ネモ

 バトルをしてほしいと挑んだら拒むことなくいつも全力のバトルをしてくれるきみ。チャンピオンになってほしいと期待したら瞬く間にチャンピオンランクに登りつめてしまったきみ。ライバルになってほしいと望んだら唯一無二のライバルになってくれたきみ。

「ねぇハルト。お願いがあるんだけど、いい?」

 そう尋ねれば、内容も聞かずに頷いてしまうハルトに困ったように笑う。人からの頼み事を断らないところは危なっかしいけど、これほど頼りになる子は他にはいない。

「きみとバトルをしてほしい人がいるんだ」

 わたしにはできなかったけど、きっときみならあの人に全力を出させることができるんじゃないかと思った。あの人が被ってしまった分厚い殻に大きな穴を空けて壊してくれるんじゃないかって。だってきみとのバトルはどんなことよりも楽しくて、許されるのならずっと戦っていたいって気持ちになるんだよ。
 だからあの人も絶対に同じように感じてくれるはず。わたしには解るんだ。あの人はね────

「すごい……」

 ────先輩はポケモンバトルが大好きなんだってことが!
 目の前で繰り広げられるポケモン勝負に胸が高鳴って今すぐに叫びだしたくなる。先輩がテラスタルを使ったところなんて初めて見た。すごいよハルト。きみは本当にわたしの期待を超えていく。
 これまでは淡々とポケモンたちに指示を出していた先輩の様子が変わったのは残りの手持ちがヘルガーのみになった時だ。雰囲気がガラリと変わった。少し垂れ目がちな目は釣りあがり、マスクで隠れている口元は多分歯を見せるような笑みを浮かべているに違いない。

「随分待たせちまったなヘルガー。思う存分暴れろ!」

 両腕を大きく振るいながら咆哮するように指示を出す姿はまるでポケモンのようであった。フィールド上ではヘルガーも生き生きとしている。バトルが楽しくて仕方がない。そんな雰囲気が彼らから感じられて鳥肌が立った。これが本来の先輩の強さなんだ。
 勝負はハルトの手持ちを二体残して先輩が負けてしまったけれど、バトル開始時から全力が出せていれば結果は変わっていたかもしれない。それは直接対戦したハルトにも解っているようで再戦を望むかのように目をキラキラと輝かせていた。残念だけどわたしだって譲れないよ。

「次! 次はわたしと戦りましょう! ね、先輩!」
「分かったから少しは休ませてくれ!」

 あんなに興奮するバトルを見せられてじっとなんかしてられない!


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