妻の照れた顔がたまらなく好きだ。
なまえは恥じらったり照れたりすると頬を赤らめ視線を彷徨わせる。両手がもじもじと忙しなく動き、俺の様子を伺うようにチラリと目線を上げる。その時に目が合うとまだ赤くなるのかと言うほど頬を火照らせてほんの少し膨れっ面をして顔を俯かせてしまう。そんな彼女の様子を見るのがどうしようもなく好きだと言ったら宇髄に少し引かれた。全くもって不可解だ。照れた妻なんて愛らしい以外の何者でもないだろう。何故引かれたのか不可解。


「心労には人との触れ合いが効くらしい」


ふとそんな事を言った俺を彼女はキョトンとした顔で見つめてきた。愛い。「触れ合いですか?」と不思議そうに呟いた彼女にニコリと笑いかけるとなまえは首を傾げて見せた。愛い。

ちなみに言うとだが今のは嘘だ。
嘘と言うと外聞が悪いが、医学的な面で万人に効くという確証は無いと言う意味だ。そんな事は露知らず畳の上に正座していた彼女は「触れ合い…」と何やら思案するように呟いている。俺は体制を変え彼女と向き合うとそのまま両腕を広げた。


「試してみても良いだろうか?」

「えっ、私でよろしいのですか?」


君以外に一体誰がいると言うのか。
妻を差し置いて触れ合う相手などいるはずないというのに。「わかりましたっ」と何やら意気込むと手をついてスススと近付いてくるなまえはやる気に満ちている。む、これは予想外。なまえが照れない。などと思っていたらなまえが身体を寄せて俺の胸元にぎゅむと抱きついた。そっと背中に添えられた柔らかな両手に思わずヒュッと息を吸う。
想定外。いつもならこちらから抱きしめようものなら首筋まで赤くしてしまう妻が。自分から。自分から。


「杏寿郎様、いかがですかっ」


胸元で顔を上げたなまえと目が合う。ふんすっ、と何やら達成感に満ちた顔をする妻。これは。もしかしなくとも。妻は医療行為だと信じている。それどころか「効いてきましたか?」等と聞いてくる程だ。心配だ。俺が言うことではないがこんな言葉で容易く騙されて触れ合ってしまう妻がとても心配だ。「心労が減ると良いのですが」減った。間違いなく減った。そして愛い。こんなにも呆気なく騙されてしまう妻が愛い。


「杏寿郎様?」


黙ってしまった俺に胸元の妻がキョトンと首を傾げた。何とも言えない邪念の無い清い顔に当てられ、顔が赤くなってしまったのは俺の方だった。ぶわっと熱くなった顔と、緩みそうになった口元を隠すため手のひらを充てる。そんな風に隠してみたところで俺の赤みに気付いてしまった妻はぽかんと口を半開きにさせたあと、ぷるぷると唇を震わせみるみるうちに顔を朱に染めた。
いかん、気付かれた。


「きょ、杏寿郎さま…ま、まさか、嘘を…っ」

「いや、なまえ」

「う、嘘ですね…!?」


そう言ってばっと離れようとした妻より早く両腕で彼女の身体を抱き締める。ここで逃してしまうわけにはいかない。ここでなまえに離れられてしまったら今日は間違いなく距離を置かれる。なまえは過度に羞恥すると少し膨れてしまうのだ。拗ねた顔で顔を赤くして逃げ回る彼女を容易く想像できた。それもまた可愛らしいと考えたのは黙っておこう。「杏寿郎さまっ」と抗議の声音で俺の名前を呼びながらなまえはぺしと背中を叩く。


「いっ、一旦離してくださいませ…!」

「断る!抱きついてきたのは君だ!」

「っ!騙したのは杏寿郎様です!」

「正論だな!すまない!俺が悪い!」


即座に謝罪すればなまえは何も言わずにぺむぺむ俺の背中を叩き続ける。彼女が今どんな顔をしてるのか見ずとも分かる。首筋まで赤くして、むすっと膨れっ面でまるで子供が拗ねるような顔をしているのだろう。想像しただけで笑みが溢れた。


「不思議だな、本当に心労が減った!」

「も、も、もう騙されませんからねっ」

「本当の事だ!すごいな君は!流石俺の妻だ!」

「…〜っ!」


ぺむぺむが早くなる。照れている照れている。いつまでも抱き締めていたいと思いつつ、彼女の身体を解放した時なんと詫びようかと考える。きっとなまえは怒ったフリをするだけで本質は照れているだけなのだが。ああだが、そうだな。やはり俺はなまえの照れた顔がたまらなく好きなので身体を離したらまずは謝罪することにしよう。妻の顔をじっくり見ながら。







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好き過ぎてサラッと嘘をつく夫と、毎回毎回サラッと騙される妻
懲りない夫と、本気で怒ることが出来ない妻

2023.02.27



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