカメの味噌汁。それから白米も間も無く炊き上がる所だ。


「そんなにあるのか!」

「あ、杏寿郎さんお腹空いてるかと思って一応焼きうどんも用意したんですが…」

「凄い量だな!だが有難い!丁度腹が減ってきていた所だ!」


笑う彼のジャケットを受け取りハンガーにかける。ソファで待っていてください、と言っても「何か手伝おう!」と言ってキッチンに来てくれる杏寿郎さん。お茶とお箸をお願いすると喜んで用意してくれる

やる事がない時は私の後ろに立ち、邪魔にならないようにしながら手元や鍋を覗き込んできたり。決して家事を私任せにしない杏寿郎さんは優しいと思う。

そして食事を始めると必ず「うまい!」と言って感想を述べてくれる。この味付けが好きだとか、これはどうやって作ったんだ?とか。彼が興味を示してくれるし、更に食べっぷりも良いものだから作るのが楽しくてたまらない。


「食器は俺が洗っておくから君は風呂に入ってくるといい」


最後は必ず食べ終わった後の食器を片付けてくれる。彼なりの家事分担らしい。ただ洗うだけでなく、生ゴミまでキッチリ片してくれる手際の良さだ。


「いつもありがとうございます」

「俺の方こそ、いつも美味しい食事をありがとう」


こんな人が私の恋人で幸せだな、と実感する。彼とこうして恋人になれた事で私の一生分の運は使ってしまったんじゃないだろうか。

言葉に甘えて先にお風呂に入った後、髪をタオルドライしヘアオイルを付けてからドライヤーでキッチリと乾かしブローする。杏寿郎さんの分のタオルを手に取ると私はバスルームを出た。


「杏寿郎さん、お風呂空きましたよ」


そう言って声を掛けると彼はダイニングテーブルの上で何か書き物をしているようだった。私に気付くと書類をファイルにしまった。


「お仕事ですか?」

「ああ、いやそうじゃない。明日小芭内に、伊黒先生に渡したい資料があってな」

「そうでしたか」

「俺も風呂に入ってこよう」

「あ、これどうぞ」


タオルを差し出すと「ありがとう」と微笑んで受け取り、そのままバスルームへと入っていった杏寿郎さん。

上がってくるまで待っていようと思い私はソファに腰掛けた。するとそこには先ほどまで杏寿郎さんが使っていたペンとファイルが出ていて、側には彼のビジネスバッグがあった。

しまっておいてあげよう、とペンをケースにしまいファイルを持って立ち上がる。


「あ、」


その時ファイルの中から一枚プリントが落ちてしまった。ひらりと床に落ちたそれを手に取る。明日伊黒先生に渡すものだと言っていたし、無くしてしまわないようにファイルに入れようとした。


「あれ?」


ふと、落ちたプリントがスクールフォトの注文用紙である事に気付いた。

杏寿郎さんも写真買うんだ…何かいい写真があったのかな?と興味本位で注文番号を見た。


「え…」


見間違いかと思った。瞬きを繰り返しもう一度プリントを見るが、それは見間違いなんかじゃなく。

59番

と、そこにはハッキリと書かれていたのだ。胸がドキンと鈍い音を立てた気がした。



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2021.08.24



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