女が一人。洗濯したばかりの衣服が入った籠を持ち、庭へと出る。

籠を両手で抱えたまま青空を見上げ、そっと深呼吸。緩やかに息を吐き出すと、口元に僅かな笑みを浮かべ洗ったばかりの衣服を掛け始めた。ぱん、と音を立てて広げ次から次へと干していく。

今日は天気が良いからお昼を過ぎる頃には乾いているだろう。洗濯物も残りあと少しといった所で下段の竿が一杯になってしまった。上段の竿を見上げるが竿上げ棒が近くになく、しまったと落胆した。

これくらいなら届くだろうか。取りに行けば早いというのに、女は上段の竿へと手を伸ばした。スカスカ、と掌が空を切ったのを数回繰り返した所で溜息をついた。あと一回、手を伸ばして駄目だったら。

もう一度手を伸ばした。ところが、今度こそと気持ちを込めたせいか先程よりも勢いがついてしまい草履が小石に取られ身体が傾いた。


「あっ」


せめて洗い立ての洗濯物だけでも地面に着かないように、とギュッと抱きしめる。すると尻餅を突き掛けた身体を後ろから大きな掌が支えてくれた。 


「おはようなまえ!君はいつも朝が早いな!」

「きょ、杏寿郎さま…っ」


陽の光を受け止めて一層輝く髪の色。鏡のように自分を映す大きな眼。倒れ掛けた身体は彼が支えてくれたのだ。なまえと呼ばれた女はピンと慌てて背筋を伸ばすと「おはようございます」と頭を下げた。


「取りたかったのはこれだろうか」

「あっ、はい…!」


ヒョイと手を伸ばし軽々と竿を外すと「どれ」となまえの手から洗濯物を受け取り慣れた手付きで干していく。


「杏寿郎さま、私がやりますので」

「いや折角だ、俺も手伝おう。干したらこの竿を戻さねばならぬだろう」

「…も、申し訳ございません」

「それに君に怪我をされては困るからな!」

「っ!」


杏寿郎の言葉になまえは狼狽た。はわはわ、と表情を変えながらチラリと杏寿郎を見る。


「いつから、見られていたのです…?」

「君が下段の竿に洗濯物を干し終わった頃からだろうか!」


つまり自分が干し竿に手を伸ばす姿をずっと見ていたという事か。なまえはそれに気付くとぼっと羞恥で顔が熱くなるのを感じた。


「っ…すみません、横着してしまい」


恥ずかしい。まさかあんな情けない姿を見られていたとは思わなかった。


「届かないだろうなとは思っていたが、だがあの一生懸命さは良いものだ!」


褒められているはずが、なまえの頬はどんどん熱を帯びる。「ごめんなさい…」と虫の鳴くようなか細い声で謝るなまえを杏寿郎は見下ろした。耳まで赤くなった彼女はきっと自分の行動を恥じているのだろう。「もう横着は致しません…」とまで言い出したなまえ。まるで親に叱責された子供のようで、それが面白くて、微笑ましくもあった。


「次から困った時は俺を呼ぶと良い」

「え?」

「折角この屋敷に留まっているのだ、そんな時くらい使ってくれて構わん!普段何もしてやれないからな!」

「そ!そういう訳には!」

「ははは!なまえのように手際よくは出来ないが手伝いくらいはできる!」

「杏寿郎さまに、そんな事はさせられません!」

「君は頑固だな!」

「そうではありません…!」


仮にも杏寿郎はこの屋敷の主人だ。そして鬼殺隊の柱でもある。そんな人に家事などさせる訳にはいかないのだ。

いかない、というのに。


「杏寿郎さまには家事などより大切な事が…!」

「なまえ」


張っていた声とは打って変わり、静かに力強い声で名前を呼ばれ押し黙る。


「良いから、頼りなさい」


まるで子供を諭すように。こういう時にいつもの大きな声を出さず、優しい声と笑みを浮かべる杏寿郎は少しずるいのでは無いかと思う。


「…はい」


そんな風に言われては、何も言えなくなってしまう。


「よし!では残りも干してしまおう!」


溌剌とした声が青空に響く。パンとなまえが洗濯物を広げ、杏寿郎がそれを竿へ掛けていく。一人でだったらもう少し時間がかかっていたであろうそれも、二人でならすぐに終わる。

干し終えた竿を杏寿郎が上へと掛け直す。緩やかに吹き込む風に洗濯物がパタパタと揺れていた。


「今日は天気が良いからすぐに乾きそうだな!」

「はい、きっとお昼過ぎには乾いておりますね」


先ほど自分が考えていた事と同じ事を杏寿郎も言う。それが何だかおかしくてなまえが「ふふっ」と小さく笑う。そんな彼女を見て杏寿郎もまた口元に笑みを浮かべるのだった。
 



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