最悪だ。

この一言に尽きた。
猗窩座が編入してきた初日、竈門少年と我妻少年と嘴平少年の三人が血相変えて職員室に飛び込んできた。この三人もどうやら俺と同じく猗窩座は素山狛治少年だと思い込んでいた様で、まさかの本人登場に度肝を抜かれたらしい。

兎に角三人には俺は何ともない事を懇々と説明し教室へと送り返したのだが。その日は珍しく冨岡も心配そうに俺の元へやって来て「変わりはないか」と聞いてきた程だ。

炎柱として生きた俺の最後を知っている者達、記憶のある者達にはそれなりに衝撃だったらしい。


「最悪だ」

「だろうな」


昼休みに宇髄を屋上に呼び出して昼食。
俺の事情を察してくれていたのだろう。宇髄は何も言わずとも理解をしてくれた。


「自分の腹に風穴開けた奴が今世では生徒ねえ…しかも素山狛治とは別個体。いやあ派手だわ」

「最悪だ」

「お前それしか言わねえな」


はあ、と大きく溜息をつく。
猗窩座は早速この学校に馴染み始めたようで、素山少年と双子である事から周りの興味を引き、その面立ちから女子生徒の興味も引き付けているらしい。

手芸部の素山少年とは違い武術を嗜んでおり、身体も歳の割に筋肉が付き体格が良い。編入してくる前にいた学校では大会を含め敵無しだったようで本人いわく「飽きたから狛治と恋雪のいる学校に行く」と言い出したそうだ。


「ただ最悪だと愚痴っている訳じゃない」

「って言うと?」

「猗窩座になまえとの関係を学校中にバラされた」

「ぶっは、そりゃ最悪だな!」

「と言う割には楽しそうだな!君は!」


猗窩座の在籍するクラスで編入後初めて授業を行った際、


「歴史の担当は杏寿郎なのか!なら授業は聞こう」

「……教師を呼び捨てにするのはよせ」



と会話を交わした際、生徒達が「猗窩座くん先生と知り合いなの?」と騒然となった。当たり前だが前世でやり合いましたとは説明出来ず、何とかこの場をやり過ごそうと思った矢先、


「いいや、杏寿郎の恋人が俺にとっては姉同然の相手だというだけだ」


思い切りバラしてくれた。
そこからはほとんど授業にならず「煉獄先生恋人いたんですか!」や「えっ煉獄先生ガチ恋勢死じゃん!」等という訳の分からない内容と「この前校門に来てたって噂本当なの!?」「えー!無理やだー!」という阿鼻叫喚。

瞬く間に学校中に知れ渡ることとなってしまった。


「元より隠すつもりは無かったが、生徒達に堂々と言うことでも無いだろう」

「悪い煉獄、クソウケるわ」

「……」

「真顔やめろって」


購買で買ってきたパンを齧りながら宇髄は「でもよお」と呟いた。


「それを煉獄の女は知らねえんだろ」

「…」


そうだなまえは何も知らない。
猗窩座と俺の関係については、俺の父の道場の関係で昔たまたま知り合ったという事になっている。猗窩座自身が武術を習っていた事もあり、信憑性が増したのか疑う事なく信じてくれた。最愛の恋人を騙している事に罪悪感を覚えたが。


「猗窩座の方が杏寿郎さんと早く出会っていたんですね……ふふ、羨ましくて少しだけ悔しい」


という、この上なく愛い言葉付き。
絶対に手放したくない人だと言うのに、何故よりにも寄って猗窩座なのか。なまえと素山少女は親戚で、猗窩座の双子の兄である素山少年と素山少女は夫婦。つまりなまえと猗窩座は血の繋がりは無くとも親類という事になってしまう。

普通ならば他人に等しい距離感だ。むしろ他人だ。

だが二人の場合は違う。猗窩座が恐ろしく彼女に懐いている。当たり前のようになまえの横に並び立ち「なまえ」とその名前を口にする。

彼女も昔馴染みの猗窩座を無下にするような性格では無いので構っている状態だ。


「腹が立つ」

「何にだよ」

「分からん」

「まあお前の情緒がやばいのは察するわ」

「君はどうやって折り合いをつけた?」


不意に尋ねると宇髄は俺を見返して目を瞬きさせる。「そうだなあ」と呟いてフード越しに頭を掻いた。


「俺の場合お前とは少し状況が違えからな」

「そうか。君は勝ったんだったな」

「一対一だったお前と俺とじゃ話しが違うんだよ。だがまあそれだけじゃねえな」

「何か特別な理由でもあるのか?」

「いや、なんつうか」


「謝花ァッ!!またテメェらかァ!!」


宇髄が何か言いかけた時グラウンドから怒声。
この声は不死川だな、と二人で立ち上がると揃って下を見下ろした。


「よもや!バイクでグラウンドに突入か!」

「相変わらず派手な事してんなあ。っつーかアイツら今頃登校してんのかよ」

「ははは!無断遅刻からのバイク通学か!」

「不死川の顔がヤベエ事になってんな。悲鳴嶼さんが動き出す前に俺が行くかねえ」

「そうか!あの兄妹の指導係は君だったな!」

「なりたくてなった訳じゃねえけどな」


そう言ってため息を吐いた宇髄は残っていたパンをバクバクと口に押し込むとパックジュースで流し込む。「おし、行くか」と気合いを入れるとタンと軽く地面を蹴り屋上の柵の上に立った。


