「私どうしても納得出来ないんです」


あれで懲りるかと思っていたのだけど私の考えはどうにも甘かった、もとい私のおもてなしは足りていなかったようで。目の前の鬼狩りの女性を前に私は眉を寄せた。

昼時を過ぎてさあそろそろ本日もこの店が賑わいを見せるぞ、という時間帯に彼女はやってきた。相変わらず乱暴に開けられた店の引き戸。品がないと言葉にしかけたが寸前で飲み込んだ。煉獄様は今日は見えていない。またあの方を巻き込むような事にならなくてよかったとは思うが、それはそれとして今日は一般のお客様が既にちらほらと来店されている。開店前から待ってくださっている大切な方々だというのに。その中で「納得いかないです」と自分勝手な事を言う女を私は目を細めて見つめた。


「あなたに納得していただきたいと思ってません。事実をお伝えしただけのこと」

「だからその事実が納得いかないんです!」

「あらそう、大変ね」

「だっ、だって炎柱様、以前『俺に特定の女性はいない、今は身を固めるつもりもない』って言ってたんだもの!」

「あなたと身を固めるつもりは、という意味では?」


ふふと微笑むと女は相変わらず眉を釣り上げる。それにしてもそうか、煉獄様が先にそういうお話しをされていたのか。だとしたら確かに先日の私の言動は辻褄が合わなくなってしまうのは確かだ。

二人がそんな話しをしていたという事は先日の騒動よりも前から、この甘味屋以外でも煉獄様に言い寄っていたのかこの女は。と少しだけ胸に不快な感覚が募る。


「だから証拠を見せてください」

「証拠?」

「炎柱様とあなたが恋仲だという証拠です!」


女の一言に周りにいたお客様がザワザワとし始める。それもそうだ、これまで私には色恋の話しなど一切無かった。噂すらない。そんな私に恋仲の相手がいるというあまりにも面白おかしい情報にお客様達が聞き耳を立てられているのが分かった。

流石に困った。いや正確にはこの女を追い返そうと思えば追い返す事はできる。しかし問題は煉獄様がこの場にいない状況で私が好き勝手に話しを捏造して良いものなのかという事だった。煉獄様だってきっといい思いはしていないだろう。たかだか甘味屋の顔見知りの店員に自分との関係をでっち上げられて。

ここはもう、店で個人的な話しはこれ以上しない、営業妨害をするなら帰ってくれという正攻法でいくべきか。しかしそんな事をしたらきっとこの女は「それ見たことか」と勝ち誇った顔をするに違いない。それはどうにも許し難い。

そして何より煉獄様だ。あの優しい方に対しこれ以上言い寄るような真似、どうにも許せそうになかった。


「あはは、ほらやっぱり!なにも証拠が無いんでしょう」

「…」

「炎柱様があなたみたいな鬼殺隊の苦労も何も知らないような人選ぶわけがないもの」

「あなたね先程から大人しく聞いていれば、」


そこまで言いかけた時、ガラリと店の引き戸が開いた。そこには色んな意味で来てほしくもあり、今来るのは悪手でもある煉獄様がいらっしゃった。彼の状況を把握する速度は早かった。戸を開けたばかりの時は僅かに目を瞬かせて見せたが、私たちと店のお客様達の状況を一目見ると、スッと静かに目を細めた。

「炎柱様っ」と嬉々とした甘い声を出す女に私は一瞬眉を寄せた。駄目だわ、どうにもこの女が不愉快。煉獄様の元へと駆け寄る彼女を見て、先程よりも不快指数が伸び上がるのが分かった。


「あの、私この前のお話しがどうしても気になって、お話しをしようと思って、」

「なまえさん」


私への態度は何だったのかと思うくらい、まるで純粋な少女のような声を出す女。これだから女は怖いのだ。と溜息を吐きそうになったが、驚くことに煉獄様はそんな女を視界にも入れず私の名前を呼ぶとスルリと女の横をすり抜け私の前に立った。


「先日はすまなかった」

「え?」

「俺としても考えてみたんだが、やはり君じゃないと俺はどうにも出来ないようだ。君が必要だ」

「…」

「嫌なら拒絶してくれて構わない」


何の話しをしているのか、と思ったがその意図をすぐに察した。「おお!」と湧き上がるお客様達には申し訳ないが、煉獄様はいま私に協力を打診しているのだ。私と一緒にまた嘘をついてくれ、と。嫌ならこの場で本当の事を言って拒絶して構わないと。そう言ってくれているのが分かった。

他の方達にはきっと恋仲の二人が喧嘩をして詫びを入れに来た男のような図に見えているのだろう。

で、あれば私としても打つ手は一つ。
ふふ、と柔らかく笑みを浮かべると煉獄様の手を取り両手で握りしめた。


「私こそ先日は急な事とは言えごめんなさい。杏寿郎様に嫌われてしまったらどうしようと悩んでいましたの」


困ったように微笑み声は僅かに震わせて、安堵と切なさを滲ませる。「会いに来ていただけて嬉しいです」と言って自分の頬に煉獄様の手を運ぶとスリと頬擦りを一つ。湧き上がる客の声はもはやこの状況を打破するための声援でしかない。

