(※とてもくだらない下ネタ注意)


「しよう!」

「しません!」

「何故だ!」

「明日も仕事だからです!」

「君に無理はさせない!」

「嘘つきですね!そう言っておいて私はこの前死にかけたんです!」

「死にかけたとは大袈裟だな!」

「大袈裟ではなく事実です!大体、週の半ばなのに何でそんなに元気なんですか!」

「相手が君だからだ!好いた相手にならいつだって性欲が唆られる!」

「ごめんなさい!本日の私は自粛期間です!」

「知らんッ!!!」


知らんとは何だ、知らんとは。
リビングのテーブルを挟んだ攻防を開始して、もうどれだけ時間が経ったことか。議題は専ら今夜の営みについてだ。私の恋人は未だに諦める事なく。かく言う私も折れる事なく抵抗を続けている。

いい歳した大人が「する」「しない」と言い合いテーブルの周りをぐるぐる、ぐるぐると。杏寿郎さんがこちらに近付こうとしたら、私は対極へ逃げる。何故こんな風に逃げ回らなければならないのか、それは捕まったら最後だからだ。

腕を掴まれたら最後、間違いなく寝室のベッドへと引き摺り込まれる。それだけは避けたい。この屈強な身体で組み敷かれたら抵抗しても意味が無い。つい先日も同じ目にあった訳だけど、その時抵抗する私に向かって「君の抵抗はまた別の意味で唆られるな」などと言った挙句嬉しそうに笑ったのはこの人だ。


「今日の君はいつにも増して強情だな」

「杏寿郎さんこそ、諦めが悪いことで」


ジリジリとお互いの動きから目を逸らさない。


「絶対だめですからね。私、明日は朝早くから来客対応があるんです」

「なるほど、それは大変だな」

「労わってくれる言葉とは裏腹に目が怖いです、ギラギラです」

「当然だ。俺は君を抱きたい」


大体杏寿郎さんの性欲は果てが見えない。つまり終わりがない。私が許したら永遠に出来るんじゃないかというほど持久力も体力もある。そのせいで、夜の営みの最後はいつも私がほとんど失神するような形で終わりを迎えている。

…でも、まあ、なんと言うか、終わった後にほとんど気を飛ばしかけてる私の頭を撫でてくれたり、頬にキスをしてくれたり、腕枕をしてくれるのはすごく大好きなんだけど……違うダメよ、絆されない、今日は絶対しない。


「なまえ、君は一つ忘れているようだが」

「何ですか」

「こんなテーブル如き俺なら直ぐに乗り越えられる。君を捕らえるなど容易い事だ」


その通りだ。杏寿郎さんが本気を出したら私なんて相手にもならないだろう。彼はせめてもの情けとして追いかけっこの真似事をして私が了承するのを待っているに過ぎない。優しいのか残酷なのか非常に微妙なところだが。

しかし今日の私は杏寿郎さんに諦めてもらう為の切り札を用意してきた。


「そ、そんな事したら…」

「何だ?」

「き…き、嫌いって言いますからね!」

「むっ!」


私の言葉に杏寿郎さんが少し怯んだ。
嫌いだなんて、私だって冗談でも言いたくないし、口にするのも嫌だけど。でも杏寿郎さんには思いのほか深く刺さったようでグッと歯を噛み締めている。


「嫌いは…!堪えるぞ…!」

「あ、あの…」

「嫌いか…!」


本当に思いの外、深く刺さってしまったようで。
テーブルに付いた彼の二つの拳は強く握られている。まさか、そんなに刺さるとは思わず私の方があたふたしてしまう。


「えと、あの、決してするのが嫌な訳じゃなくて…!ただ明日は朝から仕事もありますし、週中ですし、その…えっと、そう!週末なら大丈夫です!」

「週末…?」

「はい、予定も無いですし…!」

「金土日、と良いのか」

「いや、なんでそんなにハイペースなんですか」


当たり前のように金土日と言い放った彼。性欲の権化だろうか。

日曜日は翌日が仕事だからダメです、と私が言えば「ならば日曜日は昼からにしよう」等と、とんでもない提案をされてしまう。三日連続は身体が…と思うが、ここで断ったら今夜は絶対に逃がしてくれなくなるだろう。


