実弥はぼうっと机に頬杖を付き庭の向こうの空を見上げた。青い空に鳥の鳴き声。恐ろしいくらい長閑だと思った。まるで鬼でも居ないんじゃ無いかと馬鹿なことを考えるほど。
すくっと立ち上がると場所を縁側に移し胡座をかいた。杏寿郎という主人がいない屋敷に上がり込むのはどうかと思っていたが、状況が状況だったから仕方がない。非番でもあったしまあ良いかと実弥は一息ついた。
なまえは今、茶の用意をしている。杏寿郎は任務のあと生家に寄るため屋敷には戻らず、聞けば暫く一人だと言う。
杏寿郎はなまえの事を随分気にかけている。それは実弥だけでなく、二人の事を知る者なら誰もが感じている事だった。
囲っている。そんな言い方をしたら失礼だが、そう思ってもおかしくない。伴侶ではない女性のなまえを生家とは別の屋敷に招き入れ、共に暮らしているなど、普通では考えられない事だ。
「まあそもそも煉獄の野郎が普通じゃねえからなァ」
炎のように熱いどころか、実弥にとっては暑苦しい分類に入る煉獄を思い浮かべる。囲っていると言うよりも保護しているという表現の方がしっかりくるような気もする。
なまえはしっかりしている人間だとは思う。だが実弥の目から見て如何にもこうにも抜けた所があるようにも感じていた。
目を離すと何かありそうな、そんな雰囲気がある。そうだとしても一体何故、煉獄杏寿郎がなまえを手放さないのか空を見上げてぼんやりと考えた。その時だった。
「ねえちゃーん!」
「なまえ姉ー!いるー!」
騒がしい声が複数。バタバタと駆け込んでくる音の方に実弥は顔を向けた。色とりどりの着物を着た子供たちがこちらへと走ってくる。
なんだァ?と眉を寄せた時、子供達の中で先頭を走っていた子供が縁側の実弥に気付きビタリと足を止めた。そのせいで後ろから来ていた子供たちが次から次へとぶつかり、尻もちをついた。「お前っ!なんで止まるんだよ」と言いかけた子供たちも実弥の存在に気付くと全員言葉が無くなった。
近所の子供だろうか。全員黙ったまま実弥を凝視している。まるで恐ろしいものでも見たかのように、息を呑み実弥から視線を外さない子供達。
「不死川様、お待たせ致しました……あら?みんな来ていたんですね」
ぴりぴりとした空気の中に、のほほんと現れたのはなまえだ。お盆の上に湯呑みを一つ乗せ、お茶菓子におはぎを持って現れた。実弥のいる縁側へと足を運ぶと「どうぞ」と言葉を添えてお茶とおはぎを差し出した。
実弥はチラリと視線をおはぎに向けた後再び顔を上げる。あの子供達は何なのか、という実弥の疑問に感づいたのかなまえは「あの子達は」と子供の話しを始めようとしたが。
「ねえちゃん!危ねえ!」
高い声がそれを遮った。
「そんな奴の近くにいたらダメだ!」
「え?」
「そんな傷だらけの奴!きっとまともじゃねえんだ!」
「そうだそうだ!」
口々にそう言い、しまいには「なまえ姉ちゃんから離れろ!」とまで言い出した子供達に実弥はチッと舌打ちを一つ。
どうしたものか。せっかく茶を出してもらった所だが、同時に騒ぎ立てる子供達。自分は立ち去るべきだと判断すると何も言わず実弥は立ち上がろう片膝を立てた。しかし。
パン、パンッ
と手を叩く大きな音。子供達はその音に驚き口をつぐみ、実弥も顔を上げた。
「みんな、私の所に来て」
両手で大きな音を立てたのはなまえだった。先程までの、のほほんとした空気が無い。いつもの彼女とは違うどこか真剣な面立ちに実弥は僅かに目を見張った。呼ばれた子供達は顔を見合わせて、そして恐る恐るといった様子でなまえに近付いた。
なまえも縁側から庭に降ると子供ちと視線を合わせるようにその場に屈んだ。
「いいですか、例えどんな事情があろうと人を見掛けだけで悪く言うような事をしてはいけません。それはとても恥ずかしい事だと思ってください」
