気持ち悪い、目眩がする。立っていられない。

私の体調不良にいち早く気付いたのは炎柱様だった。「今の君を任務に出す訳にはいかない!」と言われてしまいそのまま蝶屋敷へと送られた。

しのぶ様の診断結果は風邪。単なる風邪にしては熱が高いと言われ、しばらく蝶屋敷に留まるようにと指示があった。今も、薬は飲んだものの相変わらず頭痛が酷く、視界すら朧気な状態だ。

フウフウ、と繰り返す呼吸は荒い。食事もままならない。水分を取るのがやっとの状態だ。ぼうっと、ボヤけた視界のまま天井を見上げていたら悲しくなった。鬼殺隊の癖に体調不良など情けないし、みっともない。おまけにそれに気付いたのが炎柱様だなんて、もっと恥ずかしくなる。

きっと呆れられてしまっただろうな。


「なまえさん体調はどうですか」


ガラリと戸が開く音と共に聞こえてきた声。

しのぶ様だ、と気付き身体を起こそうとしたが熱の高い身体は軋んで痛み上手く動く事ができない。「そのままでいいですよ」と優しい声が響いてぽんぽんと布団越しに身体を撫でられる感覚に安堵した。


「その様子だとまだ熱が高そうですね」

「…申し訳、ありません…ぼうっとしてしまい」


ボヤけた視界の中で薄く目を開いたが、そっと手のひらが乗り視界が閉ざされた。


「その状態では目を開くのも頭痛がして辛いでしょう」

「す、すみません…」

「謝る必要はありません。誰だって風邪は引きますから」


しのぶ様の優しい声に「はい…」と情けないほど細い声音で返答する。ポンポンと私の頭を緩やかに撫でてくれる手はひんやりとしていて少し気持ちがいい。


「暫くはそばに居ますので、なまえさんは眠ってください」

「ありがとう、ございます」


相変わらず熱でふわふわとする意識。数日寝込んでしまっているから快復したら任務に出る為に体力を戻さなくては。ああ、情けないなあ。


「しのぶ様、…私は炎柱様に呆れられてしまったでしょうか」

「…」

「任務の途中で、体調を崩し…寝込むなど…隊士としてあまりに情けなく…」


鬼殺隊の人間のくせに、なんて。そんな事を言う方ではないと分かっているが。こんなに落ち込むのは風邪のせいかもしれない。私は昔から体調を崩すとよく泣いていたらしい。寂しさや、申し訳なさが入り混じって落ち込んでしまう。

ただ、そういった感情を抜きにしても。炎柱様、煉獄杏寿郎様には呆れられたくない。


「炎柱さま、だけには情けないと、思われたくは無いのです…」

「…」

「あの方には、…あの方に、だけは」


私が、敬愛と思慕の念を向けている、あの方には。

体調を崩したと気付いたのが別の人であればよかったのにと思うほど。私はあの方を慕っているから。

私の言葉に何も返してこないしのぶ様。黙り込んでしまったのが不思議で、ゆっくりと瞼を上げると熱で痛む頭を動かし、しのぶ様へと目を向けた。


「え、…」


思わず目を見開く。

しのぶ様ではない。しのぶ様の姿はどこにも見えず、代わりにそこにいたのは。


「炎柱、さま…?」


私の言葉に炎柱様は表情を緩くほぐし、口元に笑みを浮かべてくれる。

いやそんなことはない。

あの方がここにいるはずがない。柱ともあろう人が、風邪で寝込む私のところに来るなど、そんな事はありえない。そういえば私は昔から熱を出すと、幻をよく見ていたと親が言っていた。ああ、きっとこれもそうに違いない。


「私とした事が、熱が…とうとう頭に回ったようです、しのぶ様…」


息が苦しくなり目を閉じる。しのぶ様を炎柱様と見間違うなど。そこまで私の熱は酷いのか、と落胆した。


「炎柱様に、失望されないよう…早く治します」


そう言った私の額に手のひらが乗せられる。まるで撫でてくれるように動くその手は、すごく優しさを帯びているような気がして。


「俺は、君に失望も呆れもしない」


穏やかな声音が耳に響くが、私はその言葉に反応も出来ぬまま眠りへと落ちていった。


…そういえば撫でてくれた手のひらが、先程のひんやりとした小さな手とは違って温かく、どこか武骨で大きいような気がした。







「胡蝶!!!彼女は!!なまえは無事だろうか!!!」


屋敷に来たかと思えば挨拶も無しに声を張り上げられ、ビリビリと響き渡ったそれに冷ややかな笑みを浮かべたしのぶ。そばに居た、きよ、すみ、なほの三人は杏寿郎が息を吸った途端に反射的に両手で耳を塞いだ程だ。


「煉獄さん心配なさるのは咎めませんが声量を落としてください」

「そうか!!!それはすまない!!!」

「私の話し聞いてますか?」

「なまえの病室はどこだ!!見舞いにきた!!!」

「ご案内してもいいですが、なまえさんの病室でその声量で話されたら叩き出しますよ」

「むっ!」

「まだ熱が高くずっと魘されているんです。静かにしてあげてください」

「わかった!」

「あと貴方が来たと知ったら彼女が飛び起きてしまいかねないので、黙って着いてきてくださいね」


厳しく言うと流石に理解したのか黙って後ろをついてくる杏寿郎。そんな彼をチラリと盗み見る。


「そういえば煉獄さんつかぬ事をお聞きますが」

「何だっ」

「よくなまえさんが熱を出していると気付きましたね」

「そんな事か、顔を見れば分かる!」


杏寿郎の返答に「そうですかあ」と当たり障りのない言葉を緩りと返したしのぶ。なるほど、それはつまり顔を見ればすぐに分かってしまうほど常に彼女の事を見ていると、そういう事か。と思いはしたが口にすることはしなかった。

これはなまえの眠る病室を訪れる、数分前のお話し。



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しばらく傍にいる、と言いながら速攻退室したしのぶ様と
煉獄さんの声に備えて反射的に耳を塞ぐ三人娘。

2020.02.04



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