「一日だけ想い人になって欲しい」


そう依頼してきたのは私の同期の隊士だった。
突拍子もない依頼に、そんな事はできないと断ろうと思ったのだけど彼があまりにも滅入った顔をする為、ひとまず事情を聞いた。

簡単に説明するならば彼の実家の親御さんが彼を心配しているらしい。ただでさえ、鬼殺隊というのは明日の命も保証できない集団だ。そんな所に所属していて自分の子供は大丈夫なのかと不安を覚えているらしい。

そして隊士を続けると言うならせめて所帯を持ち子を残して欲しいと、泣きながら訴えられたそうだ。だが残念ながら彼にはそんな相手も居らず、せめて両親を安心させたいと思い私に打診をしてきたらしい。

彼の親御さんの気持ちが分からない訳ではない。しかしだからと言って嘘を吐くのはどうなのか?と言うのが正直な私の気持ちだけど。


「分かった、でもこの件については一旦持ち帰らせて」

「おう、悪いなこんな事頼んじまって…」

「こんな事をお願いするくらい悩んでるって事は伝わったから、大丈夫だよ」


そう言って別れたのが数日前のこと。

持ち帰らせて貰ったのには理由がある。安請け合いして良い内容だと思えなかったし、それに本当に恋人のフリをするのであれば、先にその事を相談しなければならない人がいる。

相手はもちろん、私の本当の恋人だ。



「駄目だ!!!!!!」



気持ちが良いくらいの声量が耳に響く。そう言われる事は予想していたけれど、想像以上に声が大きかった。


「そんな事は認められない!!」


そう言って腕を組むのは鬼殺隊の炎柱様、私の恋人の煉獄さんだ。

ただでさえ大きい彼の声が今日は一際大きい。恋仲になってからそれなりに経ったけれど畳の上に正座をして向き合って「駄目だ」と言われるこの姿は他者から見たら恋人というよりも、上官に叱責される部下でしかない。


「そ、そう仰ると予想はしてましたが…」

「当たり前だ!!!君を他の男にやるなど!!!」

「いえ、あの…フリなだけで…決して、他所に行く訳では、」

「駄目だ!!!!!!」


こんな状態で会話がずっと堂々巡りをしている。

一応事情は話したけれど、恋人のフリという話しをした途端に「駄目だ!」の連呼になってしまった。


「事情は察する!!だがこればかりは絶対に認めん!!」


頑なな彼の姿は、恋人としては嬉しいものではあるのだけれど。フウと息を吐くと、一旦落ち着いてもらうためにも「お茶を淹れましょうか」と休憩を挟むべく立ち上がろうとした。


「なまえ」

「はい?」

「君は平気なのか」


打って変わって静かな声音。けれど真っ直ぐに私を見つめる焔色の瞳は強い。


「フリだとしても、例えば俺が君ではない他の者と恋仲のような振る舞いをするのを平然と見ていられるか?」

「…それは、」


たしかに胸がもやっとする。フリだと分かっていても。煉獄さんが普段私に見せてくれる微笑みだとか、人混みで肩を寄せてくれる気遣いとか、そういう事を他の誰かにされるのはモヤモヤとする。

煉獄さんの問いかけに返答をする事が出来ず、黙り込んでしまった。


「…」

「安心した」

「え?」

「君に平気だと言われたらどうしようかと考えてしまった」


そう言って困ったように微笑んだ煉獄さんに胸がぎゅうとする。この人の事が好きだな、と。一番大切にしなければいけないのは、大切にしたいと思うのはこの人だな、と実感してしまう。

なまえ、と再度名前を呼ばれ顔を上げた。


「君は俺のものだろう」

「…っ」


ぶわっと頬が熱を持つ。そんな私に気付いているのか、いないのか「同時に俺は君のものだ!ははは!」と言って笑っている。

私の恋人は本当に心臓を一突きにするような事を言ってくれる。そんな事を言われてしまっては、これ以上何も言えなくなってしまう。議論の余地が無くなってしまう。


「それに。根本的な話だがフリなどして誤魔化した所で、万が一彼に何かがあった時、そして恋人が嘘だったとバレた時、一番悲しむのは他でもない親御さんだ」

「そうですよね…彼にはちゃんとお詫びして、出来ないって謝っておきます…」

「うむ!」

「恋人のフリ以外で出来る事なら協力したいと思うのですが、それは大丈夫ですか?」

「無論だ!必要ならば俺も力を貸そう!」


それは彼が気後れしてしまいそうだな、と苦笑い。


「あの、ごめんなさい」

「うん?」

「友人の事も大切にしたいですが、私が一番大切にしたいのは煉獄さんの気持ちでした」


危うく見落としてしまう所だった、と謝ると煉獄さんは優しく笑みを浮かべた。


「フリだとしても君を譲るのは我慢出来ん」

「…はい、」

「この部分に関しては誰であろうと何であろうと、融通の効かぬ頑固者だ俺は」


何でもない事のように笑って愛を囁いてくれる彼の存在が心地よくて。


「頑固で、いてください。私を、譲らないでくださいね煉獄さん」

「よもや、言うなあ君は……おいで」


伸ばされた手にそっと自分の手のひらを乗せる。クンと乗せた手を引かれ「あっ」と声をあげながら胸元へと倒れ込むと煉獄さんは両腕で私を抱きしめてくれた。


「他の所にはいかないでくれ」

「もう…フリでもいきませんよ」

「それなら安心だ」


そう言って微笑んだ煉獄さんはすごく嬉しそうな笑みを見せてくれる。恥ずかしさを誤魔化すように彼の頬に口付けを一つ落として応えると彼は少し目を見開いて。


「これだから譲れんのだ」


そう言ってお返しと言わんばかりに私の唇に口付けを落としてくれるのだった。








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自分が嫌なことには「駄目だ!」しか言わない煉獄さん推していきたい。

2021.12.23



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