数百、数千を繰り返した。
絶望に沈み、それでも諦められずに、何度も、何度も。
終わりのない迷路の中を歩き、彷徨い、そうして辿り着いた出口の先は、

暖かで柔らかな、光に満ちた場所だった。



(ここからはじめる)
(ここからはじまる)



こんな、幸せが待っているなんて、思っていなかった。ただ、あの人の命が助かるのなら、私の命なんて投げ出しても構わないと思ってた。それであの人が生きて、エメラルドの瞳が映す未来の中に在るのなら、それだけで報われるのだと、ずっとそう信じてきた。
だから、戸惑うのだろう。
すべてが終わり、長い夜が明けた今、闇色が隣に在るこの現実に。

「……教授、」
「………………っヒムロ……?」
「…っ、良かった……」
「……何故……」

朝日が射し込み、僅かに照らされる部屋の中。闇色の頭を膝に抱え、涙を流す黒曜石は、搾り出す様に安堵の溜息を吐いた。この瞬間の為だけに、この瞬間を迎える為に、気の遠くなるほどの長い時の中を、黒曜石は繰り返して来た。絶望に沈み、闇色の生命の灯火が消えず残る事、ただそれだけを希い、全てを見捨てて、自らの生命さえ投げ出して、黒曜石は歩き続けた。その果てに迎えた朝日は、ふたつの黒を柔らかに照らしていた。

「……言ったでしょう?」
「あぁ……あの子は、」
「大丈夫……全部、終わらせてくれました」
「……そう、か……」
「私は、貴方を任されましたから……この目で見た訳では無いですが」
「……ふ。用意のいい事だ」

解毒剤や増血剤、ハナハッカ、そのほか諸々の黒曜石特製の魔法薬の数々が、闇色の生命を繋ぎ止めたとはいえ、それでも重傷な事に変わりはない。フェリックス・フェリシスの効果もあるだろう。本来であれば、ハリーに記憶を渡して息を引き取っていた、今まではそうだった。それを好転させ、闇色の生命を救ったのは紛れもなく、彼女自身が作った幸運の液体だった。

「フェリックス・フェリシスですよ。作って、飲んでおいて、正解でした」
「あぁ……そう、か」
「ねえ教授、私、やっと夜が明けた気がします」
「……そうだな。長い、夜だった」

幾千、幾万の明けない夜が終わったのだ。
闇色が彼女の言葉の裏に隠れた真意を汲み取れることは無いだろう。それでも、心底から嬉しそうに、幸せそうな表情を浮かべて言う黒曜石に、闇色はやっとの事で一言だけを返した。
元より、二度と逢えないだろう事を、漠然とながらも悟っていた。
だからこそ、何があろうと、すべてを敵に回そうとも、ただ自分だけを信じていた黒曜石を、誰の手も届かない安全な校長室に閉じ込めて死地へと向かったのに。それでも黒曜石は幸運の液体の力を借りて、自分を追い掛け、闇の帝王さえ出し抜き欺き、こうして生命を救われたのだ。

「……動けぬ、か」
「増血剤がまだ間にあってないんです、そんなすぐには動けないですよ……」
「あぁ……」
「大丈夫、あの子は無事です。だから、もう少し休んで下さい」
「…………君は、平気なのか……怪我は、」
「してません……というか、治しました。大丈夫です」

彼女が優秀な魔法薬師だと知っている。七年生にして既に熟練の魔法薬師に勝るとも劣らない腕前だと知っている。
だからこそ、自分は命を繋いだのだろう。
それが幸運の液体が運んだ幸運であるのか、それとも周到に用意していたものなのかは、闇色には判断がつかなかった。幾度も同じ結末を辿ったからこそ、何もかもを解っていて用意出来た。その状況を更に好転させ、結果として黒曜石に幸福を運んだのは、紛れもなく彼女が作ったフェリックス・フェリシスだ。そのどちらが欠けてもならなかった。
用意された結末を好転させたのは、黒曜石の執念とも呼べる、底なしの恋慕だった。