「…わ、分かりました」


三日連続は後々私が後悔しそうだが。
それでも彼が今日を我慢してくれるのなら私も何か譲歩しなければ、と思い了承の言葉を返すと杏寿郎さんはパッと明るく笑った。本当に嬉しそうに笑うものだからそれが三日連続の営みに対してだと言う事も忘れて胸がキュンとしてしまう。

杏寿郎さんの笑顔に弱いんだ私は、本当に。


「そ、その代わり今日はダメですからね?」

「分かった約束だ!この話しはもう終いにしよう!」


ホッとようやく身体の力を抜いて緊張を解いた。とりあえず今日は何事もなく寝られそうだ。杏寿郎さんもにこにこと微笑んでいる。これは本気で今週の金土日は覚悟しなければならない。


「ああそうだ、今日は君にお土産を買ってきたんだが見てくれたか?」

「え?お土産ですか?」


唐突な話題転換にキョトンとしてしまう。杏寿郎さんは相変わらずにこにこと微笑んだまま冷蔵庫を指差す。


「駅前の店のプリンだ。君のお気に入りだろう」

「あそこのお店のですか?」

「冷蔵庫にあるぞ」

「わあ、うれしい!私取ってきますから一緒に食べましょう!」


うきうきで冷蔵庫に向かう。こんな風に私の好物を買って帰って来てくれるなんて杏寿郎さんは優しい。有り余る性欲と体力に悩まされる事は多々あるけれど。結局そんな彼を好きだと思ってしまうのだから仕方ない。


「あれ?杏寿郎さん、どこにしまったんですか?ありませんよ?」


冷蔵庫を覗き込み奥まで見渡してみるが見つからない。ひょっとして野菜室だろうか?と首を傾げた時、冷蔵庫の扉に添えられていた私の腕が後ろからガシリと掴まれた。


「杏寿郎さん?どうしま、」


振り返り、言葉を失った。
掴まれた腕。見上げた先の杏寿郎さんの笑顔と、どこかギラついた大きな瞳。「こんな簡単に騙されるとは、愛いななまえは」と楽しそうに上がる口元は意地が悪い。

嘘…うそ、うそ、うそ!


「こっ、今夜はしませんよ!」


咄嗟にそう叫んだがもう遅い。捕まってしまった。何で気を抜いてしまったのか私は。プリンに釣られてなんて失態を…


「酷い!プリン、嘘だったんですね!」

「嘘も方便と言うだろう」

「さっき今日はしないって約束したじゃないですか!」

「約束と言うのは破る為にある!ははは!」

「教師がそれを言います!?」


やだやだやだやだ!
といくら抵抗した所で意味が無く。フローリングの上をズルズルと滑るように引き摺られていく。先にあるのは寝室だ。寝室の扉が地獄の門のように見えてきた。


「嫌いって言いますよ!もう!本当に杏寿郎さんのこと嫌いになりますからね!」

「いいな!新しい趣向か!君が望むなら今日はそういう方向性でしてみるか!」

「プレイの提案じゃありません!!」

「嫌だと言いながらも快楽に負けてメス堕ちする君は実に興味深い!」


言い方が大問題である。

今日のプランが最悪な方向性で決定してしまった所でガチャリと寝室の、もとい地獄の門が開く。サッと血の気が引いた私を見て杏寿郎さんは口元に意地の悪い笑みを浮かべた。
覚悟を決める時間も無く、余裕なんて欠片も無いまま。ぽいと投げ出されたベッドの上。


「さあなまえ、抵抗する君を俺に見せてくれ」


ギシと音を立てて跨ってくる彼を見て抵抗はおろか、早々に失神してしまいたくなった。


相談しましょ!?
そうしません!



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翌日本当にプリンを買って来たものの彼女が口を聞いてくれなくて、よもよもしてしまう。

Twitterに上げていたものを加筆修正し再掲載です。

2021.10.04



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