ソテ主前提女主

 それはなんの前触れもなく訪れた。そう思ったのは恐らく私自身が目を背けていたからだろう。
 事実を認めたくなかった?否定はしない。彼は来るもの拒まず去るもの追わずな男だ。きっと彼女のことを容易く受け止めるに違いない。

「名前さんあの、わたし、ソテツさんのことを好きになってしまったんです」

 彼女がこの店へやってきたのは偶然だった。初めから彼に懐いている様子で、日を追うごとに彼女の瞳の色が変化していくのが解った。解ってしまった。彼も気付いているはずだ。
 彼の優しいところが好きだと彼女は言う。彼の屈託のない笑顔が好きだと彼女は言う。自分に向けられる感情を察することに長けている彼は気付いているはずだ。そして彼女は知らない。

「あの人の特別になりたい……名前さん、助けてください」
「私なんかが力になれるかな」
「ソテツさんのことは名前さんが一番知ってるって皆さんが仰っていました! わたし、こんなに誰かを好きになったのは初めてで、どうしていいか分からなくって……」
「羨ましいな……相談くらいしか乗れないかもしれないけど、出来る限り手を貸すよ」
「ありがとうございます!」

 彼女の笑顔には汚れがなくてそっと視線を逸らしてしまった。
 私は自分の想いに名前を付けることができない半端者で、彼女に真実を教えることもできない卑怯者だ。彼女が見ているのは彼の一部分に過ぎず、しかも本性と呼ぶには程遠い。
 こんなにも純粋に、一途に気持ちを向ける彼女が傷ついてしまう未来が必ず訪れると確信できることが私は怖かった。彼女は、私が選ぶことができなかったもしかしたらあったかもしれない私の姿なのだ。


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