付き合った後に知った事だけど、私の恋人はどうやら距離感が少し特殊で。


「何を見ているんだ?」

「えっと、あのSNSで話題のリップなんです。試しに買ってみようかな、って」

「この色が君に似合いそうだ」


後ろから彼が指さしたのは一際赤いけれど明るくて重たくない色味のリップ。あまりつけた事ないタイプだけど良い色だなあ、と改めて画面を見つめた時こめかみに柔らかい感覚がした。あっ、口付けられたんだと分かると同時にじわっと身体が熱くなり身体が強張った。


「どうした?」

「あっ、いえ、あの…!」

「この後買いに行こう」


そう言って指で私の頬を撫でた。私は何も言い返すことが出来ずしばらく唇をハクハクと開閉したあと「はい…」と小さく返事をした。

杏寿郎さんは距離が近い。彼と付き合い始めてから分かった事だ。付き合う前の彼はまるで大正浪漫を生きているかのような男性で、もちろん女性関係も乱れておらず。由緒正しい家柄でもあったので、もっとお堅い人なのかと思っていた。

そんな彼から告白をされて恋人になって早数ヶ月。想像していた彼とはかけ離れて距離が近い。付き合って初めてのデートの時、その日は酷く寒い日で鼻を赤くして待ち合わせ場所に行った私に杏寿郎さんは優しく微笑んで「鼻が赤い、冷えてしまったな」と言って指の背で私の鼻筋をいきなり撫でたのだ。

思い返せばそれが始まり。そこから彼の私に対するスキンシップは止まる事を知らない。流石に外では人目もあるので過剰な事はしないけれど、家の中では私を手放さない。本当に言葉通り手放さないのだ。ソファに腰掛ければ膝の上に乗せようとするし。床に座ればすぐ後ろに彼も座り私のお腹に腕を回しずっと抱えている。

ちなみに今日は床だ。


「あの」

「何だ?」

「いえ…その、お茶淹れてきます…!」


スマホを床に置きお腹に回った腕を外すとスルリと抜けてキッチンへと向かった。

嫌な訳じゃない。決してそうじゃないのだけど。心臓がもたないのだ。ただでさえ私はまだ彼との関係に慣れていなくて、顔を見るだけでもドキドキしてしまうくらいなのに。そんな彼が私に触れて、額やらこめかみやらにキスをくれるのだ。慣れるのなんてどう頑張っても無理だ。


「はぁー…っ」


すっかり暑くなってしまった頬をピタピタと叩いてから水を入れたヤカンを火にかける。どうしよう、やっぱり多少慣れるまではお家デートはやめて外出をするべきだろうか。二人きりになるとどうしても密着してしまうし、ドキドキが止まらなくなる。それならせめて外で、と思うが。

ちょっとした事でいつもドキドキしてる私が悪いのだけど。うーん…どうしようか、と頭を悩ませた。


「難しい顔をしているな」

「ひゃっ、わ!」


お腹に回された二本の腕。突然現れた彼に引き寄せられたかと思えば首筋あたりにチュと軽いリップ音と共にキスを落とされ、私は何とも情けない声を上げてしまった。


「きょっ、杏寿郎さん…っ!」

「何を考えていたんだ?」

「なっ、なにも!」

「君は嘘をつくのが下手だな」

「お茶淹れたら戻りますから!杏寿郎さんはお部屋で…っ!」


言ってる途中で今度は耳の裏に彼の鼻先が擦り付けられる。ひょえっ、と身体を硬直させていると杏寿郎さんはまるで何でもない事のように笑って、チュと耳に口付けを落とした。


「君が何を考えていたのか答えるまでは逃がさない」


沸騰したヤカンがピーピー音を立てるのが間近のように、私の温度もそろそろ限界で失神してしまいそうなので、やっぱり今度は外のデートを提案しようと心に決めた。







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付き合ったら距離感バグり柱。
付かず離れず、ではなく。付くし離れない彼的な。
めちゃくちゃスキンシップ激しいのもアリですよね。

2022.01.17



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