私を見た瞬間まるで子供みたいな満面の笑みを浮かべ両腕を広げながら「おいで」と言わんばかりの顔をした杏寿郎さんに私は思わず固まった。


遡る事、三十分前。
今日は同僚であり友人でもある宇髄さんと仕事終わりに飲みに行くから帰りが遅いと言っていた彼。予定を事前に聞いていたし楽しんできてくださいとメッセージも送った。しばらくして夜もそこそこ更けた頃、杏寿郎さんから着信。終わったのかな?と喜んで電話に出たら電話の主は恋人ではなく、友人の宇髄さんの物で、


「悪い、煉獄の奴に飲ませすぎたわ。駅まで迎えに来れるか?」


と言われたのが始まりだった。
どうしたのかと聞こうとしとも「いいから最寄りの駅前な」としか言ってくれず。言われるがまま慌てて家を出ると急ぎ足で駅へと向かった。


「おー、こっちだ、こっち」


駅前に着くとすぐ目に飛び込んだ二人。恋人という贔屓を無しにしてもかっこいい杏寿郎さんと、負けず劣らず色男なのが宇髄さんだ。二人並ぶと目立つなあと改めて思う。
宇髄さんに手招きをされるが、杏寿郎さんは私に背を向けて立っており表情は見えない。


「ほら、煉獄迎えが来たぞ」

「む?」

「杏寿郎さん、」


彼の名前を呼ぶとゆっくりとした動作で振り返った。目が合った。顔は赤らんでいたが目線はしっかりしているし、足元もしゃんと立っている。
本当に飲ませすぎたのだろうか?と不思議に思い杏寿郎さんと宇髄さんの元へと足を一歩踏み出した瞬間。


「ああなまえ、君か」


そう言ってとても嬉しそうに微笑むと同時に両手を広げて見せたのだ。そうして前述の状態へと戻る。
両腕を広げどちらかと言ったらかっこいいよりも可愛らしい笑顔を見せる恋人の姿に私は動けなくなってしまった。

恋人なんだから抱き締めてもらった事はある。勿論あるが、ここは外。おまけに人通りも多い時間だ。今もチラチラと視線が集まっている。そもそも外では手を繋ぐくらいしかスキンシップをしないのが私の恋人だ。
動くに動けない私と、両腕を広げて私を待つ杏寿郎さん。

そんな私達をみて宇髄さんが「ぶはっ」と吹き出して笑う声が聞こえた。


「う、宇髄さん!杏寿郎さんにどれだけ飲ませたんですか!」

「まあボトルを三ぼ…一本くらいだな」

「いま三本って言いました?」


信じられない、と言わんばかりの顔で宇髄さんと言葉を交わしていたら、いつまで経っても自分の腕の中に入ってこない私に対し気持ちが焦れてしまったのか、

しゅん

とした顔で杏寿郎さんの腕が下がった。眉も下がっている。
ヒエ!と心の中で叫んだ。大切な恋人にそんな顔をさせるつもりは無かった。嫌とかそう言うわけではない。決して違う。ここが外じゃなかったら直ぐにでも飛び込んでいる。どうしたものかと悩みつつ一歩一歩杏寿郎さんに近付く。抱きしめられる心の準備は出来ていない。


「杏寿郎さん、あ、あの、私が分かりますか…?」

「君は俺の恋人だ……腕を広げても来てくれないが」

「ッッッ、わかりました!わかりました!これでどうでしょう!?」


しゅんとしてしまった杏寿郎さんの顔に耐えられず一気に距離を詰めると胴に抱きついて見せた。
外なのに!恥ずかしい!という思いは必死に飲み込む。
私が抱きつくとようやく安堵したのか、へにゃりと表情を緩めると逞しい二本の腕が私の体に回った。
あ、待って力強い。くるしっ。


「おー、お熱いねえお二人さん」

「うーずーいーさーんー…!」


地を這うような声で原因の彼の名前を呼ぶ。
杏寿郎さんの腕に抱かれたまま、もぞもぞとなんとか体の向きを変えた。今の杏寿郎さんを引き剥がすのは困難なので、しがみ付かせたまま。
後ろに杏寿郎さんを引っ付けた私は宇髄さんと向き合った。


「どうしてこんなに飲ませたんですか!」

「こんくらい飲めるだろ、って言ったら飲みやがった」

「そういうのを世間では飲ませると言います!アルハラみたいなものです!」

「こんなに酔う煉獄も珍しいからな。写真撮るか?」

「私の話し聞いてます!?あ、ちょっと、カメラ向けないで下さい…!」

「よし動画にするか」

「写真も動画もダ、」


ダメですよ、と言う私の言葉は途中で途切れた。
私が言葉を切った訳じゃない。後ろから私を抱き締めていた杏寿郎さんの分厚く骨張った手のひらが私の口元に乗ったからだ。
ぽふ、と乗った手のせいで「んーむむっ」と情けない声が出てしまい宇髄さんがまた吹き出して笑った。

