会いたかった。

任務が始まる前の夕暮れ時、ふと彼女の事を思い出した。一度頭に思い浮かべたら無性に会いたくてたまらなくなってしまった。鬼を切り任務を終えた後すぐに彼女が住まう屋敷へと走った。彼女は、なまえは藤の家紋の屋敷に住んでいる。ここからなら走れば一刻も掛からないだろうと、ただひたすら駆けた。


「どうぞごゆるりとお休み下さいませ」


突然の来訪にも嫌な顔一つせず。迎え出てくれた事に感謝をし「連絡も無く申し訳ない」と頭を下げた。不意に「あの子なら奥の部屋で休んでおります」と一言呟かれ、ばっと振り返るとまるで何事もなかったように微笑んで母屋へと帰っていく。

自分となまえが恋仲である事を察されていた事に驚いた。流石は年の功と言うべきか。苦笑いを溢すと奥の部屋へと足を向けた。


「…、」


そっと戸を引き中を見る。姿を見つけた瞬間、自分の顔が綻ぶのが分かった。

部屋の中央に布団を敷き、すよすよと静かな寝息を立てるなまえを見て胸の内に愛しさが募る。起こさないように音を立てず近付く。まるで夜這いだな、等と思ってしまい再び苦笑い。

腰の日輪刀を外し畳の上に座る。しばらく彼女の寝顔を眺めた後、ふと手を伸ばした。しかし頬に触れる寸前で手を引っ込めた。触れたら起こしてしまうかもしれない。変わらず静かに寝息を立てるなまえに笑みをこぼした。

ただ会いたかっただけだ。起こしたい訳じゃない。せっかく眠っている所を起こしてまで話しをしたいとは望まない。ただ顔が見たかった。それだけだ。だからこそこうして顔を見れただけで十分満足している。


「…」


畳の上にゴロリと横になった。自分の腕を枕にしてなまえの方を向き目を閉じる事もせず、しばらくそうして過ごした。不思議と彼女の顔を見ているだけで疲れなど溶けていくような気がした。


「ん、…」


短く声を漏らすと寝返りを打つようにコロリと転がりなまえの顔がこちらに向いた。眠っていると思っていた瞼がうっすらと開く。


「なまえ?」


極力小さな声で名前を呼ぶと開ききっていない状態のなまえと目が合った。しぱしぱと眠たげな様子の彼女はこちらを見ると「あ、」と小さく声を上げてそれから嬉しそうに顔を綻ばせる。

起きたのだろうか?
一瞬そう思ったがどうやら違う。半分閉じた瞼のまま頭の枕を外し、いそいそと身体を寄せてくる。敷布団の端まで来て自分の身体が布団からはみ出てしまう事もお構いなしに、胸元へ寄り添うようにしてくっ付くとなまえは再び瞼を下ろした。


「なまえ、待ってくれ。任務後で汚れてしまっている」


山の中を駆け回ってきたのだ。土埃が付いている。そんなもので彼女を汚すまいと、咄嗟に身を引こうとしたがなまえの手が弱々しく隊服を掴んできた。


「いいです、…なんだって良いんですよ…杏寿郎さま、なら…」

「…っ」

「…ふふ……良い、ゆめ…」


心底嬉しそうにそう呟くとまた寝息を立て始める。

夢では無いのだが。

自分の胸元に頭を寄せて眠る彼女の頬に手を伸ばし指先ですりすりと優しく撫でた、恋仲になって間も無い彼女が初めて見せてくれた甘えた一面。ああ、困った。愛おしいな。たまらなく愛おしい。

はみ出た身体を布団に戻してやるべきだと思うが、いま動いたら彼女の眠りを妨げてしまうだろう。掛布を掴み引き寄せるとなまえにかけてやる。布団ごと彼女を抱きしめて深呼吸を一つ。腕の中に幸福があるというのはこういう感覚か。


「おやすみ」


一言呟くと同じように目を閉じた。







パチリと目を開ける。あのまま眠ってしまったようだ。障子の隙間から僅かに見えた外の景色は早朝の柔らかな菫色をしておりもう大分明るい。

自分で自分の腕を枕にしたまま眠ってしまったせいか少し体がこっていった。肘を畳に着くと上体を起こす。昨夜はなまえにされるがまま、寄り添ってそのまま眠りについてしまったが、まずは風呂に入らねば。くあ、と小さな欠伸を噛み殺すと肝心の彼女を見下ろした。

まだ早い時間だ。きっと眠っているだろう彼女に布団をかけ直してやろうと思い、ずれていた掛布を掴んだ。その時、気付いた。


「なまえ」


少し笑みをこぼしながら愛しい人の名前を呼ぶ。

相変わらず自分の胸元で蹲るようにしていたなまえだったが、彼女の小さな耳が赤く色付いている事に気付いてしまった。


「一体いつから起きていたんだ?」


優しく問いかけると胸元にくっついていた彼女が、ぎゅうと隊服を掴んだ。

よしよしと頭を撫で、未だに見せてくれないその顔を覗き込もうとした。だがまるで見られる事を拒むようにしてなまえが顔を胸へと押し付けてくる。


「なまえ、それでは君の顔が見えない」

「み…み、み、見ないでください…っ」

「何故だ?」

「私っ、わ、わたし、てっきり夢だとばかり思って…!」


ああ、なるほど。

夢だと思ってしがみついたと言うのに目を覚ましたら本物が目の前にいて羞恥していたのか。彼女の髪を一房取り、くるりくるりと指先を絡み付ける。


「なんて事を、私、あのっ…!」

「昨夜は俺ならば何だって良いと言っていた。それから良い夢だと、嬉しそうにしがみついてきたが」

「ッ…!」


耳だけでなく首筋まで赤く染めるなまえに眉を下げて微笑む。

少し意地悪をしすぎてしまったか。「なまえ」ともう一度名前を呼んでみるが、顔を上げるどころかどんどん縮こまっているような気がする。


「忘れてください…!」

「それは難しいな」

「寝巻きで、しかも今なんて寝起きで…恥ずかしくて消えてしまいそう…!」

「ははは、君に消えられてしまっては俺が困る」


「それから」と言葉を繋げると本気で羞恥する彼女の真っ赤な耳元へと顔を寄せると一言、呟いた。


「どんな姿でも恥ずかしく等ない。俺の方こそなまえなら何だって良いんだ」



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ただただイチャイチャする二人。
どうでもいい設定ですが『覗き見』の二人が恋仲になったぐらいの頃のつもりで書きました。この二人がああなる。

2022.03.18



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