「…………そうか」
「はい」

彼女のローブはボロボロで、いつもきっちりと締めているネクタイは緩んでいるし、真っ白だったシャツは土埃や血で汚れていた。それでも黒曜石は傷ひとつなく、ただ土埃で薄らと汚れた顔に柔らかな笑みを浮かべている。

「……夢を、見ていた気がする」
「夢、ですか?」
「あぁ……」

彼女にとって、最も大切で護りたかったものは闇色の命そのものだった。
自分を軽んじて、時には命さえ脅かす程に傷付く事すら厭わずに進んできた。振り返る事はしなかった、ただ前だけを見据え、傷付いても立ち止まることなく進んできた。その結果が今だと言うのならば、積み重ねた輪廻も無駄ではなかったのだろう。
それらすべてが、今この瞬間に収束されているとしたならば。

「…………君が、呼ぶ声が聞こえていた」
「、はい」
「……あのまま、潰えても良いと思っていた。」
「………………はい」
「だが………………君は、泣くだろうと……そう思った」
「……泣くどころじゃないです……あとを追いますよ……」
「ふ…………だから、と言えば言い訳か……」

それは、きっと幸せと呼べる結末だろう。
想いが通じる事はない。
そう解っていて追い続けた背が、今もこうして暖かいまま此処に在るのだから。

「……」
「何故、だろうな。何も要らないと……そう思っていたはずの私が、」
「……教授?」
「…………」

骨張った指が頬を滑った。
向けられるほんの僅かな微笑みが、擽ったい。
無言のまま向けられる視線が心を刺す。
そんな表情を向けてもらえる存在ではないのに、それが何よりも嬉しい。

「……っ」
「君を喪う事に、耐えられそうになかった」
「な……っ」

穏やかな表情で、甘やかな声で。
そんなことを言われたのだから、黒曜石はもう限界だった。期待してはいけないと、思い上がってはいけないと言い聞かせ続けていたのに、それなのに。それはそのままの意味として捉えていいのだろうか、期待してしまってもいいのだろうか、隣に立てる日なんて来ないと思っていたのに。

「きょ……じゅ……っ」
「……なぜ、泣く……」
「っ嬉しいから、です……!」
「……そうか……」

それが、叶うというのなら。積み重ねた7年間のすべてが、今に向かっていたというのなら。
繰り返した数千年も、決して無駄ではなかったのだと、そう思えば涙しか溢れてこなかった。言葉に出来ない、何も言えないまま、黒曜石はただ涙を流していた。

「…………教授、ありがとうございます」
「……何の脈絡もなく話を振るなと、何度言えばわかるのかね……」
「それでも、ありがとうございます。やっと……やっと、報われました……」

言葉の裏の、様々な言葉と感情を飲み込んで。黒曜石は心底から安堵した声を漏らす。
長い、夜が明けた。救いたかった唯一を、漸く救う事が出来た。
数千を繰り返して来た、それでも諦められなかった想いが、今やっと、こうして報われたのだと、誰も知る者の無くなった秘密を抱えたまま、黒曜石は窓を仰いだ。柔らかな朝の日差しは、そのまま彼女の心模様なのだろう。闇色に塗り潰された心が、柔らかな陽に照らされた。それが、未来へと続いて行けばいいと、柔らかな笑顔の下でそんな事を思い、飲み込んだ。



やわらかな夜明け
(……入りづらいね)
(邪魔しちゃダメよ、ハリー。出直しましょう)
(………………うん)
(あの子もやっと報われたのね。よかったわ)
(え?)(ハーマイオニー、それどういう意味?)
(バカね。あの子、1年の時からずっとスネイプ先生の事しか見てなかったじゃない)
(…………そういえば)(……そう、だね)
(まぁ、黙っててあげましょ。ほら、戻るわよ)

((…………聞こえてるんだけどなぁ))
(…………どうした?)
(、なんでもないです)



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っていう、あったかもしれない生存ルート。
まあ考えてるといえば考えてる、生存いちゃこらルート。

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