「そういやよお今日エイプリルフールだろ」

「らしいな」


授業と授業の合間の小休憩の時間。次のクラスへと向かう杏寿郎の隣を歩くのは美術室に戻ろうとしていた同僚の天元だ。並んで歩いていた天元がふと自分のスマホを見ながらそんな事を呟いた。


「ニュースもSNSもそればっかだぞ、アホくさ」

「言ってやるな。小さな事でも行事は大切だろう」

「そんなもんかねえ」


気怠げに呟く同僚に杏寿郎は「ははは」と軽く笑うと「それより君は歩きスマホをやめるべきだな!」と注意をした。

今日は朝から世間ではエイプリルフール一色だ。天元の言う通り天気予報のキャスターもその話題を上げており、生徒達の話しでは0時ぴったりからイベントをやっているゲームアプリ等もあるのだと言う。

これも企業努力の形の一つ。
生徒達も楽しそうなのだからこれはこれで良いんだ。うんうんと納得したように頷く杏寿郎。そんな彼をチラリと見た天元は、


「お前はやらねえの?エイプリルフール」


と、呟いた。


「何の話だ?」


意味が分からん、と言わんばかりに天元を見返す。


「何のって、みょうじにだよ」

「な…」


突然上がった自分の恋人の名前に杏寿郎は思わず目を見開いた。みょうじなまえは杏寿郎の恋人でありこの学園で働く同僚だ。

しかし彼女と恋仲である事は天元には言っていない。知っているのは杏寿郎が信頼して話した悲鳴嶼行冥と、なまえが親しくしている胡蝶カナエの二名のみだ。


「お前ら付き合ってんだろ」

「何故君がそれを!」

「おー、やっぱ付き合ってんのか。カマかけてみるもんだな」

「っ!騙したのか!」

「簡単に引っかかるお前が悪いんだよ」


ぐっ、と押し黙る。悔しいがあっさりと引っ掛かってしまった。天元に知られてしまった事を今日なまえに話さなくては。


「同棲してんの?」

「……してない」

「俺の予想だと、もう一年は経ってんだろ」

「……君には関係の無い話だ」


むっすり。天元にカマをかけられた事を根に持っているのか、普段は明朗快活を体現したような杏寿郎がすこぶる不服そうに顔を顰めた。おまけに一年経っているという天元の予想も当たっているから余計に眉を寄せる。


「彼女とエイプリルフールに一体何の関係がある」

「鉄板ネタだろ。『別れたい』からの『嘘でした』ってやつ」


天元の言葉に杏寿郎は信じられないものを見るような、若干の軽蔑を織り混ぜた冷ややかな視線を向けた。


「……君は馬鹿か?」

「すげえ顔で、すげえ失礼な事言うじゃねえか」

「当たり前だ。俺は今、君に対して若干引いている」

「若干って顔じゃねえな」

「大いに引いてる」

「言い直すなよ」


やいのやいの言う二人の教師をすれ違ってクラスへと戻っていく生徒達は恐々と見守る。原因は普段笑顔の杏寿郎の顔がスンッとしてるせいだ。


「つまんねえな」

「俺が彼女を傷付けるような嘘を、例えエイプリルフールだとしても言うはず無いだろう」


当然だ!と言い放つ杏寿郎。
ああそう言えばこういう奴だったなと思い出すと、天元は余計なこと言ったせいで微妙な惚気を聞かされる事になり、げんなりと顔を顰めた。



・・・



「杏寿郎さん、杏寿郎さん」

「うん?」


勤務後。自分の家になまえを招いて過ごす金曜日の夜。風呂に入り、杏寿郎はグレーのスウェットを着てくつろいでいたら、同じくパジャマ姿の彼女が不意に自分の名前を呼んだ。


「何だ?」

「あ、あの…あのね、」


何か言いたげに杏寿郎を見つめ、それからモゴモゴと言葉を詰まらせて視線を落としてしまう。両手をあわせ「あの、その」と落ち着きがない様子の彼女の顔を覗き込む。

「なまえ?」呼びかけるとハッとした顔で杏寿郎を見て、それから困ったように視線を彷徨わせる。最後にはギューと目を閉じてしまったかと思ったら「はぁー、やっぱり駄目」と言って身体を脱力させた。


「何だ、どうした?」

「ううん、ごめんなさい何でもないの。あのね、ちょっとね、エイプリルフールだから嘘ついてみようかなあと思ったんだけど、全然良いのが思い浮かばなくて」


予想もしなかった事を白状し「私このイベント向いてないのかも」と言って自分に対して呆れたように笑ったなまえ。


「ごめんね、変な空気にして。あ、そうだ!芋羊羹買ってきたの!一緒に食べよう」


そそくさとキッチンに向かう彼女は恥じているのか少し耳が赤い。「なまえ」と名前を呼びながら杏寿郎もキッチンへと向かう。


「この芋羊羹、前に私一人で食べたんだけど結構美味しくて」


さっき自分がエイプリルフールに失敗したことを誤魔化すかのように。忙しなく動き口数が増えるなまえに杏寿郎は笑みをこぼす。


「これなら杏寿郎さんも好きかなあって、おも、っ…て…」


後ろからそっと手を伸ばし腹に巻きつけると自分の方へと引き込んだ。


「好きだ」

「ま、まだ食べてない…っ」

「君が好きだと思った」


正直にそう言えば彼女首筋がみるみるうちに赤くなり、触れた部分がパジャマ越しでも分かるほど熱を持ち始める。


「エ、エイプリル、フール…?」

「ははは、嘘じゃない事は君が一番知っているだろう」


なまえは自分はこのイベントには向いていないと言っていたが自分も同じくらい不向きだなと考えると、赤々としてしまったうなじに唇を寄せた。







「そう言えば杏寿郎さん、宇髄先生に私たちのこと話したんだね」


もくもくと芋羊羹を頬張り。金曜の夜だと言うのに酒ではなく暖かいお茶を飲み。なまえは一息付きながらそんな事を呟いた。

天元に話したと言うか、知られてしまったと言うべきか。いやカマをかけられたと言うべきか。「まあ、そうだな」と曖昧に言葉を濁す杏寿郎。そんな彼の様子に気付かないなまえはまた一口芋羊羹を口に入れる。


「実は退勤する時、声をかけられて。付き合ってる事聞いたぞー、って」

「どうやら前から気付いていたようだ」

「ふふ、宇髄先生鋭いから」

「確かにそうだな」

「実はね、宇髄先生から」


エイプリルフールなんだし派手な嘘の一つでもついてやれよ

そうだな、例えば『別れたい』とか言ってみたらどうだ



「って言われてね。ふふ、でも流石にそう言う嘘は言えないなあって思ったの」

「…………ほう」

「他の嘘も思い浮かばなかったんだけどね」


眉を下げて笑って、またパクリと芋羊羹を食べるなまえ。「杏寿郎さん美味しい?」と聞かれれば笑顔で「ああ美味い!」と返す事が出来るが。腹の中では

月曜、宇髄とは話しをしなければならんな

等と考えている事をなまえは知らない。



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
エイプリルフールにエイプリルフールしない二人。
うずてん先生はごくせんの恋を茶化して激おこされてて欲しい欲。

2022.04.01



戻るTOP