ソテツハロウィン

 ハロウィンイベント用で使うフライヤーの撮影を終えたソテツは薔薇の花束を抱えたままアトリエを訪れた。
 部屋の主は次の新作ステージ用の衣装作りに夢中だったが、ノックもなしに入ってきたソテツへ咎めるような視線を向けた。
 だが、あまり効果はないようで顔をニヤつかせた男に対し名前は呆れたように肩を竦める。

「ほら、お前にやるよ」

 作業の手を止めるとソテツから持っていた薔薇を全て渡され反射的に受け取ってしまった。
 どういう意図があっての行動だろうか。なんて考えるだけ無駄かもしれないが一度浮かんだ疑問はすぐに消えるものじゃない。
 今回のイベントで各々のキャストに与えられたコンセプトを名前も頭に入れている。渡された薔薇の本数は数えなくても知っているのだ。
 そして薔薇の本数が持つ意味も。
 ソテツがそれを理解しているのかは分からない。だが、そうでなくても同じような行動をするに違いない。この男はそういう男なのだ。本心が見えない男なのだ。

「なんだよ、嬉しくねーのか?」

 なぜ、嬉しそうな顔をしなければいけないのか名前には理解できなかった。脳裏に浮かぶのは薔薇の意味だけ。
 ──絶望的な愛。
 それが腕に抱えた薔薇の持つ意味だ。そう、望むことすら許されない。

「その薔薇、お前によく似合ってるぜ」

 なぜ、嬉しそうな顔をしてこちらを見つめてくるのか名前には理解できた。あぁ、この男は全て分かった上でやっているのだと。
 まるで子供のように純粋で、無垢で、残酷な、ひどいイタズラだ。
 名前は息を吐くようにして小さく笑みを浮かべ、薔薇を1本、手に取った。

「私は、1本だけでいい。残りは君に返すよ」
「そうか?」
「あぁ。せっかくだ、贔屓にしているお客さんにでもあげるといい。きっと喜ぶ」

 残った16本の薔薇をソテツへ渡した。心の中で1本減った薔薇の本数の意味を添えて。それは小さいけれど確かな抵抗であり、名前なりの返事であった。
 部屋を出て行くソテツの背を見送った名前は手元に残った薔薇を見下ろした。
 綺麗なその薔薇は二人の関係とよく似た造花だった。決して枯れることはない。だが本物にも、なれはしないのだ。


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