幸せな記憶で紡ぐ守護霊。
パトローナスとはそういうものだ。幾度を繰り返す中で、積み重なり濃厚になって行く黒曜石の“幸福な記憶”とは、そのまま闇色と過ごす日々のそれだった。だから、黒曜石の守護霊が蝙蝠の形を取るのは、至極当たり前のことだった。


「…………私の?」
「……うん…………使えるんじゃないかな、って……」
「………………残念だけど、ご期待には添えないわ。そもそも、パトローナスを生み出せる程の幸せな記憶なんて、私にはない」

このやりとりももう何度目だろうか。そもそも、何故彼は私にそんな事を頼むのだろうか。
黒曜石は苛付きながらそんな事を考えていた。繰り返す中で度々合った、ダンブルドア軍団への勧誘も、これで両手の指を超える程になっただろうか。その度に彼…ハリー・ポッターは、黒曜石に執拗にそんなことを聞いた。

「そんな……だって君ほど優秀なら、」
「作れないものは、作れないの。それに私はスリザリン、貴方達と馴れ合うつもりなんて欠片もない」

作り出せない訳ではない。それこそ、無言でも紡げる程、彼女にとっては難易度の低い呪文ではあった。問題はそのパトローナスの形姿、つまり翼の大きな蝙蝠のパトローナスを見せたくなかったのだ。

「そんな言い方……」
「私はスリザリン、あなた達はグリフィンドールよ」
「解ってるさ、でもそんな事言ってられる状況かい?」
「そうね、でも、私には関係の無いことだわ」
「………………君って、冷たいよね。いつもそうだ」
「何が言いたいのかしら。喧嘩を売っているなら買うけれど」
「………………もういいよ。君はスリザリンだもんな。」
「ええ、そうよ。出来れば二度と話し掛けないで」

あの人に無条件で護られているくせに。
そう食って掛かりたいのを堪えて、黒曜石は踵を返した。このまま顔を合わせていれば、間違いなく言ってしまうだろうと自覚していたからだ。

『………………羨ましいよ、ハリー・ポッター…………私がいくら望んでも貰えない物を、君は持ってるんだから。』

日本語で零したか細い声は、すぐに無人の廊下に融けて消える。何かを考えるように床に目を落としていた黒曜石は、ふと思い立って湖へと足を向けた。この時間ならば、誰もいないだろう。幽かに揺らいだ心を凪ぐ為に、急く足を抑えながら黒曜石は歩き出した。


「……Expecto patronum……」

誰もいない夕暮れの湖の畔で、黒曜石は杖を降る。杖の先端から吹き出した煙は、やがて緩やかに形を作り出す。それは翼を広げた蝙蝠となって、黒曜石の周りを飛び回り、やがて茜色に染まる空へと融けた。

『…………私の幸福は、教授との記憶。あの人への想いだけで、私は終わらない迷路を歩き続けてる……』
『あの人が生きる未来を創る事、私が命に代えても成したい事はそれだけ……』

この想いは変わらない。
それどころか、重ねる度に大きくなるばかりだった。ループを重ねる度、泣きたくなる程の慕情に押しつぶされそうになる。決して悟られてはいけない、隠し続けなければいけない感情。いつか決壊してしまう前に、すべてが終わればいいと思う。

『……貴方のためなら、私は命さえ惜しくない』

幸せな記憶がある。
だからこそ、黒曜石は茨の道を歩んで行ける。何にも替え難い、宝物の記憶。それはそのまま、彼女を護る守護霊となって、黒曜石の心の中に在り続ける。

『……………………教授。私は、あなたを、』

そしてまた、黒曜石は繰り返すのだろう。
絶望に沈み、希望を望んで、幾度闇色を看取ろうとも。
希った幸福の未来を掴むまで。


瓶詰めの幸福
(それは私だけの秘密の函)


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まぁやっぱパトローナスは蝙蝠だよねって言う。
歩み寄ろうとするハリーと、拒絶する夢主。
時間軸は不死鳥。

結局、ハリーのことは嫌いなままだろうなこの子は。

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