「そこから行くのか!」

「早く行かねえと不死川の血管が派手にブチ切れるだろ?」


「クソがァ!宇髄はどこだァ!!」


「ほらな」

「もう切れているようにも見えるが」


確かに。と納得すると宇髄はフウと息を吐く。その間にも謝花兄妹は何とも楽しそうにグラウンド中をバイクで走行している。


「ハッ…見てみろよ」

「む?」

「あのアホ兄妹。あんだけお天道様の下で笑ってんの見ちまうと、折り合いなんかつけようとしなくても勝手についちまうんだよ」

「…!」

「っつー訳で行ってくるわ」


そのまま柵から飛び降りる宇髄を見送る。今の時代の人々が見たら阿鼻叫喚ものの登場をする宇髄を見て謝花兄妹達が叫ぶのが聞こえてくる。


「きゃー!お兄ちゃん!筋肉教師が空からきたー!」

「梅!飛ばすぞ!」

「オイ!阿保兄妹!派手な事する時は俺を呼べって言っただろうが!!」


その教育方針はどうなのか。
昔から変わらない宇髄の瞬足はいとも容易くバイクに追いつく。バイクと並行して走る教師など、どこを探してもこの学園にしか居ないだろう。

何処か楽しげに走り回る三人をしばらく見つめた後、柵から離れ再び元の位置へ。置いておいた弁当を手に取ると昼食を再開する。


「…」


太陽の下で。
猗窩座もそうだ。あの日校門で再開した時、彼は陽の光の下にいて何事も無い顔をしていた。態度、言葉遣いは良いものだとは言えない。転校したてのせいか形は顰めているようだが、彼はいずれ、ゆくゆくはこの学園の問題児の一人になるだろう。

俺は折り合いをつけられるのか、宇髄の様に笑って接する事が出来るのか分からなかった。


「……ん、?」


ポケットに入れておいた携帯が振動している。
弁当を再び置くと携帯画面を見た。その瞬間、自分の顔が綻ぶのが分かった。


「もしもし」

『あっ、杏寿郎さん?今大丈夫ですか』

「ああ。ちょうど昼休憩をとっていた所だ」

『私もちょうどお昼休みだったんです』


『良かった』と電話の向こうで安堵する声。
彼女の声を聞くとやはり好きだなと思ってしまう。猗窩座の事は抜きにして、なまえという恋人の事がたまらなく愛しいのは事実だ。


「どうしたんだ?」

『あの、えっとですね』

「うむ」

『その…』


もごもごと言葉を濁らせるなまえ。彼女の声が聞き取れるように携帯をグッと耳に押し当てた。


『あ、猗窩座は大丈夫ですか…?』

「…っ」


僅かな胸の痛み。彼女の声でその名前を呼ばれるとどうしてもいつもの様に振る舞えない。


「…ああ、早速クラスにも馴染んだようだ」

『そうでしたか、それなら良かったです』

「心配していたのか?」

『ええ、まあ。昔からちょっと大変な子だったので…』

「そうか」

『あ、でも恋雪も狛治くんも居るから大丈夫だと思うんですけどね…!何だか私お節介な人みたいですね…っ』

「そんな事は無いだろう。心配してくれる存在が身近に居ると言うのは安心する事だ」


なまえは猗窩座にとって身近な存在だ。二人が話しをする所を見て思った。本当の姉と弟のように会話をする。なまえは猗窩座を理解している。猗窩座はなまえを信頼している。見れば分かる。

そうだ、二人は俺なんかよりもずっと近い位置にいる。


『でも杏寿郎さんがいてくれますしね』


なまえの声にハッと我に返る。


『私が安心できる一番の理由です』


俺が居るから安心出来ると言ったなまえに上手く言葉が出ない。言葉が出てこないくせに顔は緩んでしまい、胸は先程まで感じていた痛みを忘れていく。


「君が俺で安心出来るなら、何でもする」

『ふふ、ありがとうございますっ………あ、それからですね』

「何だ?」

『実はこっちが本題なんですが…!』

「はは、そう言われると気になってしまうな」


どうしたんだ?と続きを促すとなまえは暫く『あの、その』と言葉を繰り返す。そんなに言いにくい事なのか?と首を傾げる。気のせいか電話の向こうで僅かに深呼吸するような音すら聞こえてくる。


「なまえ?」

『あっ、あの!今週末なんですけど、よかったら私の家に来ませんか…!』

「…ッ!」


彼女の言葉に思わず目を見開いた。ポロリと落としそうになったスマホを握りなおす。


『外出が嫌というわけではないんですが、杏寿郎さんいつも多くお金を出して下さってるじゃないですか…!私の家ならおもてなしも出来ますし、のんびり過ごせるかな、って…あの、思って…』


