僅かな抵抗を続けている。抵抗しているのは私だけでお店に訪れるお客様はもちろん、自分の両親からも祝福されてしまった今となってはこの抵抗に意味があるのかも分からないが。

煉獄様と良い仲という芝居を打ってからどれ程経ったことか。否、芝居を打っていたのは私だけで聞いてみれば彼は最初からそのつもりでいたと言うではないか。そんなの、私は聞いてない。聞いてないったら聞いてない。そういうことだと分かっていたら私は最初から芝居を打ってまで彼をあのお馬鹿な女性隊士から助けようとなんて思わなかったというのに。たぶん。

煉獄様は狡い方だ。先日の一件もそうだが最近この甘味屋に訪れてくださる鬼殺隊の方が多くなった。それは別に有難いことなのだが、訪れる誰も彼もが私を見て「煉獄さんの!」「煉獄の」と言うのだ。桃色の可愛らしい女性の方、綺麗な女性を三人つれた見た目が少し派手な方、ともかく多くの方が足を運んでくださっている。


「煉獄様」

「何だ!」

「何だ、ではありません」


きょとんとした面立ちで首を傾げても駄目です。いつものように来店した煉獄様にお茶とお団子を三十本乗せたお皿を渡しながら私は眉を寄せた。


「君がそこまで難しい顔をするのは珍しいな」

「理由はお分かりでしょう?」

「ふむ。心当たりはある。だが君の話しを聞こう」

「外堀から埋めてくるのは少々狡いのではありませんか?」

「ははは!やはりその事だったか!」


もう本当に埋められているのだ。あの日来店していなかったお客様からも祝福されてしまうし、町の人達からは「祝言はいつだい?」と聞かれる始末。どこまで話しが広がっているのか分からない。煉獄様が鬼殺隊のお仲間にも話を広げていることも含めてみんなが私達をお祝いをする姿勢なのだ。あの日は芝居を打っていてだけで本当のことじゃないと言っても「またまたあ〜照れちゃって〜」と良い笑顔で返されるだけ。もう!


「君にはそれが一番有効だと判断した。だからそうした」

「狡いのではありませんか?」

「そうだな。確かに俺のやり方は狡いな」

「分かっていらっしゃるのであれば…!」

「だから最初に言ったはずだ。嫌なら拒絶してくれて構わない、と」

「そ、それは」

「やめてくれ、と一言そう言ってくれれば俺はすぐに周りにこの話を訂正して回るし謝罪もする。なまえさん、君の一言で全て決まる」

「な、」


そういう所が狡いと言うのに。やめて、と言えば終わると彼は言う。やめて、と言っていないのは他でもない私だ。何も言い返せず視線を落とした。もじもじと両手の指先を絡ませて言葉を探していると煉獄様の大きな瞳が私をジッと見つめていることに気付く。


「な、なんです…?」

「いや、そういう顔を見せる君も中々に狡いと俺は思うが」

「なっ!ふ、普通の顔です…!」


咄嗟に両手で頬を抑える。駄目だわ、やっぱり最近は煉獄様とお話しをするといつもの調子を崩されてしまう。口が達者と言われて育ってきた私が彼を相手にすると何一つ返すことが出来なくなってしまう。


「俺が君を好いているのは本当だ」

「な、何を」

「君を好いていたからこの店に何度も足を運んだ。全てなまえさんに会いたいからだ」


淡々と言葉を紡ぐ煉獄様に私は本当に何も言えなくなる。だって今まで何度もお会いしていたけど、そんな素振り一度もしていなかったから。あの例の女性隊士との一件があってから急激に煉獄様は変わられたように思えてしまう。


「もう一つ白状するなら、俺は君のことは諦めるつもりだった」

「え?」

「俺は鬼殺隊の人間だ。間違いなく君を困らせる。だから諦めたほうが君の幸せにもなるだろうと思っていた」


諦める、困らせる。その言葉が少しだけ胸を締めた。「まあ!君が俺の腕に自分の腕を絡めてくれた瞬間からそんな事はどうでも良くなってしまったがな!」と大きな声で続ける煉獄様にそっと声をかける。


