突き抜けた青空が眩しいとある日。杏寿郎は父である槇寿郎に呼び出された。

夜からの任務にはまだ時間もあり妹のなまえと過ごす予定でいた。千寿郎も連れて甘味でもと考えていたのだが父からの呼び出しでは仕方ないと計画していた物を全て取りやめ、槇寿郎の自室に訪れていた。

千寿郎はいつも通り家事に勤しみ、なまえはそんな千寿郎を手伝おうと後ろをちょこちょこ付いて回っている。

さて父は一体自分になんの話しなのか。お互いに膝を突き合わせ、向かい合う。今となっては当たり前となった日常だが、こんな風にお互い顔を合わせて向き合うなど昔を考えたら奇跡みたいなものだ。親であり子である自分達はほんの少し前まではまるで他人の様に過ごしていたのだ。

これも全てなまえを引き取ったあの日から全てが変わったのだ。そう思い出し杏寿郎が僅かに口元を緩める。父が目の前にいる。自分に向き合ってくれる。それだけで嬉しかった。


「率直に言う」

「はい」


息子を前に少し考えあぐねていた父が眉間に皺を寄せ、ようやく口を開いた。部屋に呼ばれたものの杏寿郎に何も言わず、難しい顔をしたまま黙り込んでいた槇寿郎。これから父の口から紡がれる言葉を真摯に受け止めようと背筋を正した。


「杏寿郎、お前は身を固めるつもりはないのか」


ピリついていた空気がフッと途切れた。

杏寿郎は父の言った言葉を聞き、ぱちくりと二度瞬きをした。身を固める。つまり誰か嫁をとり、結婚をする気は無いのかと、父はそう聞いてきたのだ。


「ありません」


一瞬呆気に取られてしまったが即座に返答する。

杏寿郎の返答を聞き、槇寿郎はまた難しそうに眉を寄せた。


「何故だ。理由を言え」

「俺は柱です」

「俺もお前と同じ立場で瑠火を娶った」

「ですが俺にはそんな相手はおらず、まだまだ未熟な身。余裕もありません」


息子の返答を聞き眉を寄せる。そういう返答になるだろうと言うのは予想はしていた。色恋に対し特段鈍い訳では無いが見向きしない息子だ。嫁になるような相手もいないだろうと分かっていた。

しかしながら槇寿郎は家長としてこれまで代々続いていた炎の呼吸の継承が途切れてしまう事も危惧していた。

あれほど偽物の呼吸だと切り捨て、くだらないと言っていた物だが、それでも煉獄の家は代々その呼吸を使い、繁栄してきたのだから。

呼吸の使えなかった千寿郎を責めようとは思わない。だからこそ、兄である杏寿郎へとその思いは向いたのだが。


「見合いでも何でも方法はある。お前は愚かでは無い。女の扱いが分からない訳でも無いだろう」

「しかし、父上」

「杏寿郎。言い訳をしようとするな。本音を言え」

「…」


初めて杏寿郎が目を逸らし視線を落とした。

予想はしていた。身を固めろ、と言ったところで「はい、分かりました」と素直に聞く息子では無い。断ってくるのは想定の範囲内。だがその理由を、己が未熟だからというのは腑に落ちない。息子の本音を聞くまでは引かぬ、と槇寿郎は目を鋭くさせた。