「で、でもよお」
「でも、ではありません。例えば私の顔に傷があったとして、私はみんなに嫌われていたのでしょうか」
丁寧に、ゆっくりとした口調で子供達に言って聞かせるなまえの横顔を黙って見つめていた。こんな顔もするのか、と思ってしまう。抜けていて、目を離すと何かしそうな彼女が子供達に説いている。
その横顔を「へェ」と頬杖をついて物珍しく見つめていたら、不意になまえが実弥に振り返った。
「それにこの方はみんなが尊敬する鬼狩り様ですよ」
「え!この人が!」
「はい、そうです。それに不死川様はとても強い方なんです」
「オイ、なまえ」
「先生とどっちが強いんだ!」
なまえを止めようとする前に子供達の声に遮られる。先生という聴き慣れない単語に眉を寄せた。
「不死川様、ご紹介が遅くなりました。この子達は近所に住んでる子供達で、杏寿郎様がたまに剣の指導をしているんです」
「煉獄がか?」
「はい、忙しいので本当にたまになんですが、みんな杏寿郎様を先生と呼んでいて」
そう言ってなまえが微笑む。普段自分達によくしてくれているなまえが平然と実弥と話している。その姿を見て子供達も安心をしたのか実弥をじっと見つめ、警戒を解くとそろそろと近付いた。
「なあ、傷の兄ちゃんと先生ならどっちが強えんだ?」
「あァ?」
「鬼狩り様なんだろ!先生みたいに剣が使えるのか!」
「オイ俺は、」
「うわ!すっげー!みんな見てみろよ!この刀の鍔!先生のと違うけどかっこいいな!」
一度警戒が解けると容易いもので。次々と質問をされ、子供達に囲まれてしまった実弥。日輪刀に触れようとした子供の襟を掴み「危ねえだろうがァ」と言って持ちあげれば、今度はその腕力にすごいすごい!と騒ぎ立てる。
子供達の質問攻めと大騒ぎは暫く続き、なまえが「鬼狩り様を困らせたら駄目ですよ」と制しても止まることは無かったのだった。
・・・
「不死川様?大丈夫ですか?」
「…ああ」
結局、子供達が帰るまで相手をし続けた実弥。鬼と戦うよりも手こずったのでは無いかと思う。子供の相手、しかもはしゃぎ盛りの年齢を相手するのは苦手という訳では無かったが、久しぶりの事だったので流石に普段とは違う疲れが出てしまった。
新しくなまえが淹れたお茶を受け取りそれをグッと煽る。緩く淹れてくれたお陰で疲労した身体には飲みやすかった。
「お茶菓子、もう一度ご用意したので良ければ召し上がってください」
そっと出されたおはぎ。実弥はふとなまえを見た。
「おはぎ、お嫌いでしたか?」
「…いや」
「よかった」
そう言って安堵した笑み浮かべるなまえを見て実弥はつられるようにふっと笑った。
「なまえ」
「はい?」
不意に名前を呼んでみる。
先ほどまで青かった空は少しずつ赤みがかり、間も無く夕暮れ時だ。緩やかに拭いた風が汗ばんだ身体に心地いい。
まるで、まるで鬼でも居ないんじゃ無いかと思ってしまうような穏やかさだ。そして、その穏やかさの中心にいるのは彼女のような気がした。
「……そうかァ」
煉獄杏寿郎が、なまえを手放さない理由を見た気がした。
こういう事なんだろうと納得してしまう。屋敷を構えてまで、未だに彼女を守ろうとするのは。
なまえの事を知った時、両親を亡くしたとは聞いていたが、だから何だと思っていた。鬼に家族を殺されたなど、そんな人間は山ほどいる。言ってしまえば自分もその内の一人だと。それなのに何故彼女だけを特別に守るのか理解が出来なかった。
本人がそれに気付いているのか、杏寿郎がどこまで考えているか分からない。ましてや自分の考えと一緒だとも思わないが。
「どうなさいました?」
「なんでもねェよ」
微笑んでこちらを見る彼女の、その暖かさと穏やかさが続けばいいと思った。