「…………校長、これは、」
「ポッター達が貴女に謝罪したいと、手紙を寄越したのですよ。ですが、言ったところで貴女は会おうとしないでしょう」

黒曜石がホグワーツで教鞭を取るようになって半年ほどが経った日。朝から現校長であるマクゴナガルに呼び出され、何の疑いも持たず校長室を訪れた黒曜石を待っていたのは、かつての同級生であるグリフィンドールの三人組だった。ソファに座り、部屋へと入ってきた黒曜石を見て気まずそうに挨拶したハリーを見て、黒曜石は露骨に眉を顰めた。

「や、やぁ、リン」
「………………校長、」
「貴女の気持ちも多少なり解ります。ですが和解の場を持つことも大事ですよ。あなた達はもう大人なのですから」
「………………何を、謝ると?」
「その……色々だよ。君は正しかった」
「そうね。貴方が頑なに信じようとしなかっただけだわ」

溜息を吐き、三人と対面するようにソファへ腰を下ろした黒曜石を見て、マクゴナガルは席を外した。恐らく、職員室へ行ったのだろう。後に残された四人の間には、気まずい沈黙が流れる。そもそも、対立していると言っていいほど険悪だった仲だ。今更謝られてもどうしろというのか。そもそも何を謝るのか。苛立つ心を抑える様に、黒曜石は紅茶に口をつけた。

「だから、その……」
「誤解していたのよ」
「僕らだって、あの時まで知らなかったんだよ」
「………………結局、何が言いたいのかしら。私に、何を、謝るの?」

何を言っても、何度言っても信じなかった癖に。
言外にそう言われた気がして、ハリーは言葉を詰まらせた。それは尤もな怒りだろうと、ハリーとて自覚している。けれど、あの態度を見てどうして彼女の言葉を信じることが出来るだろうか。最期まで自分を護っていてくれた事も真実なら、憎まれていたことも事実だった。渡された記憶の中で知った真実があったとしても、それでも、闇色にとっては憎しみと憧憬とが拮抗しあう複雑な感情だったことに間違いはないのだから。

「……全部だよ。今思い返せば、君の行動全てが、スネイプ先生の為のものだった」
「………………」
「でも……僕は、嫌われてるし憎まれてるって思い込んでたから……君の言う事を信じられなかった。」
「そうね。記憶を見たのでしょう?それがそのまま、あのひとが貴方に残した真実よ」
「…………君は、知っていたの?」

未来を。
口篭るように呟かれた最後の言葉は、濁ることなく黒曜石の耳へと届く。
どう答えたものか。
今こうして生きている時間は、未来と言うよりは用意された結末だと黒曜石は捉えている。気の遠くなるほどの時間を繰り返してきたからこそ解る、覆ることのない未来こそ「用意された結末」だったのだと。

「………………そうね、結末、という意味でなら……未来を知ってた事になる」
「じゃあ……君は、」
「…………考えてる通りだと思うわ。でも、それを言葉に出して言わないで」
「…………ごめん」

ここから先は、未知の世界だ。もとより未来は未知であるべきなのだから、これが正しい世界の在り方だろう。ただそこに独りだけ、紛れ込んだまま融けてしまった黒曜石という異分子があるだけで。

「私は、貴方が羨ましくて憎かったよ。どれだけ望んでも、私にはくれなかったものだから」
「……君って変わってるね」
「そうね。良く言われるわ」

ならばもう、妬む様な感情で彼を嫌うことも、頑なになる事もやめてしまおうかと、ほんの僅か表情を緩めた黒曜石はため息と共に吐き出した。ハリーは初めて見る黒曜石のほんの僅かな感情に驚き、苦笑いを零しながら言葉を返す。和らいだ空気にほっとした息をつき、ロンが話題の転換をしようと、黒曜石を見ながら弾むような声を掛けた。

「ところでさ、リン、魔法薬学の教授なんだって?」
「ええ。今年度からね。……貴方たちの活躍も聞いてるわよ。」
「いいなぁ、今の生徒が羨ましいよ……」
「ウィーズリー、喧嘩売ってるのかしら。」
「え、いや、そうじゃなくて、あー……君、すごく優秀だろ?だから、君に習ったら分かり易いんじゃないかって」

しまった、という顔をしてあたふたと言い訳するロンに、皆揃ってくすくすと笑う。彼らはグリフィンドールだったから、そう思うのも仕方ないだろうと黒曜石も解っている。和解する、ないしは歩み寄ると決めたのだから、ある程度は許容してやらなければならないだろうとも解っている。

「そうかしら?でも、今の薬学教室、私たちが在学中とそっくりそのまま同じものよ」
「げっ……マジ?」
「ええ。だって、私にとってはあれが魔法薬学の教室だもの」
「…………君って変わってるよね、ほんと」
「何度目よ、それ。」

それに。闇色があの態度を貫いていたから、彼らはずっと、それこそ最後まで闇色のことを嫌っていのだ。自寮の、優秀な生徒として、傍目から見てもあからさまに贔屓されていた自分とはそもそも違うのだからと、黒曜石は改めて自分自身に言い聞かせた。

「………………見てみたい気もするわ。」
「僕も……君があの教室で授業してるって、すごいプレッシャーになりそう」
「緊張感がないと危ないからね。その方がいい事もあるわよ」
「行ってもいい?場所は変わらないの?」
「ええ。同じ場所、同じ教室よ。それが条件だったから」
「…………凄いよ、それって」

自室へ繋がる扉は解錠呪文でも開けない上に、防音魔法や妨害魔法、そして罠も何重にも渡りしっかりとかけてあるから、闇色の存在がバレることはないだろう。そもそも彼女の私室自体、無尽蔵とも言える魔力にモノを言わせて亜空間に切り離してあるのだから、彼らがその存在に気付けるはずがないのだが。

「バカねロン、考えてもみなさいよ。ホグワーツ始まって以来の五指に入るとまで言われた超秀才なのよ?それくらい飲んでもらって当たり前よね?」
「さぁ……ただ、私が教えるならそうしたいって言っただけよ」
「それでマクゴナガル先生が受け入れてくれたんだろ?凄い事だよ、ほんとに」
「そうかしら」

折角、こうして和解する機会が出来たのだから、頑なに拒絶していた彼らからの歩み寄りを拒否する理由は、すべてが終わった今となっては何一つとして無い。

「……君さえ良かったら、また時々来ていいかな。折角、仲直りしたんだし……」
「構わないけど……手が空いていれば、ね。いろいろと忙しいのよ、下級生を受け持ってるから」
「じゃあ、手紙で聞くよ。それならいいだろ?」
「三日前には知らせてくれれば、大丈夫よ。それと、校長にも許可をとってからね」
「うん、分かってるさ。」

結局は、頑なに拒絶していた自分が、近寄り難い冷たい印象を与えていただけだったと、今更ながら黒曜石は気付き、自嘲した。これから、まだまだ長い時を生きるのだから、7年間の隙間はゆっくりと埋めて行けばいいだろう。誤解も、蟠りも、そのうちなくなればいいと思いながら、歩きなれた地下牢教室への道を、靴音を高らかに響かせる黒曜石と三人組は歩いて行った。



雪融けの蕾
(……ほんとに、そのままだね)
(……………ほんとね)
(……あぁ、なんか嫌な思い出が蘇るよ……)
(予想はしていたけど、揃いも揃ってひどいわね……)



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×和解
〇歩み寄り

仲直りするんだったらマクゴナガル校長が間に入るのかなと。
んでぎこちない感じから歩み寄ってくんだと思うよ。

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