宇髄天元には嫁がいる。

どの嫁も性格良しで器量よし。誰に紹介しても恥ずかしくない嫁達である。ただ一人、なまえという嫁を除いては。

なまえは器量や性格が悪い訳でも、ましてや弱いという訳でもない。よく働き、よく動く。雛鶴達と話している時に溢すように見せる笑顔は天女のごとくと称されるほどの美人でもある。

だが彼女、如何にもこうにも恥ずかしがりなのだ。

特に異性に対しての免疫が欠片も無い。隊士達に声を掛けられたら逃げてしまうし、歳下が相手でも変わらない。挙句天元が話しかけても顔を隠してしまうのだから仕方ない。

他の嫁達は誰に紹介しても恥ずかしくない。ただなまえに関しては、恥ずかしくないと言い切れるほどの情報がない。天元自身が知らない部分が多かった。


「さて、どうしたもんかね」


嫁達は等しく平等に接してきた。誰か一人を特別にしたりしない。全員の優先順位はブッチギリの第一位。甲乙など付けるべき存在ではない。

ただなまえは他の三人と比べて違う所があった。


「もう何年目だあ…?」


夫婦という関係になってから何年が経ったか。

詰まる所、簡単に言ってしまえば天元はまだなまえを抱いていない。それだけが唯一他の嫁達との差であった。

だがどうにも抱けない。勿論彼女に魅力がない訳ではない。むしろ有り余っている。恥ずかしがって戸惑う姿も、触れるだけで泣きそうになるところも、全部煽っているとしか思えない。

だがいざ抱こうとすると、気を失うんじゃないかというほど呼吸が乱れ、頬どころか全身に熱を持ちギュウと目を閉じてしまうなまえに行為を強行することも出来ず。そうして今に至っている。


「そろそろ薬でも盛ってやろうか」


そんな事したら他の嫁達が黙ってはいないだろう。天元としてもそんな抱き方は不本意極まりないものだ。

いい案を思い付かない。着物の裾が乱れるのも構わずゴロリと寝返りをうった。チチチと鳴くひぐらしの声を聴いて瞼を閉じる。


「…て、天元さま…なまえです」


閉じた瞼をパッと開ける。襖の向こうからなまえの声が聞こえた。

どうする、なんて言ってやるべきか。まさかさっきまで薬を盛って抱いてしまおうか悩んでいた相手が来るとは。「お着物をお持ちしました」と言うなまえに反応が出来ぬまま天元は固まっていた。


「あの、…天元様、…いらっしゃらない、のかしら……失礼しますね」


スーッと襖が開く音。すぐに天元を見つけて
「…ぁ、」と小さな声が聞こえた。天元は微動だにしない。悩み抜いた結果、狸寝入りを決め込むと決めたようだ。


「あの、天元さま…あの、」

「…」

「お休みでいらっしゃいましたか」


ホウと安堵した溜息が聞こえ少し胸が痛くなる。自分が起きていたら困ったと言う事だろうか。

なまえが静かに入り、和箪笥に着物をしまう音が聞こえる。

嫌われていないと思っている。恥ずかしがりではあるが嫁だ。これまで一緒に暮らしていたし、これからもそのつもりだ。ただ、なまえはどうなのだろうか。主人が寝ているのを見つけて安堵するような、そんな思いならば。

嫌われているのと変わらないのではないのだろうか。

グッと天元が唇を噛んだ時、なまえが横に来るのがわかった。


「何か、掛け物を」


今度は押し入れを漁る音。掛布を見つけたのかそれをフワリと広げると狸寝入りをする天元にかけてやったのだ。

なまえは、優しい。他の嫁達が言うには、底抜けに優しく穏やかで、お人好しなんだそうだ。今自分に掛けられたら掛布がそれを物語っているようだった。


「……天元さま」


息を呑んだ。あの彼女が、声を掛けるだけで逃げ出してしまうような恥ずかしがりの彼女が。自分の隣に腰を下ろしたのだ。

寝ていると思ってるからだろうか。初めて彼女から詰めてきた距離感に、柄にも無く鼓動が強くなった。

全集中。じっと覗き込んでくるような視線に狸寝入りがバレないように、少したりとも起きていると感じさせないように、


「ふふっ、よく眠っていらっしゃる」


こんなに素直になまえが笑ってくれたことがあっただろうか。

自分が寝ているのを見て安堵した癖に、掛布をかけて穏やかに微笑むなまえの中がまだ見えない。どれ程大事にしてきたか知って欲しい。触れられない彼女の奥底にまで触れてみたい、手を伸ばしたいと、そう思う。


