目覚めてすぐ、目もまともに開かないまま彼女を探した。

ぺたぺたと寝惚けた頭で自分のすぐ隣を弄ったが、冷えた布団があるだけで誰もいなかった。
勢いよく身体を起こすと辺りを見回した。


「なまえ…?」


返答は無く、シンとした室内。見ると枕元には自分が普段着ている隊服と、それとは別に着物が畳んだ状態で置かれていた。

そうだ昨夜は久しぶりに会えた彼女を明け方まで抱いたあと、そのまま何も身に付けず寝てしまった。なまえが用意しておいてくれたのだろう着物に袖を通す。深い濃紺の着流しに黒い羽織り。帯を絞めると部屋を出た。

厨房から何やら音が聞こえる。義勇の足はすぐにそちらに向いた。


「なまえ」


包丁を握り、義勇に背を向ける彼女へ声をかけた。


「義勇さんっ」

「ここに居たのか」

「すみません、ちょっと待って下さいね」


包丁を置くと刻んでいた葉物を鍋に入れ、濡れた手を拭うと振り返った。それと同時に義勇がなまえのことを抱きすくめる。苦笑いしてしまったのはなまえだった。


「義勇さん火のそばだと危ないですよ」

「…」


なまえの言葉に義勇は身体を離した。やけに素直、と思ったのも束の間。なまえの手を引き、火のそばから離れると改めて抱きしめ直してきた。義勇の行動になまえは目を見開いて驚いたが、すぐに困ったように微笑むと義勇の背を叩いた。


「もう」

「火元は離れた」

「それは確かにそうですが」

「おはよう、なまえ」

「おはようございます義勇さん。でももうお昼ですよ?」


そう言うと義勇は窓へと目を向ける。おはようと言うには随分高い位置に太陽がある。


「随分と寝てしまった」

「ふふ、私もそんなに早くは起きてないので一緒です」

「俺のせいだろうか」

「え?」

「まぐわっていたから」

「なっ!ぎ、義勇さん!」


たしかに二人して寝坊した原因は明け方まで行為に及んでいたせいだとは思う。間違いないがそれを隠す事なく言われてしまっては狼狽えてしまう。どうしてこうも冨岡義勇という男はあっけらかんと言葉にしてしまうのか。


「そういうことをあまり言葉にするのは!」

「だが事実だ」

「そうですけど…っ」


もう!と頬を深紅させたなまえを見て「可愛いなあ」などと全然関係ない事を考えている義勇。ぼうっと見つめてくるその瞳から逃れるようになまえはぷいと顔を逸らした。


「どうした?」

「なんでも…!」

「何でもないのに顔を逸らすのか?」


きょとりとした顔をする義勇に目もくれずツンとして見せたが、しばらくした後義勇は再び腕の中に引き込んできた。何も言わずただただ抱きしめてくる義勇の行動に、自分が感じていた恥じらいがどうでもよくなってしまう。

はあ、と溜息をつくとなまえは身体を脱力させ義勇へと寄り掛かった。


「もう貴方と言う人は…」

「?」

「何でもありません」

「そうか。昼を食べたら出掛けるか」

「…それは駄目です」


なまえのまさかの返答に何故と言わんばかりに義勇が目を見開く。いつもなら微笑んで了承する彼女からの予想外の拒否だ。


「しばらく私は外には出ませんので、お一人でどうぞ…」


まるで突き放すような彼女の言葉に義勇は身体を離した。まさか自分は何か彼女の機嫌を損ねてしまったのだろうか。少し眉間を寄せ考えてみたが思い浮かばない。昨晩も彼女は自分を求めてくれていたし、せがむ様にしがみ付いていた。今になって拒否をされる覚えが無く、こてんと首を傾げなまえをみた。

そしてようやく気付く。


「なまえ、首が」

「…っ」


するりと首筋を撫でるとなまえが身体を強張らせる。これは間違いない、この跡は


「随分と虫に刺されたのだな」


見る限りでも数カ所。赤く点々と跡を残しているそれを指で撫でる。可哀想にと言わんばかりの義勇の指先に、なまえはぎゅっと眉を寄せて羞恥溢れる顔で義勇を睨んだ。


「あっ、あなたがやったのです…!」

「俺が?」

「昨夜!まぐわった時、にっ…」


まぐわうという単語を、勢いに乗せて言ってしまいなまえの顔はみるみる内に赤く染まる。襲いかかる羞恥に耐えきれなくなったのか両手でパッと顔を隠してしまった。

ああ、そういえば。

昨晩の事で思い当たる節が何個もある事に気付く。そういえば「待って」というなまえの両手を押さえ付けて、何度もその白い首筋に跡を残した。時折歯も立てたせいでよくよく見たら内出血が酷い。


「なまえ」

「知りませんっ」

「やり過ぎた」

「、だから私は待ってと言いましたのに!」


これでは何処にも行けませんっ

両手で顔を隠したまま怒るなまえ。義勇はそっと両腕を掴むとその手を開かせ顔を見た。


「行かなくて良い、何処にも」

「な、」

「ここに居るのは不満か?」


そう意味じゃないし、そういう問題でもない、と思うのにこの瞳にじっと見つめられるとどうにも言葉に出来なくなる。その顔とその言葉は狡い。

酷く真剣な顔で見つめてくる義勇になまえは言葉を詰まらせると、呻くような小さな声で「そういう事ではありません」とようやく呟くことができた。






この無数に咲かされた赤い花も、彼の顔をみると文句一つも言えなくて。

それどころか少し胸が高鳴ってしまうのだから、文句などつけようもない。



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義勇さんに待っては効かないと思う。

2020.12.30



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