「好きです!!」
この言葉を言われるのは初めてじゃない。
もちろんそれは私が綺麗だからとか、可愛いからとか、そんな理由じゃない。私という人間は平均的で一般的だと思う。
隊服が土と血で汚れた男性の隊士は、包帯を巻いたばかりの両手でしっかりと私の手を握っている。
しのぶ様の継子になってどれほど経ったか。毒のことや薬のことは勿論、人の治療に関しても学んだ。医療を学んだ私は鬼と戦うこともあるが、どちらかと言えば治療班として赴く方が多かった。
鬼と戦い、命のギリギリまで追い詰められた隊士達は非常に危うい精神状態です。
そんな状況で自分を治療してくれる女性に心を奪われてしまう隊士は少なくありません。
いいですかなまえ、彼らはその極限の状況のせいで錯覚をしているだけです。勘違いをしないように、決して流されないようにしてくださいね。
いつだったか、しのぶ様がそんな事を教えてくださった。
しのぶ様のいう通り、治療に当たるようになってから今目の前にいる彼のように、想いを伝えてくる者は多かった。ただ一つ言うならこんな大勢の前で公明盛大に言われたのは初めてだ。
「えっと…」
そしてもう一つ加えさせてもらうなら。
私の恋人である炎柱もとい、煉獄さんの前で言われるのも初めての事だった。
「あなたの事が好きです!」
背中を冷や汗が伝った。煉獄さんが、物凄く目を開いてこちらを凝視しているからだ。ただでさえ眼力が強いと言うのに、文字通り穴が開きそうな強さで見つめてきている。
運が悪かった。煉獄さんが先陣をきっていたこの任務でこんな事になるなんて。そろそろと視線を彷徨わせ、しのぶ様と目が合った。
助けてください…!
祈るようにしのぶ様を見つめた。だが。
「なまえ、私は向こうの方々の手当てに周りますね」
嘘、待って。
しのぶ様、と名前を呼びかけたがヒラリと飛ぶ自分の師匠。口元に笑みを浮かべ、蝶が舞ったかのように衣を羽ばたかせると、あっという間に見えなくなった。
めんどくさいと思われたのか、面白がられたのか、どちらか分からないが。結論的に私は孤立無援の状態だ。
「あの、ですね…」
お互いの仕事の為、立場の為と、煉獄さんと恋仲である事を伏せて過ごした罰だろうか。
もちろんこの男性の気持ちは断る。今までだってそうしてきた。たまに我に返って「忘れてください!」という人もいたが、この人はどうだろうか。
「本当に好きなんです!」
あ、ダメねこれは。
絶対我に返ったりしない。
ともなれば私が断れば終わる話しなのだが。どうにも野次馬が多すぎる。こんな大勢の前で断って大丈夫なのだろうか、この人は恥をかくんだろうか。そう思うと言葉を発する事が出来なかった。
「俺以上にあなたを想う人間いないと思います!」
「え、えぇ…!?」
気持ちが昂ったのか、ぐいっと手が引かれる。途端に近くなった距離に思わず身を逸らそうとした。
「それは聞き捨てならんな!!!!」
鼓膜をビリビリと振るわせるような大声に身体が跳ね上がった。
驚いたのは私だけじゃなく目の前の隊士も同じだったようで。肩をビクリと振るわせると同時に私の手を離したのだった。
声の主は他でもない。
「え、炎柱様…!」
「君の想いは分かった!!だが君以上に彼女の事を想う人間は他にもいる!!」
大股でズカズカと歩み寄ってくると、すぐ間近に立つ。見下ろしてくる瞳は隊士では無く、私を映していた。私は何も言えずその瞳を見つめ返した。
「…あ、あの、炎柱様、それは一体」
隊士の言葉に煉獄さんは口を開かない。ただただ私を見つめる。
分かっている。彼が何を言いたいのか。恋仲である事を伏せようと言い出したのは私だ。内緒にしようと、約束を取り付けたのは私だ。
煉獄さんは私との約束を破らず、でも言い寄られる私を黙って見ていることも出来ず。待ってくれている。そういう人だから、そういう所が、全部、私は
「煉獄さんです」
一緒にいたいと、思える人。
「私を想ってくれる人、この世にいるどんな人よりも、強く強く私のことを想ってくれる人」
見つめ合ったまま私がそう言うと、煉獄さんはやっと目を細めにこりと笑みを見せてくれた。「待っていた」と言わんばかりの笑顔に私はほっとする。
とうとう言ってしまった。周りの隊士達がどよめくのが分かる。どうしようこの状況、と思ったのも束の間。
「そういう事だ!!」
「え、わっ…きゃっ!」
伸びた二本の腕が私の身体を引き寄せてそのまま抱え上げる。落ちまいと必死になってしがみついた私の目の前に見えたのは炎のような髪だった。
「すまないが、俺は少しなまえと話がしたい!!胡蝶には言っておいてくれ!!」
「あの煉獄さん、!?」
「行くぞ!君には話したい事が山ほどある!!」
まるで子供を抱えるかのように抱き上げてそのまま歩き出してしまう煉獄さん。
肩越しに見えた隊士達は頬を染めたり、きゃあきゃあと色めきだったり様々で。その中で一人、私を呆然と見つめる彼と目が合った。
ごめんなさい
「それから、ありがとうか」
「うっ」
「実に君らしい断り方だな!」
「ご、ごめんなさい…っ」
どこまで歩こうと決して離してくれず、ようやく木の根元に腰を下ろした。だが、それでも煉獄さんは私を手放さず、足の上で横に抱いたままで、ぎゅうぎゅうと抱きしめていた。
「君がいつまで経っても断らないから正直焦っていた」
静かに、ぽつりと呟いた煉獄さんは私を見下ろしている。焦らせるつもりも、不安にさせるつもりも無かったのに。
「断るつもりではいたのですが…大勢の皆の前で断るのはどうなのかと考えてしまって」
「…」
「不安にさせるつもりは無かったんですよ…?」
本当に、嘘じゃないです。と言って胸元に頭を擦り寄せる。この人が一番だ。どんな人が相手でもこの人にだけは、煉獄さんにだけは絶対に敵わない。
「愛いなあ」
「えっ?」
顔を上げると同時に額に口付けられる。
ぼぼ、と音を立てて頬に火がつく音がした。
「うむ、愛い!」
「あの、れ、煉獄さん…!」
「実に愛い!!」
そう言って私を抱き込んでしまう煉獄さん。静止なんて聞かないだろうし、しばらくはこのまま離してくれないんだろうな、と察してしまう。しのぶ様お一人で大丈夫かな、と考えるが煉獄さんを引き離すことも出来ず。
この両腕に包まれるとどうにも心地よくて。そっと抱きしめ返すと私は目を閉じた。
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自分の継子を連れ去った挙句、隊士の治療を丸投げされたしのぶさんが、この後煉獄さんをめっちゃ正座させる
2021.1.1