「天元さま、……大好きです」


その瞬間。天元はガバリと起き上がると同時になまえの腕を掴み引き倒す。

覆い被さり上から見下ろす天元はまるで信じられないものを見るかのように驚きに染まっていて。そんな彼と同じくらい引き倒されたなまえは天元と天井を見上げ、大きく目を見開いていた。


「えっ、あの、なんで…あの、私」


自分の言ったことを聞かれていた。理解するとみるみるうちに頬が赤く染まり、羞恥から涙まで浮かべる。

そうだ、いつもこうなってしまい手を離していた。彼女が泣くことがないように。手を出さず、過ごしてきた。けれど、今は。あれだけ我慢してきた相手が、大事に思いながらも嫌われているのではないかと思ってしまうほど、距離感の掴めなかった相手が。

気付かれないように、そっと小さな声で大好きだと呟いた。


「そうか、なまえお前…そうか」


理由は整った。

彼女の横に両肘を付くとグッと距離が近くなる。「天元さま、」と鳴くような声で両手を天元の胸元に当て、制するような姿勢を見せるなまえの手は僅かに震えている。

だがもう、それすらも愛おしく思う。


「お前は何もしなくて良い」

「…え、」

「気をやらねえように集中しとけ」


ぱちり、ぱちりと、瞬きを繰り返す彼女が愛おしくて。


「意識飛ばさねえように、俺だけ見てろってこった」


そう言うと手始めに耳を喰んだ。







「天元様、今までどちらに?」


嫁達が忙しなく動く厨房に顔を覗かせれば、三人それぞれ動き回り今日の夕餉を盛り付けて膳に乗せている。天元に振り返ったのは雛鶴で彼女の言葉に「あー」と適当に濁した。

そんな天元を不審に思ったのか雛鶴がふと手を止めた。


「天元様?」

「雛鶴、悪いがなまえの飯は無しだ。代わりに粥を作って俺の部屋に持って行ってやってくれ」

「それは、どういう…」

「後はそうだな、身体を温められるモンと、一応血を作る物を食べさせてやってくれ」


天元の言葉に雛鶴だけでなく、まきをと須磨も手を止めた。驚いたような、それでいて何処か喜んだような。そんな顔をする嫁達に天元は誤魔化すように頭を掻くと「まあ、そういう事だ」と呟いた。

瞬間嫁達の顔色が明るく変わる。


「雛鶴、葉物はまだあったかい?」

「ええ。あと大豆と…明日干し鰯も買いに行きましょう」

「雛鶴さん、まきをさん!なまえちゃんの所に行きましょうよー!須磨は心配ですー!」


早く早く、と声を上げる須磨。確かに心配だ。なまえは身体が弱いわけではないしどちらかと言ったら強い方だ。しかし相手が相手である。


「なまえちゃんの骨までしゃぶり尽くさない相手ですー!」

「オイ、旦那だぞ」

「そうよ須磨。天元様だって流石に配慮を」


言いかけて雛鶴は気付いてしまった。天元が気まずそうに顔を逸らしたことに。


「天元様…もしかして…」


恐る恐る聞いたまきを。

いやそんな事はないと思いたい。なまえにとって男女の営みは初めてのこと。血を作る物、と指示するという事は天元自身もそれを見たからだろう。だからこそ、そんなまさかと嫁達は天元の顔を凝視した。


「…、いめ…」

「…え?」

「流石に五回目で向こうが意識を飛ばした」


ヒュッと息が詰まる音がした。まるで化物でも見つけたような顔をする雛鶴とまきを。須磨は「な、な、な、なんて事してるんですか!!」と叫ぶ。急げ急げ、と嫁達がドタバタと厨房から出て行く。

ポツンと残された天元。カリカリと頭を掻くとおそらくこの後、嫁達から大目玉を食うだろうと予感して大きな溜息を吐いた。



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恐ろしく性事情が開放的な宇髄家になってしまった…

2020.12.28



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