口が達者だと言われてきた私に出来ない事などない。すすす、と煉獄様の元へと寄るとまるで胸元に寄り添うようにして立った。


「杏寿郎様、聞いてくださいませ」

「どうした?」

「私たちに少し距離が出来ただけだというのに、あそこにいる女性の方がそれを酷く邪推してきまして…」


しゅんと眉を下げつつ煉獄様には伝わるように告げ口する。「あのなまえちゃんが泣いたぞ…っ」とどよめくお客様達。泣いてはいないのだけれど「あの」とは一体どういうことか。


「俺が君を一人にしてしまったせいだな、すまなかった」


そう言って煉獄様は私の頬を指で撫でた。まさかそんな事をされると思っていなかった私は、少しだけ驚いて顔を上げるとあまりにも優しく、そして愛しい者でも見るかのような熱の帯びた瞳をする煉獄様に、思わずカアと頬に熱を持たせてしまった。

待ってください、煉獄様、協力するとは決めたけれど、先日と比べて芝居の質が随分と向上されております。待ってください。

顔には出さないように心がけたのだが、動揺を察知したのか煉獄様はまるで私の顔を隠すかのように自分の胸元へと引き込むと優しい手付きで頭を撫でてくださった。待ってくださいませ。


「しょ、証拠を見せろと、言われて…私っ」


煉獄様に主導権を握られないように空気を作ってみるが正直頭の中はてんやわんやしてしまっている。「証拠か」と一言呟くと煉獄様は女に振り返った。


「これが全てだが何か足りないだろうか」


スンとした声でそう言うと女は「でも、」と絞り出す。もういい加減に納得して頂きたい。煉獄様の芝居がこれ以上、上達してしまう前に納得して引き下がって頂かないと私の調子が崩れてしまう。それでなくとも胸元に引き寄せられて心臓が落ち着きを失っているのだ。


「君の言う証拠とはなんだ、君の前で何をすれば納得する。まさか人の行為を覗き見るような行いは君の癖か?」


あら。
まさか。煉獄様。
淡々とした声で立て続けに責め立てるような事を言う煉獄様の顔を見上げる。目元が見たことないくらいに冷たい。これはもしかしなくとも、怒っていらっしゃる。

まさか好いた相手から性癖の指摘をさせると思わなかったのか女はカッと顔を染め上げる。そんな事を言われると思わなかったのだろう、私だって思わなかった。だって相手はあのおおらかで優しい煉獄様だ。これは勝った、と確信したと同時に女が店を飛び出していく音だけを聞いていた。相変わらずバシンと力強く閉められた店の扉に溜息を一つ。

数秒後に身体を解放されたと同時に湧き上がる歓声と拍手に若干眩暈がした。


「なまえちゃんそういう相手がいるなら何で言ってくれないんだい!」

「そうだよ知ってればオレ達だって祝いをなぁ!」

「いや、あのですね、今のは」


これは芝居です、と早めに否定しなくてはと口を開いた矢先、私の背後から伸びた腕が肩口を絡めるように巻きつき、グイと引かれる。は?と声を漏らす事も出来ず見上げれば煉獄様がにこりと微笑んでいる。


「騒がせてしまったようですまない!今日のお代は俺に出させてくれ!」

「おおー!いいのかい!」


店の中にいたお客様達が湧き上がる。ここは居酒屋ではないというのに。いやそれどころではない。否定させて頂かないと。盛り上がるお客様達の中で「煉獄様っ」と小声で呼びかけると「ん?」と彼は小首を傾げ私と視線を合わせるように身体を屈めた。


「芝居と言ってくださらないと!困るのはお互い様ですよ!」


もう!と極力小さい声で言うと煉獄様はカラリと笑うと「そんなことか」と呟いた。そんな事ではない。重要なことだ。


「それは難しいな!」

「簡単なことです!」

「俺は芝居を打った覚えがない」

「…………は、?」


たっぷり間を置いて、ようやく嗚咽のように漏れた声。清々しい笑顔を浮かべる煉獄様に思わず目を見開く。芝居ではなかった、芝居では、なかった。ならば先程のセリフも、頬と頭を撫でたあの手も、全て。


「嫌なら拒絶してくれて構わない」

「…っ」


全く同じセリフを言われ、じわじわと顔が熱くなる。なんて狡い人。口が達者だと言われた私から言葉を奪ってしまうなんて。






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煉獄さんは好意を寄せていたからお店に来ていました。
後輩の女に騒がれて来店を控えるべきか悩んでいましたが、彼女が一芝居打ってくれた事でそれなら自分は本音で行こうと決めてます。
書きたいところだけなので割愛しちゃったよ!

2023.04.03



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