男を招くということがどういう意味を持つのか。きっと彼女もそれを理解した上で招いてくれるのだろうと思った。付き合って三ヶ月。急ぐつもりはないし、そこに対して焦りを覚えた事はなかった。家に招かれたからと言って性急に事を進めたいとも思わない。

しかし、好いている相手から家に来ないかと誘われて浮かれない男はいないだろう。


「土産を買って行こう、何がいい?」

『っ…き、来てくれるんですか…?』

「断る理由がない、俺は君の恋人だからな』

『は、はいっ…!』


嬉しそうな声音に俺まで頬が緩む。『後で地図送りますね!』だとか『お茶は何がいいですか?』と聞いてくる声は明るく弾んでいる。
そんななまえの声を聞きながら相槌をうち、愛しい、好きだ、誰よりも大切だ、と胸の内で繰り返し想いを呟く。


『楽しみで、今からそわそわしてしまいます』

「俺もだ」


まだ手を繋ぐくらいしかした事のない彼女を、抱き締めるくらいはしても良いだろうか?と一人考えてしまった。



・・・



「……何故君がここにいる」

「昨日からやけになまえがそわそわしていた。大方杏寿郎の事だろうと思ったが当たりだったようだな」


にやり。初めて会った時から変わらない表情で笑みを浮かべる猗窩座に対し、真顔で固まった。

待ちに待った週末。最寄りの駅前でなまえの好きそうなケーキを数個買った。予定ではなまえが駅前まで迎えにくる事になっていたがまだ姿が見えない。いつも待ち合わせ時間の前には来ているはずの彼女が珍しいと思いながら数分待っていると『すみません、お迎えにまだ出れそうになくて…!ゆっくりこちらに向かってくれますか!』というメッセージが。

ゆっくりという単語を不思議に思いながらも、きっと掃除をしているのだろう、気にする必要はないのに等と考えながらやって来たらこれだ。

チャイムを鳴らすと同時に現れた彼に一瞬で笑顔が消えた。


「もうっ、猗窩座本当に帰って…!」


背中側にいるなまえがペムペムと猗窩座の背を叩く。少しも痛くないのだろう、猗窩座は口元に笑みを浮かべながら「嫌だ」の一点張りときたものだ。


「杏寿郎さんっ、本当にごめんなさい…!あ、あのすぐに帰しますから!」

「いいや君は何も悪くない、」

「杏寿郎これは何だ?土産か?ほう……なまえ、お前の好きそうなケーキがあるぞ」

「こら!勝手に持って行かないの!」


手に持っていた紙袋を奪いさっさと中に入って行く猗窩座。なまえは焦りと申し訳なさを織り交ぜた顔で俺を見るとスリッパを用意してくれる。


「本当にごめんなさい…!」

「そんなに謝らないでくれ、君は何もしてないだろう」

「何で朝からうちに来たんだろうと思ったら、あの子ってば…!」


朝から来ていたのか。
今は昼。それまでの時間居座っていたのかと思うと胸がモヤつく。


「なまえ、お前が昨日用意していた茶はどこにある?」

「なっ、なんでお茶のこと知ってるの…!」

「あんな顔で準備していたら誰だって気付く。恋雪達も気付いていた」


一体どんな顔で準備をしていたのか。
チラリとなまえを見ると目が合った。するとカッと恥ずかしそうに頬を染めて顔を逸らされてしまう。そんなあからさまな反応をするのは駄目だろう、と思うが彼女の反応や状況に浮かれる事が出来ないのは他でもない、赤毛の彼のせいだ。

ゆくゆくは学園の問題児になるかもしれないと思っていたが、既に問題児だ。問題でしかない。


「もう!猗窩座!帰りなさい!」

「嫌だ」

「もー!」

「良いから茶を淹れたらどうだ、杏寿郎が待ってるぞ」


俺は君が帰るのを待っているのだが。

これではどちらが家主なのか分からない。なまえはと言うと、もはや頭が混乱しているのか「あっ、お茶淹れますね…!」などと言ってキッチンへと向かってしまう。


「杏寿郎、座ったらどうだ?」

「…君は帰ったらどうだ?」

「嫌だ」


どういうつもりでここに居座っているのか全く分からない。真顔のまま見続ける俺に対し彼はケラケラと楽しそうに笑っている。まさか本当にこのまま居るつもりなのか、彼女と過ごす時間を楽しみにしていたというのに。まさか三人で過ごす事になるのか。

俺の不満を察したのか猗窩座はまた、にやりと口元を緩める。


「二人になれなくて残念だったな」

「…」

「不快と顔に書いてあるぞ」


楽しそうに笑う彼とは反対に一切笑う事ができない俺は、宇髄のようになるのは当分無理だろうと察した。




−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
煉獄さんの真顔ってこの世の何よりも怖いよね
謝花兄妹の指導は宇髄さんがやってたらいいな…嫌だ、って猗窩座に言われてえな……
まだ続く

2022.06.21



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