「…煉獄様は、」

「ん?」

「もしも私が何もしなかったら、関係はこうはならなかったと言いますか?」


彼の瞳が僅かに大きく開かれた。私があの時困る彼に何もしなかったら、助けたりしなかったら彼が私に執着することも無かったのかもしれないと思うと。それは何だか不服でつまらなくて、寂しいとすら思えた。


「分からない」

「え、」

「もし君が俺を手助けしなかったら、その未来自体がもう無い。だから分からない」


なんて言ってもらえることを期待したのだろうか。「それは確かにそうですね」と口では言って微笑んでおきながら胸の内のどこかで寂しさを感じる。嫌だ、私ってこんなに面倒くさい女だったのかしら。大体この状況をまだ認めていないくせに求めるものは求めるというのか。そう思うと自分自身に対して溜息すら出てこなくなる。


「君は存外思っていることが分かりやすいんだな」

「何のことでしょう」

「好きだ」


シラを切ってニコリと微笑んだのも束の間。不意打ちすぎる愛の言葉にグッと言葉が詰まる。そんな私を見て煉獄様は嬉しそうに顔を綻ばせた。


「関係が変わったのかどうかは分からないが、俺が君を好きだと言う気持ちは変わらなかっただろうな」


これまでこの店で幾度となく困ったお客様や、迷惑な方を対応してきたけれど、今回ばかりは自分の口が思ったように動かなくて困る。本当に困る。


「もう、あなたという人は」


困ると思っておきながら彼の言動一つで先程まで感じていた寂しさなんてあっという間に無くなってしまう。


「ところでなまえさん」

「はい?」

「俺が注文した団子は二十本だったと思うが、皿には三十本乗っているな?君が間違える訳もないと思うが。よもやこれは今日が俺の誕生日だからだろうか!」

「そ、そういうことは気付いても言葉にしないでくださいませ!」

「やはり君は優しい人だな。一緒に食べよう!」


隣の空いた椅子をぽんぽんと叩く煉獄様にお団子のことを言い当てられてしまった私は顔がつい熱くなる。だって仕方がないじゃない。この店に来てくださる鬼殺隊の方々が煉獄様の誕生日の日をこれでもかと言うほど私に教えてくださったのだから。特に桃色の可愛らしい女性の方。あの方は私の手を両手で取って「煉獄さんの誕生日!五月十日なんですよ!」って熱心に伝えてくるんだもの。そんなことをされているのに知らんぷりなんて出来るわけがない。


「わ、私は今仕事中ですので、煉獄様お一人で」

「良いのよなまえ、お店は私とお父さんに任せて煉獄様とお茶してなさ〜い!」

「もうお母さん!何言ってるの!ちょっと、何その笑顔!やめて!」


にっこり、と言うよりは、にんまりとした笑顔を見せる母。それに乗じて店内にいた常連のお客様からも「なまえちゃん相変わらず照れてるね〜」や「流石のなまえちゃんも煉獄さんには勝てないか〜」と冷やかされる始末。いつの間にお店の常連さん達と仲良くなったのか常連の皆さんから「煉獄さん」と呼ばれ親しまれているのも少し納得がいかない。


「煉獄さん今日誕生日なのかい?」

「なら俺たちからもお祝いの団子贈らなきゃな!」

「煉獄さんに団子十本追加で頼むよー!」

「むっ!これは申し訳ない!皆さんに気を遣わせてしまった!」

「いいってことよ!」

「なるほどなぁ〜、だから昨日からなまえちゃんはそわそわしてたってわけか!」

「し、してないったら!」

「よもや!そわそわしていたのか!!」

「ッ、していません!!」


やいのやいのと賑わう店内で声を荒らげながらも胸の内が満たされたように暖かくなっていく。感じていた寂しさなんて始めからなかったかのように溶けてしまっていて。自分の気持ちに気づいてはいるが、僅かな抵抗。このことはまだ暫くは知らぬフリをしておくことにしよう。



寿2023


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また今年もお誕生日おめでとうございます。
美味しいものを食べてずっと元気で笑顔でいて欲しい。

嘘から出たなんとやらの後日談も含めて。
この後すっごい小声で「お誕生日おめでとうございます」って言うので煉獄さんはにっこにこになる。
2023.05.10



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