Season0_02

 スターレスが襲撃された翌日。店の悲惨な状況に頭を抱えそうになったその時、ケイと名乗る男がやってきた。
 素性も分からないその男は店を再開させると言い、元々辞める気のなかったリンドウは不安を抱えながらも彼をスターレスの一員として認めることにした。

 さっそくだが移転の準備を進めろとケイに告げられたのはリンドウのみだった。
 黒曜やモクレンに言ったところで素直に従わないのは目に見えているからだ。
 それに対して不満を抱きながらも店内の状況を把握するためリンドウは照明の破片が散らばる廊下を歩いていく。

「っ、レッスン室まで!?」

 レッスン室のドアは壊されており、その役目を果たせていなかった。足早に中へ入ると壁の一面に貼られた鏡は全て割られていて息を飲む。
 部屋を見渡すと練習用で使っていた音響設備も目を背けたくなる程に壊されていた。
 怒りに震える手をなんとか押さえ込み、レッスン室を出る。

「リンドーウ。楽屋見てきたよ。棚もテーブルもボロボロだった」
「そう、ですか……」

 リンドウは楽屋の確認を頼んでいた真珠の言葉に肩を落とす。どうやらご丁寧にも店内のあちらこちらで暴れてくれたようだ。
 いろいろと新調しなければならない備品の多さに溜め息を吐いて、確認の残っている最後の部屋がある廊下の奥へと目を向けた。

「あとは、彼の部屋ですね」
「あ、名前のアトリエ? オレが見てくるよ」
「お願いします。僕は少しケイと話しをしてきますので」

 進んで手伝いを申し出てくれる真珠に感謝しながら後のことを任せ、リンドウは一番被害のひどいフロアへと戻っていった。


 真珠のいう”名前のアトリエ”というのはスターレス専属ファッションデザイナーの専用部屋のことである。
 片付けても片付けても気が付いたら散らかっているその部屋を、誰かがアトリエと呼んだことがきっかけだった。
 ふざけて呼ぶ者もいるし、その才能を認めて尊敬の意を込めて呼ぶ者もいる。後者は圧倒的に少ないが。

「ここ荒らされてたら名前怒るだろうなー」

 彼のファッションに対する、特に名前自身がデザインし製作した衣装に対する情熱は凄まじいものだ。
 ショー中のアクシデントで衣装が損傷することには何も言われない。
 だが、一歩ステージを降りた瞬間からはちょっとでも雑に扱おうものならマシンガントークで説教をされてしまう。
 ほとんどのメンバーが経験済みで、真珠もその一人だ。
 どうか荒らされてませんように! と両手を合わせ祈ってから意を決してドアを開くと、部屋の中は散らかっていた。しかし違和感はない。
 真珠が部屋へ入るとそこにはいないと思っていた部屋の主がいた。

「って、名前いるし!!」

 こちらに背中を向けたまま床に座り黙々と布を切っていた名前は作業の手を止めるとこなく口を開く。

「さっきから騒がしいな。なにかあったのか」
「知らないの? 昨日スターレスが襲撃受けたんだよ」
「それは知ってる」

 シャキン、と甲高い音を鳴らしたハサミを床に置いて立ち上がった名前が作業をするため振り向いた。
 正面に見えたその姿に真珠は驚いたように目を見開く。
 いつもきっちりと着こなしている服はボタンが外れ、いくつかは完全に取れてしまっているようだ。袖の繋ぎ目部分も破れてしまっている。
 明らかに昨日の襲撃に巻き込まれたことが分かる。

「うわぁ……もしかして名前、昨日からずっとここにいた?」
「あぁ。久しぶりの快眠だったけど邪魔が入ってね」

 困ったように眉尻を下げながら名前は上だけ服を脱いでミシン台の前にあるイスに座った。
 だが、彼が受けた被害は服だけではなかった。口元には血が固まったような瘡蓋があり、頬は紅く少し腫れているように見える。

「大丈夫かよ」
「ご覧の通り、部屋は無事さ」
「いや部屋じゃなくて顔!」
「あぁ……大したことないよ」

 元々パフォーマーとして働いていた名前はスターレスのメンバーと負けず劣らずで顔立ちが良い。
 彼の顔に傷が残ってしまうのは勿体ないと思うのは真珠がここへ来る前はアイドルをしていたからだろうが、そんな理由がなくたって大事なスターレスの一員が怪我をすれば心配するのは当然だ。
 黒曜もきっと「男前になったな」なんて言って茶化しながらも内心怒りに震えるだろう。
 服はすぐに直そうとするのに自分の治療をしないのが名前らしい。真珠は仕方がないなぁと困ったように笑った。

「とりあえず救急箱を持ってくるよ」
「気にしなくていい。放っておけば治るさ」
「んー名前はよくっても、きっと皆は気にするからさ。じゃ、ちょっと行ってくるから待っててよ」

