杏寿郎様は大きくて、太陽みたいに暖かい。

そんな方が羽織る炎の羽織りもご本人によく似て、大きくて暖かいものだと私は知っている。私がその羽織りを掛けて貰ったのは初めて出会った時のことだ。

私の腕を掴んで、そして手を引いてくれたその手のひらの強さも、泣きじゃくってしまった私に羽織りを掛けてくれた優しさも全て全て覚えている。

杏寿郎様はあの時「屋敷を構えようと思っていた」と言ったが、それは嘘で。私を引き取るために屋敷を構えてくれたんだとすぐに気付いた。杏寿郎様がいなかったら、駆け付けてくれたのが別の鬼狩り様だったら、きっと今の私はない。


「よいしょ」


干し終えたばかりの洗濯物は太陽の光を吸ってほかほかとしている。肌着や大きな敷布団用の敷物を畳んだ所で一息ついた。

今日は杏寿郎様は休暇だと言うのに隊士の方々の訓練をすると言って外に出てしまっている。

柱である杏寿郎様に休日と言える日は無いに等しい。私と一緒にいる時間もとても僅かなもので、任務の合間や次に鎹鴉が鳴くまでの束の間だったりする事が多い。

本当に貴重な休日なのだから身体を休めてほしいと思う事もあるけれど、杏寿郎様を慕い頼る多くの人達を見ていたら私なんかの気持ちは言うべきでは無い、と心の奥底に留めて置いている。

畳んだ敷物を持ち杏寿郎様の自室へと向かう。これを片付けたら次は玄関の掃き掃除をしなくては。


「あら、」


敷物をしまって、ふと目に入ったのは、あの炎の羽織り。そういえば今日は道着袴を着て出て行かれたなとふと思い出す。

掛けてあった羽織りをそっと手に取ると縁側に座る。ほつれはないか、破けたりしていないか確認した。この羽織りは杏寿郎様にとって大切なものだ。あの方の誇りと言ってもいい。



俺は君を死なせない!!!



不意に思い出したのは始まりの記憶。

死のうと思っていた。父と母の墓を作っている時もずっと、すぐ行くからなんて思いながら、二人の後を追おうとばかり。それが当たり前だと思っていた。杏寿郎様に助けて貰っておきながらなんて罰当たりな、と思われてしまうかもしれないがあの時の私にはそれしか頭に無かった。

あの夜、理由も言わず父と母に連れ出された私。どこに行くのかと聞いても「大丈夫よ」と言うばかりで答えてはくれず。そうして鬼に襲われて、たった一瞬で亡くなってしまった私の両親。

私に対する愛情が無かった訳ではないと信じている。もし無かったら父は私を庇ってない、母は私を抱きしめたまま息絶えてない。周りからも幸せな、愛のある家庭だと言われて育ってきたからこそ。そんな両親を目の前で惨殺され、どうしても生きようなんて、明日を望む事なんて出来なかった。

あの時、たった一瞬で奪われて崩れて、そして真っ暗に落ちてしまった。



君は大丈夫じゃない!それくらい分かっている!



溌剌とした声を発し、死に向かおうとしていた私の道を、陽の光の元へと戻してくれた人。

死なせたくないと言ってくれた人。真っ暗に落ちた私に気付いてくれた人。

手を引いてくれた人。繋いでもらうと安心してしまうくらい暖かい大きな手。豆や傷のあるあの手でどれくらいの人を救ってきたのだろう。

私もその一人。いいえ、今もずっと救ってもらってる。感謝ばかりが胸にあって、この恩はどうしたらあの人に返すことができるのだろうと考えてしまう。

力強く暖かい。どこまでも優しくて、その十分すぎる優しさの中で私は生かされている。


「…暖かい」


差し込む陽の光が、手の中にある炎の羽織りが。

うつらうつら、と瞼が落ちてくる。やるべき事は終わらせたし、夕飯の仕込みももう済ませている。あとはお風呂と、お米と、それから掃き掃除も、…杏寿郎様は夕刻頃に戻られるから、そうしたら…、……



・・・



「うん?」


杏寿郎は屋敷の中の静けさに足を止めた。

夕刻に戻ると言ったが朝から張り切って稽古をし過ぎたせいか隊士達の体力が限界にきてしまった。それならば此処までにしよう、と切り上げなまえのいる屋敷へと戻って来たが、屋敷の中から音一つ聞こえない。

いつもであればなまえが忙しなく動いていて、何か一つ小さな音でも杏寿郎の耳には聞こえるというのに。

外はまだ陽があり当然だが鬼の気配は無い。嫌な気配も血の匂いもしない。さて何処かへ出かけたのだろうか?と門を潜りながら考えた。いやしかし朝出かける前に話した時、なまえはそんな事は言わなかった。

先日の事もあるが。なまえは杏寿郎がいる時に何も言わず出掛ける事はしない。


「なまえ?」


名を呼びながら履物を脱ぎ、彼女の姿を探した。

厨房にもおらず、庭にも姿がない。さてどこだ、と自室の襖を開けた。


「よもや」


開けた先に彼女がいた。

縁側の障子に寄りかかり、すうすうと小さな寝起きをたてるなまえ。穏やかに差し込んだ陽の光がなまえの事を照らしていた。

その姿に杏寿郎は笑みを溢した。

いつも働き者で忙しない彼女が見せた隙。それだけではない。彼女の膝の上に乗せられていた炎の羽織りだ。


「君は困ったものだな」


どうしてこんなに困らせるのか。勿論嫌な意味などではない。

笑い混じりに彼女の元へ歩み寄り近くに膝をついた。閉じられた瞳はしばらく開きそうにない。暖かな陽の光があるから風邪をひくことはないだろう。

桜色の頬に指を伸ばすが、あと少しの所で杏寿郎はそれを引っ込めた。どこかに寝かせてやりたい、叶うなら肩でも貸してやりたいとそう思うが残念ながら稽古後である。身体は汗でベタついている。なまえを抱き上げ何処かに運ぶことも、肩を貸すことも叶わない。

こんな事ならば稽古終わりに早々に戻らず、他の隊士達と水浴びをして汗を流すべきだったと考える。だがなまえのいる屋敷に早々に戻りたかったのも事実。

それならば、と彼女の膝の上にあった炎の羽織りをパサリと広げ肩からかけた。


「ゆっくり休みなさい」


一言残すと杏寿郎は立ち上がる。さて彼女が起きてしまう前に汗を流そう。それから風呂の支度もしておこう。

彼女が目を覚ました時、少しでも一緒に過ごせるように。彼女が家事に追われないように。そう思った。



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