「むむむ…」


姿見の前で服をぺろりと上げて何分経った事か。

最近嫌な予感はしていた。後輩くんが買ってきてくれた出張土産やら、最近職場の近くに出来たケーキ屋さんやら、糖分多めのフラペチーノやら。いつも仕事を頑張ってるから、という言葉を免罪符にしてそれらを過度に摂取していたのだ。

その結果がこれである。つまり太った訳だ。お腹周りが前と比べてポヨンとしていて、鎖骨も以前より見栄えが悪くなった気がする。これはよろしくない。とってもよろしくない。

自分を甘やかし過ぎた。ともかく明日からはお菓子やケーキを控え、フラペチーノは飲まずミネラルウォーターにしよう。話しはそれからだ。


「はぁ…」


ポヨンとしてしまったお腹に手のひらをあてて指先で摘んでみる。食事の制限と同時に筋トレもするべきだろうかと考えた。食事制限だけでは元の食事に戻した時すぐにリバウンドしてしまう。筋トレをして代謝をあげて、太りにくい身体を作らなくては。


「よしっ、決めた!」

「考えはまとまったのか?」

「っ、ひゃぁぁ!?」


突然返ってきた言葉に悲鳴をあげて振り返ると同時に捲っていた服を勢いよく元に戻す。

姿見にはギリギリ映らない場所に立ち、壁に寄りかかってこちらを見ていたのは杏寿郎さんだった。


「い、いつからそこに…!」

「君が服を捲った辺りからだな」

「つまり最初からですね!!」


もう!なんで声かけてくれないんですか!
と恥ずかしさを誤魔化すように声を上げる私を他所に杏寿郎さんは同じ姿見に一緒に映るように私の背後に立った。


「腹を気にしていたな」

「ダメです、今は触らないでください」


背後から抱きこむように手を伸ばし両手で私のウエストラインに触れようとする杏寿郎さんの手を咄嗟に掴んで抵抗する。が、彼の腕っ節に敵うはずもなく。抵抗虚しく杏寿郎さんの両手が私のウエストに触れた。


「見てたなら分かりますよね、太ったんです…!」

「健康的になったな」

「っき、傷つきますよ!」

「いやしかし、俺としてはこのぐらいの方が好みだ。そもそも君は痩せすぎだ」

「うひゃあ!?」


服の裾から両手を滑り込ませ、肌を直に触られる感覚に思わず体を硬直させる。鏡越しに映る杏寿郎さんの顔はすこぶる楽しそうだ。


「骨も浮いてないな。やはり健康的だ」

「でもっ、でも太ると服とか綺麗に着れなくなりますし…!」

「君に似合わない服が悪い」

「わあ、すごい暴論」

「君が頑張りたいと言うなら俺は止めないが。無理をしてほしくないのは事実だ」

「だけど、」

「これくらいが丁度良い。それに君ならば痩せていようと太っていようと俺は変わらず好きだ」


鏡越しににこりと微笑みかけられ、つい言葉を失う。彼は私のことを甘やかすプロみたいなものだ。さっきまで食事制限と筋トレを決意していた私の心はすでにふにゃふにゃになっている。なんなら新作のフラペチーノが頭を過っている。何と弱々しい決意だったことか。


「…でも杏寿郎さんが良いって言ってくれても、プールとか行けませんよ…?他にも人がいますし…」

「ならプライベートプールの付いたホテルに行こう」


隙のない提案にいよいよ何も返すことが出来なくなる。「でも、あの、それに」と言いかけるが言葉が浮かばず、眉間に皺を寄せて考える私を杏寿郎さんは優しく微笑んで見守っている。相変わらず私のお腹に添えられたままの大きな手に自分の手を重ね溜息をつく。


「……杏寿郎さんが私を甘やかす」

「それは俺の得意技だな」

「もう、私がすごく太っても捨てないでくださいね」

「ははは、そんな事で捨てるような男だと思われているのか」


「心外だな」と笑うと杏寿郎さんは両腕でぐるりと私を抱き込み肩口に顎を乗せた。顔が近くなり恥ずかしさから頬を熱くさせた私を見て「愛いなあ」と呟く。その声音が妙に耳に響き余計に恥ずかしくなる。


「どんな君も変わらず愛おしいものだ」


私をめちゃくちゃに甘やかす彼のせいで私のダイエットはしばらく延期となりそうだ。






「さて行くか」

「え?どこにです?」

「今回の新作は芋らしいぞ!」

「……さてはフラペチーノの話ししてますね?」


私の言葉ににっこりと嬉しそうに笑った彼を見て、これは本当に痩せられないなと思った。



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ダイエット頑張る人へ。
やめておしまい!!!←←

2021.10.20



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