思えばずっと傍にいてくれたように思う。

母が亡くなった後も、父が塞ぎ込んでしまった後も、あの人はなまえさんは俺たち兄弟の面倒を見て、困ることがあるとすぐに駆けつけてくれた。

自分より少し年上なだけなのに物腰がとても柔らかく。母とよく言葉を交わしているのが印象的だった。男だらけの家庭だったからこそ、母も彼女との時間を楽しんでいたのではないだろうか。

父もなまえさんに対する態度は何処か違う。それはきっと相手が女性ということもあるが、なまえさん自身が母の親族の遠縁ということもあり、立ち振る舞いが似ている時があったからだろう。


「杏寿郎さん、我慢する事が必ず正解であるとは限りませんよ」


母を亡くし、父が塞ぎ込み。泣くまいと歯を食いしばって耐えていた俺にそう声を掛けてくれたのはあの人だった。母と約束をしたから、弟がいるから、と言い続けていた俺に彼女はいつも優しく微笑んでくれた。


「いい考えがございます、…ほらこうしてしまえば見えませんよ」


真っ白な敷布を頭の上からパサリとかけて「なまえはここに居りますから」と言って布ごと俺を抱きしめてくれた彼女が居たからこそ、泣く事が出来たような気がした。


「見合い、ですか」

「ええ。親からいい加減にと諭されてしまいました」


困ったように笑う彼女の手には洗濯物。稽古の休憩中だった俺は手ぬぐいで汗を拭きながら彼女を見た。

見合い。確かになまえさんは世の婚姻における適齢期を過ぎてしまっている。だからといって彼女に魅力が無いのかと聞かれたらそういう訳ではなく。街に出ると振り返る男が多いのを俺は知っている。年齢も相まってか、なまえさんには清廉された透明感があるように思った。

微笑むと可愛らしいというよりは、美しい。

そんな彼女が婚期を逃し今も独り身でいるのは間違いなく煉獄の家のせいだろう。


「あの、…申し訳ありません」

「杏寿郎さんに謝られてしまうと悲しくなってしまいます」

「え、」

「私は私の意思でこの家に足を運んでおりますので。謝られてしまうと、私の気持ちが行先を無くしてしまいます」

「ですが、」

「杏寿郎さんにとって、私はご迷惑でしたか?」

「そんな事はありません!!」


声を張るとなまえさんは微笑んで「良かった」と呟いた。

もう長いこと傍に居てくれている。いつの日か必ず柱になる、と言った俺の言葉を少しも疑わず。微笑んで見守っていてくれる。


「見合いは、受けるのでしょうか」


どこの男かは知らないが、彼女を娶りたいと思う男は必ずいる。断言できる。彼女が見合い相手を探したら、その瞬間から山のように押し寄せること。我先にと彼女を手にしたい男が多い事。金を出す男もいるだろう。それだけ魅力がある。

知っている。幼少の頃より近くで見ていたのだから。


「受けるべき、なんでしょうね」

「……」


俺を見て微笑む。まるで嫌なことを流してくれそうな、澄み切った笑みだ。

大人びた彼女にいつか届くのだろうか。自分が柱になったら、塞ぎ込んだ父が俺を認めてくれたら、自分の成長に納得できたら、いつか届くのだろうかとそんな事を思っていた。


「杏寿郎さんも随分と大きくなりましたからね」

「そうでしょうか」

「大きく、と言ったらまるで子供扱いですね。鬼殺隊に入り一段と成長されたと思いますよ」


そう言うとなまえさんは立ち上がり先程自分が畳んだばかりの敷布を「ほら、」と声を上げて広げる。いつの日かそうしてくれたように、俺の頭にパサリと布が掛かった。


「昔はもっとスッポリと収まってしまったのに、ふふ」


いつの間にか見上げていた彼女を見下ろすようになっていた。


「立派になられて」

「……では」

「はい?」


楽しげに微笑む彼女の細い手首を掴んだ。

いつか届くのかと思っていた。けれど、それすら叶わなくなるならば。


「それでは、俺では駄目でしょうか!」

「え?」

「俺では貴方の相手にはなれないのでしょうか!」


驚いて目を大きく見開いた彼女の瞳をじっと見つめた。パサリと地面に布が落ちるせっかく洗濯し乾いたばかりのものが土で汚れる。けれど腕を離す事が出来なかった。


「な、何を言って、」

「せめて柱になるまではと思っていましたが見合いをすると言うのなら黙っていられません!」

「じょ、冗談が過ぎます!」

「冗談ではありません!」


母とは違う暖かさ。まるで姉のように慕ってきた彼女に男として恋焦がれるようになったのはいつからか。自分のものにしたいと、自分のものになって欲しいと思ったのはいつからか。


「必ず貴方に見合う男になると約束します!」


彼女が戸惑ったような困ったような顔をした。そんな顔をさせたい訳ではない。決して困らせたい訳ではないというのに。勢い余って彼女の身体を自分の元へと抱き寄せる。

鍛錬の後で汗をかいているというのに気遣う事が出来なかった。それよりも彼女の複雑そうな顔を見ていられなかった。


「俺は貴方を好いている、ずっと昔から、誰よりも強く」


この想いがある限り、なまえさんを手放す事など出来ない。俺はこの人を想っていたいし、この人に想われたいと願ってしまうのだ。







想っても想っても、手の届かぬ人よ。

これ程に想っているのに。これ程に好いているのに。まるであやすようかのように俺の背を優しく叩くその手が、愛おしくて仕方がなくて。

同時に少し。ほんの少し、憎らしくもあった。


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煉獄さんの好みのタイプって母上みたいな人かな、という想像から年上夢主。
5歳くらい歳上のつもり。
やんわり断られても煉獄さんは絶対諦めないと思う。

2021.1.21



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