 元気よく部屋から出て行く真珠を忙しないなと思いながら見送った名前は、少しだけ肩を竦めてから破れてしまった自身の服を直すため作業に取り掛かった。


 廊下に高く積まれている荷物の山から何かを引っ張り出そうとしているセルリアンブルーの髪色をした後ろ姿を見つけたソテツは、持っていた段ボールを近くにいたカスミに預けてその後ろ姿へと近づいた。
 背後から不満の声を漏らすカスミの声が聞こえるが気にしない。

「なにやってるんだ、真珠」
「あ、ナイスタイミングだよソテツ! はい、これ持って」

 声をかけたと同時くらいに荷物の中からお目当ての物を取り出した真珠はすぐにそれをソテツへと手渡した。
 反射的に受け取った物は四角い箱で表面には救急箱と書かれており、なぜ自分がそれを持たされているのか分からず首を傾げる。

「これがどうしたんだ」
「多分オレがするよりソテツがやってあげたほうが名前も素直に手当てされてくれると思うんだよね」
「あいつ、怪我でもしたのか」
「昨日アトリエにいたんだって」

 そう聞かされソテツは内心舌打ちをした。
 スターレスが襲撃された時、チンピラ共を返り討ちにするためにソテツは店に来ていたのだが名前がいたことには気付かなかったし、家に帰っていたとばかり思っていたのだ。
 喧嘩慣れしている自分や黒曜ならまだしも、繊細な作業を主にする名前はそういった野蛮な行為は得意ではない。
 だが焦った様子を見せない真珠から察するに名前の怪我もそこまで酷いものじゃないのだろうと、ソテツはそっと息を吐きた。

「……分かった」
「んじゃ、頼んだよ。オレはリンドウのところに一旦戻るから」
「あぁ」

 自分の横を走り抜けていった背中から視線を逸らし、救急箱を持ちながら怪我人のいるアトリエへと歩みを進める。
 廊下の床に着いた汚い足跡や照明の破片を視界に入れて「こんなところまで入ってきやがったのか」と声を漏らした。
 部屋の前まで行くと廊下の壁に穴が空いていたり、スイッチが押し込まれていたりと随分荒らされていた。
 真珠からは部屋の中がどうなっているかは聞いていなかったが、ドアを開けて見えた光景に思わず笑みを浮かべてしまう。

「ここは荒らされた後なのか? いつも通りにしか見えないが」
「不逞な輩をこの部屋に入れる程、私は優しくないよ」
「ならいつも通りってことか」

 イスに座ってボタンの縫い付けをしている名前の腕を掴んで立たせ、ソファへと座らせてソテツも隣に腰掛ける。
 それでも作業の手を止めない名前に呆れたように肩を竦めてから救急箱を開けた。

「真珠は?」
「リンドウのところへ行った。どこもかしこも荒らされまくってるからな」

 取り出した傷薬の軟膏を適量だけ指に乗せて口元の傷口に塗っていく間も、名前の視線は手元の作業から逸らされない。

「怪我人はいるのか?」
「お前以外はいねぇよ。痛むか?」
「このくらい平気さ」

 その伏し目がちな横顔に、軟膏のせいで艶が出た唇に、胸がざわついてソテツは目を細めた。
 意識を反らすために薬を箱に仕舞って中を漁っていると、それまで何をされてもボタンを縫い付けていた名前の手が止まった。

「私のことはいいんだ。スターレスは、これからどうなる……」

 困り眉をさらに下げて俯く名前を見下ろしながら今日店に来たケイという男について思い出す。
 この部屋から出ていない彼がその男を知らないのは当然だ。

「そのことだが、なんとかなりそうだぜ」

 救急箱から湿布を探し出したソテツの言葉に俯けていた顔を上げた名前は隣に座る男を怪訝そうに見つめた。

「どういうこと?」
「詳しいことはあとでリンドウに聞いてくれ」

 反対側で貼り辛かったから丁度いいと、こちらを向いた名前の頬に湿布を貼り付ける。
 紅く腫れた頬は湿布越しでもソテツの手に熱を伝えた。あとでちゃんと冷やせよ、と言い聞かせて手を離す。
 これ以上は必要ないだろうと救急箱を閉め、ソファに寄りかかり天井を見上げた。
 隣から布の擦れる音がすることからまたボタンを縫い付け始めたのだろう。その小さな音を聞きながら口を開く。

「ま、たとえスターレスがなくなったとしても、俺はお前を放り捨てたりしないけどな」
「私を犬か猫のように扱っていないか?」
「それならもっと可愛がってるだろ?」
「なるほど、一理ある」

 最後のボタンを縫い付け終わった名前はソファから立ち上がり、仕上げに服へアイロンをかけてから腕を通した。


 名前がケイという男と出会うのはそれから暫くしてのことである。



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