意味が分からず振り返って見れば、そこには眉を八の字にし、まるで弟の千寿郎くんのような顔で私を見る杏寿郎さんと目があった。


「君には俺が居るのに、何故宇髄とばかり話すんだ…?」


ア゛ッッッッッ

寂しい、切ない、悲しい、構ってほしい。
それらの感情を隠す事なく顔に出す杏寿郎さんに私の心臓は握り潰されたような衝撃を覚える。


「ちが、っ…違いますよ!」

「宇髄が良いのか?」


ちーがーう!
酔っ払いというのはどうしてこう人の話しを聞かないのか。改めて訂正する。杏寿郎さんは目元もしっかりしているし足元もちゃんとしているが酔っている。とんでもなく酔ってる。


「おっ、何だ俺がいいのか?煉獄に飽きたらいつでも来い。派手に貰ってやる」

「楽しそうに余計なことを言わないでください!いま絶対面白がってますよね!?」

「当たり前だろ超面白えわ」

「あー!もう!」

「やはり君は宇髄が良いのか…」

「違います!」

「だが!君が俺に飽きたとしても俺は君と別れない!」

「杏寿郎さん!苦しい!力すごい!」


ぺしぺしと腕をタップする私と、「別れない!」と声を上げ締め上げるかのように私を抱き締める杏寿郎さんと、ポコンと音を立てて動画撮影をスタートする宇髄さん。何撮ってるんですか。

周りの行き交う人達の視線が痛い。飲み会帰りの人達から仕事帰りの人達まで。怪訝なものや冷やかしの目。ありとあらゆる視線が集まっているのが分かる。


「もう!杏寿郎さんしばらくお酒禁止!!」


そう叫ぶのが精いっぱいだった。



禁酒命令



「おはよう!いい朝だな!」


あれだけ飲んで酔っ払っていたというのに何故翌朝には全快しているのか。彼の肝臓の分解力は一体どうなっているのか。色々言いたいことはあるが私は少し頬を膨らませると「おはようございます」と言葉を返した。


「二日酔いは大丈夫ですか?」

「ああ!問題ない!昨夜の記憶が少し朧げではあるが!」

「覚えてないんですか?」

「断片的だな!帰ってくるまでの記憶がほとんど無いが何事も無かったようで良かった!」


溌剌とそう言った杏寿郎さんに私は眉を寄せた。
何事も無かった訳がない。ありすぎた。

駅で宇髄さんと別れた後、家に帰る間もひっつき虫状態。更には「君にだけは嫌われたくない」「別れたくない」と連呼するせいでハタから見たら別れる気満々の彼女を縋って止める彼氏の絵面だった。
帰ってきたら帰ってきたで、泥酔した状態でのお風呂は危ないからせめて温めたタオルで身体を拭こうとしたらそのまま押し倒された挙句、私の上で寝始めたのだ。そこから抜け出すのも、ベッドに連れて行くのも、どれだけ大変だったか。

だから何事もなくない。
ぶ、と頬を膨らませると私はツンとした態度で杏寿郎さんから顔ごと逸らした。


「なまえ?」

「知りません」

「怒っているのか?」

「知りません」

「すまない、君に土産を買ってくるのを失念していたせいだな」


ち が う 。

そんな事で怒ってない。
お土産が無いからという理由で怒るような女じゃない。本人は肝心の記憶が無いせいか「一緒に買いに行こう、何が食べたい?」とニコニコ聞いてくる。私の視界に入ろうとする杏寿郎さんは爽やかでかっこよくて、余計に頬が膨らむ。

その時、


「うん?」


杏寿郎さんのスマホがブブッと震えた。スマホを覗き込んだ杏寿郎さんは「宇髄からか」と呟く。スッスッとスマホをいじる杏寿郎さんをチラリと見た。私は宇髄さんが何を送ってきたのか、すぐに察した。


「動画?」


キョトンとした様子でタップすると部屋中に

『俺は君と別れない!』

という音声が響き渡った。杏寿郎さんには動画で様子も見えているのだろう。面白いくらいに彼の目が見開かれて体は硬直していた。

『杏寿郎さん、苦しいです!』という私の声も聞こえてくる。『もう帰りましょう!ね!』『宇髄の所に行かないでくれ!』という全く噛み合わない言葉の応酬と、僅かに聞こえてくる宇髄さんの笑い声。

ようやく私の態度の原因を理解したのか、酷く動揺した様子の杏寿郎さんと目が合った。

さて。
お詫びを込めた昨日のお土産には何を買ってもらおうか。



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煉獄さんが二日酔いするのも良いけど、翌朝には全快してて記憶はしっかり失くしててもいい。

七夕関係なさすぎた。

2022.07.07



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