ピーニャ

※?年前

 ピーニャとナマエ。二人が出会ったのはアカデミー入学の日だ。
 初日は式とオリエンテーションのみが行われ、残りの時間は自由を言い渡された。校内を探検する者。グラウンドへバトルをしに行く者。寮に戻って荷解きをする者。皆がそれぞれ行動を開始する中、教室に残っていたピーニャはスマホロトムを操作しイヤホンを耳に装着する。朝からずっと楽しみにしていて入学式の前にはダウンロードを開始させておいた曲にドキドキする。再生ボタンをタップすれば重低音のサウンドが世界を支配し、同じように教室に残っていた生徒たちの賑やかな話し声は途端に遠ざかった。
 入学初日でまだ親しくなったクラスメイトもいない。だからわざわざイヤホンをしている自分に話しかける生徒はいないと思っていた。

「音楽好きなの?」

 テンポに合わせて体を小刻みに揺らしながら教科書に目を通しているとそう声をかけられる。タイミングよく曲終わりで音のボリュームが下がった時だったため気付くことができた。もし盛り上がる歌の最中であったなら、肩を叩かれる等されなければ気付けなかっただろう。初日からクラスメイトを無視するなんて恐ろしいことをしてしまうところだった。若干ヒヤリとしながら顔を上げて「えっ」と驚く。ピーニャの座る席の前に立っていたのは入学式でも人目を引いていた生徒だったからだ。
 口元には黒いマスク。額には黒地に黄色の円模様が入ったヘアバンド。両耳にはいくつものピアスやイヤリングがつけられ、おまけに左眉の端にもピアスが二個並んでいる。制服にしたってお世辞にも正しく着用されてるとは言えない。どこからどうみても不良の部類に入る人だった。確か名前はナマエと先生が呼んでいた気がする。そんな彼が問いかけるように軽く頭を傾げてるのを見て慌てて先ほどの問いに答えるためにイヤホンを外して頷いた。

「ロック? エレクトロ系? それともジャズとかクラシック?」
「えっと、どれも好きだけど今聞いてるのはラップかな」
「へぇー意外だな……ん? ラップって、もしかしてライムの新曲か!?」
「うん、正解」

 ライムとはパルデアで活躍するラッパーで、ここは地元ということもあり多くのファンがいる。ピーニャもその一人だ。そしてどうやらナマエも同じらしい。どこか興奮した様子で空いていた前の席にこちらを向きながら腰を下ろすと悔しそうに目元を覆った。

「そういや今日新曲の発売日だったな……後で店まで買いに行かねぇと」
「ストリーミングもあるよ」
「知ってる。でも手元に欲しいんだよ。ジャケットかっけーだろ? 部屋に並べて飾るんだ」
「! それ分かる。とくにライムのジャケットって超イカすデザインだし。一つ前のアルバムなんか最高だったよね」
「そうそう、あれはセンスが飛び抜けてる! なんだ、お前結構語れる奴なんだな」

 そう言ってイスの背もたれに両腕を乗せてニコリと笑っているのが目元だけでも伝わってくる。見た目から不良で怖い人だと判断してしまった自分が恥ずかしい。流行りの曲が好きな子はこれまでたくさんいたけれど、相手に好きな音楽を問う際にジャズやクラシックを上げる人はいなかった。自分と同じように彼も本当に音楽が好きなんだなと思うと嬉しくなって体から緊張が抜けていく。
 ピーニャは掌に転がしていたイヤホンを片方、ナマエに差し出した。

「よかったら聴く?」
「いいのか?」
「ボクも新曲の感想とか喋りたいから」
「じゃ、お言葉に甘えて」

 好きな物を誰かと共有するのはこれが初めてだった。相手がイヤホンを着けたのを確認してもう片方を自分の耳へ。そしてスマホロトムの画面をタップした。これまで一人だけで浸っていた好きな世界を誰かと共有したのは初めてだった。それがピーニャに不思議な感覚を抱かせる。むず痒いような、恥ずかしいような。でも楽しいとも思えた。
 これがきっかけとなって一見してタイプ相性の良くない二人が親友とも呼べる仲になるまでにそう時間はかからなかった。

「え、ピーニャって作曲もできんの? すげーじゃん」

 授業と関係のないノートパソコンを教室に持ち込むのは抵抗があったため外の芝生エリアに座って音楽ソフトを弄っていると近寄ってきたナマエが画面を覗き込んで感心したような声を上げる。

「大したことじゃないよ。ただの趣味レベルだし」
「お前自己評価低すぎ。誰にでもできることじゃねーんだぞ。少なくとも俺にはできないんだから誇りを持てよ」
「ははっ。ナマエくんはおだてるのうますぎ」
「揶揄ってるわけじゃねーからな」

 気恥ずかしさからパソコンの画面を閉じながら笑顔を向ければジトっとした目を向けられた。だって仕方がない。勉強や態度を褒められたことはあれど好きな物を褒められるなんてことはなかったのだから。どう受け取っていいものか戸惑ってしまう。けれど、隣に腰を下ろしたナマエは否定せずにピーニャ自身を肯定してくれる貴重な存在だった。

「なぁ聴かせてくれよ。ピーニャが作った曲」
「えぇー……」
「なんだよ嫌なのか? なら無理にとは言わねぇけどさ」
「そういうことじゃないよ! まだ自信がなくて……だから自信作ができたら! その時にはキミに聴かせるね!」
「おう。なら、一番に聴かせてくれよな」
「もちろん!」

 約束だ。そう言ってナマエが片手を軽く上げて拳にするのを見て、ピーニャもワンテンポ遅れるようにして同じように拳を作り突き合わせる。最初は戸惑ったこのコミュニケーションにも少しずつ慣れてきた。喜びを分かち合う時や相手を励ます時、彼はよくフィスト・バンプをする。しかもその仕草がかなり似合っていて格好いい。真面目だけが取り柄の自分とは不釣り合いな相手だと思っていたのに、いつの間にか隣にいるのが当たり前なくらい一緒に過ごす時間が心地好い。
 外見だけは不良のようなナマエと品行方正だが目付きの悪いピーニャ。そんな二人が行動を共にするだけで周囲の生徒から少し遠巻きに見られることもある。アカデミーには教師たちの気付かないいじめ問題もあったがその矛先が二人に向くことはなかった。今はまだ。

「そういや生徒会長に推薦されたんだって? さすが優等生」
「ボクなんかに務まればいいんだけどね」
「大丈夫だ。お前ならいい生徒会長になれる」

 素直な励ましの言葉を受けて照れたように笑うピーニャは知らない。ナマエと交わした約束が果たされないことを。外見ばかりを規制することは大切な親友を否定することだと気付けないまま彼に誇れる自分になろうと、暴走してしまうことを。この時はまだ知る由もなかった。



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