「俺は、」


落としていた視線を上げ、再び父を見返した杏寿郎。


「なまえが幸せにならない限り自分が幸福を得ようとは思いません」


やはりそう来たか。

ハア、と息を吐き出す。杏寿郎の顔は真剣そのものだ。なまえを初めて連れて帰って来た時から杏寿郎は幼い妹に対し過保護だった。


「お前は、…あれはまだ幼いだろう」


煉獄家の末娘はまだ幼い。これから歳を重ね、幸せを得る歳になるのは十年以上も先の事となる。


「なまえが嫁にいく時お前は何歳だと思っているんだ」

「単純計算でいくならば大体、三十五から四十くらいかと」

「その歳の男を相手に嫁に来る者などいる訳が無いだろうが」


そもそも杏寿郎は柱だ。短命と言われる立場にいる杏寿郎がいつまで生きていられるのか。息子は強く、剣の才にも恵まれている事は理解している。だがもしもという事もある。

なまえの結婚を待ってから、というのはあまりにも呑気で悠長だ。


「父上、お言葉ですが一つ訂正を」

「…何だ」

「なまえは嫁には出しません」



そ れ じ ゃ あ 話 し が 根 本 か ら 違 う だ ろ う が 。



「……何を言ってるんだお前は」

「なまえは、俺の妹は誰にもやりません」


目が本気。

そこら辺の新米の隊士達ならば卒倒していただろう息子の圧力を前に槇寿郎は目元を手で覆った。愚かでは無いと思っていた息子はだいぶ馬鹿、いや正確にはアホだった様だ。


「なまえに独身を貫かせるつもりかお前は…」

「父上、よく考えてください。なまえが何処の馬の骨とも知れない男の元に嫁ぐなど、耐えられますか」

「…」


杏寿郎の言葉に槇寿郎はふと押し黙る。「父さま!父さま!」とくっ付いてくる、小さく愛しい我が子だ。ふっくらとした頬はいつも南天の様に赤く色付き、くりくりとした瞳で自分を見上げ、楽しそうにまるで太陽のような笑みを見せる娘。その娘が、何処かの男を連れてくる……

いや無理。


「俺と父を超える男で無ければ納得しません」

「……確かにそうだ」


とうとう納得した。

ここに千寿郎が居たならば「納得しないでください」と即座に指摘した事だろう。しかしながら良識と正確な判断力を持った貴重な存在である彼は今、炊事場で夕飯の仕込みをしている真っ最中だ。

槇寿郎は想像してみる。いつか成長したなまえが知らない男を連れて来ることを。「この人と結婚したいの」と言われた日には、もう、


「捻り潰してやりたくなる」

「同じ思いです」


相手どころか、年齢すらままならない娘の将来を想像して父兄の二人は殺意を隠すことなくダダ漏れにさせる。

全くもって想像力が豊かな父兄である。

当初議題としていた、杏寿郎の婚姻について、という話などすっかり忘れなまえの将来について思いを馳せていると襖の向こうから「父さま!杏兄さま!」と愛らしい声が響いた。


「お話し、まだおわらない?」

「どうしたなまえ!」


杏寿郎が襖を僅かに開くとその隙間からなまえが顔を覗かせる。「んしょ、」と頭だけ出してにこにこ笑う姿に父兄は揃って((愛い))と声に出さず思った。


「父さまと兄さまのお話しの邪魔しちゃダメって千兄さまにいわれたんだけどね」


あのね、あのね、と言葉を探す妹の姿に先程までの殺意など吹っ飛ばして杏寿郎は笑みを溢す。


「何だ!兄に言ってみるといい!」

「父さまと兄さまと一緒に遊びたいなーっておもったの」


んふふ、と照れ臭そうに笑った幼な子に父兄はカッと目を見開く。


「よし!遊ぼう!何でもしよう!何がしたい!」

「んーとね、だるまさんがころんだ!」

「よし分かった!兄が達磨なんぞひっくり返してやろう!」


そういう遊びではない。

その場を立ち上がると襖を大きく開き「千寿郎!達磨を転ばすぞ!」と大声で言い放つ。千寿郎のことも誘っているのだ。


「父上もどうですか!」

「俺はいい、お前達で…」


槇寿郎がそこまで言いかけた時なまえがしょぼんと眉を下げた。父とも遊びたかったのだ。断られてしまい、しょーんと肩を落としかけた娘の姿に槇寿郎は間髪入れず「やるぞ」と言い放った。


「ほんと?父さまもやるのっ?」

「父が達磨を地に伏せてやる」


そういう遊びではない。

わあい!と両手を広げて喜んだなまえの頭をよしよしと槇寿郎が撫でる。ぱっと顔を上げ父を見るとなまえは「えへへ」といつものように太陽のような笑みを見せた。


ああ、やはり息子の言う通り。これは嫁にやれんと思いながら小さな頭を撫でた。





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煉獄家全力の、だるまさんがころんだ。
(※父と長男のみ)




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